01
新連載はじめました!
魔法大国ジャナンナ。
この世界には、様々な特色ある国家が存在する。その中でも、群を抜いて個性が際立っている、と言われている国だ。全ての価値は魔法で決まり、その研究や使用に明け暮れることを是とする国である。魔法を使いこなす、あるいは研究することに関しては他の追随を許さないが、その分排他的である、とも言える国。
これはそんな国の、王立学園での一コマだ。
「ルイーゼ嬢!
私は今このときを以て、君との婚約を破棄する!」
学園はどこの誰であっても魔法の才があれば入学を許可し、魔法の才がなければ退学となる厳しい場所だ。三ヶ月に一度審査があり、それをパスしなければ最悪の場合退学。これはこの国のどんな名門出自の人間であっても覆らない制度である。実際数代前の宰相の子息が審査に不合格になり国を出て行ったという事例がある。
その、三ヶ月に一度の審査後の、言わばお疲れ様ダンスパーティでの出来事だ。厳密には先の審査での成績優秀者を称える会である。
この場にいるのは学園に在学していても構わないと認められた成績優秀な生徒達ばかり。いずれは国の研究機関に所属する、あるいは国の重要ポストを担う若者だちだ。
ここにいる成績優秀な生徒達は、研究熱心故に社交を疎かにしがちである。それを憂えた学園長が、こういった場をちょくちょく設けるようになったのが始まりだそうだ。正装をし、どんな相手ともある程度会話ができるようにと、特に成績優秀者は気を配られる。最終的に外交する立場になったときに他国に舐められないように、そんな思惑があるのだろう。
ある生徒は研究の邪魔をされて渋々、ある生徒は審査も終わってウキウキしながらこの会に参加していたはずだ。
そんな者たちの注目を浴びながら、この国の第一王子であるアリエンティオは高らかにそう宣言した。
(城下で流行っているという小説にでも感化されたのかしら…。
人を指差してはいけないとあれほど申し上げたのに、ホントどうしようもないバカね)
突きつけられた指先に不快感を覚えながらも、ルイーゼ嬢と名を呼ばれた人物は微塵も動揺しなかった。
手入れされた見事な銀髪に、少し吊り上がり気味だか美しい紅玉の瞳。未来の王子妃として相応しい美貌の持ち主であるルイーゼは、全く表情を変えずに王子に向き直る。
今城下では「王子に見初められた平民が、悪役令嬢を追放し二人で幸せになる」というような小説が流行っているらしい。おおかた夢見がちな王子はそれにのっかったのだろう。
この国の王子はどうやら現実とフィクションの違いもわからないらしい。
この魔法大国ジャナンナは、名前の通り魔法の国だ。
魔法の才がある者が偉く、才のない者は居場所がない。それは王族も同じで、目の前で「どうだ!」と言わんばかりの顔をしている王子も、魔法の才だけはあった。才だけは。
魔法には火や水などの属性があり、大概の人間はそれぞれの属性ごとに得手不得手がある。その得手不得手を克服する研究などは国民全員の専らの関心事であり、研究の花形だ。
この王子は、見かけや言動によらず、この魔法の得手不得手が存在しない。どの属性の魔法も全て実用可能な、全属性に適性がある稀な人間だ。この魔法大国では、これはかなりのアドバンテージである。研究を志す者にとっては喉から手が出るほど欲しい才だ。
しかしながら、学生にとっての関門である審査が終わったばかりのこの場所で、私的な問題を起こすという思慮の浅さ。それに加えて、王が定めた婚約者を相談もせず一方的に公衆の面前で婚約破棄するという愚かさは、どう考えても王の器に非ずだと見る人は見るだろう。
周囲を見ればそのことがよくわかる。
魔法第一の研究熱心な者はこの茶番をめんどくさそうに見ているし、国政にも頭が回る者は顔を青ざめさせている。音を立てないように走り出す者もいたので、すぐに両家へ話は伝わるだろう。
(めんどくさいわね…。
でも、うちの家なら喜んでこの話に乗るかしら?
あと一ヶ月待ってくれれば準備も万端だったのだけど…ほんと、気が利かない王子だわ)
ルイーゼの生家であるガルニエ公爵家は、悪い意味でジャナンナ国の貴族らしい貴族だった。
ガルニエ公爵家はジャナンナ国の中でも指折りの水魔法を得手とする名家である。代々水魔法の研究を一手に引き受け、国王からの信頼も厚い。だが、それは水魔法が不得手な者には居場所がない、ということになる。
ガルニエ公爵家長女であるルイーゼは、悲しいかな水魔法の適性が著しく低かった。
ハッキリ言えば、ない。
生まれてこの方17年、研鑽を怠らなかったが一滴の水も出せた試しがなかった。
(大昔は水魔法が出来ないことを嘆いたりもしたわね)
水魔法と共に家族を諦めたのは、年齢が片手の指を越える前だった。
どんなに他の魔法を頑張っても、どんなに家業を手伝っても、彼らがルイーゼを認めたことなど一度たりともありはしない。彼らにとっては水魔法が出来なければガルニエ家の一員ではないのだ。そのことに気付いてからは、いっそ清々しかった。
顔を合わせる度に言われる嫌みも罵倒も、この次に彼らがしてくる嫌がらせの予測として大いに役立った。押しつけられた家の雑務は、この家の外で生きていくための知恵として学んだ。
ただし、それらの雑務能力(と言っても、公爵家を存続させるために必要な仕事を雑務と呼んでいいのか疑問ではあるが)の高さが仇となった。なんの因果か、今目の前で偉そうにふんぞり返っている人物の婚約者として見込まれてしまったのだ。
水魔法以外に興味はないと思っていた公爵家だったが、流石に王命には逆らえなかったらしい。もしくは、水魔法が使えない出来損ないの放逐先が決まったと喜んだのかもしれない。どちらにしても、ルイーゼに断る権利などあるわけがなかった。
しかし、この境遇にずっと甘んじているようなルイーゼではない。
(あらゆるパターンを想定してきたけど、やっぱり婚約は破棄になったわね。
このまま王妃ルートよりはずっと幸せだと思うから、渡りに船ではあるけれどね。
何が悲しくて敵しかいない王家に嫁がなきゃならないのよ…。まぁ、実家も敵だらけなことにはかわりないのが悲しいところね)
敵だらけの場所で生涯を終わらすなんてまっぴらゴメンだ。
ルイーゼはこの学園で吸収できる知識は全て吸収し、婚約が結婚になって逃げられなくなる前に出奔する予定だった。この馬鹿げた茶番も、多少予定が早まるだけで個人的には大いに結構な出来事だ。
流石にこの喜びを顔には出さないが、間抜けにもあちらから非があることを吹聴しているような態度に小躍りしたい気分である。
「貴様、聞いているのか!
全く可愛げの欠片もない…。しかも魔法の才もないのだから、良いところがまるでないなお前は」
確かに、水魔法の才はない。
ただし、魔法全般の平均値で言えばルイーゼは学園の誰よりも優秀だ。
他の適性のある魔法であれば努力して人並み以上に扱えている。
更に、魔法を様々なモノに付与させる術も覚えた。所謂、魔道具と呼ばれるものだ。この国では扱いが低いが、他国では高額で売買されているということも知っている。
そして、それらを正規のルートで売りさばく術も学んだ。
いつかこの国から逃げ出して、自分らしく生きるために。
「泣いて謝るのであれば一考してやっても良いが…いや、やはりお前のような小賢しい女は無理だな」
何が言いたいのだろうこのバカは、と思わなくもない。
が、今は反論するよりも先にやることがある。先程気を利かせた誰かが走ってこの場から出て行くのを見かけた。このバカの言動は瞬く間に広がるだろう。
国王も王妃も一筋縄ではいかない人物だし、実家に至っては諸手を挙げて追放に賛成するに違いない。であれば、今このバカに関わっている暇などなかった。
「承知いたしました」
「は?」
「婚約破棄、承知いたしました。
では、これにてごきげんよう」
「な、ちょっとまて! 良いのか! 貴様!
この俺が貴様を捨てたら、どこにも行くところなど…」
虚を突かれた王子がフガフガと何かを言っている。
だが、聞いてやる義理はない。
優雅に一礼し、身を翻す。下品にならない程度に早足でその場を去ろうとしたとき、もう一度アリエンティオ王子から声がかかった。
「おい、ルイーゼ! 後悔するぞ!」
後悔などするはずがない。
だが、積年の色々を考えると少しだけ言葉をかけてもいいかと思い、立ち止まって振り返る。完璧な令嬢の微笑みを浮かべて、言葉を発した。
「最後に元婚約者のよしみでお伝えしておきますね。
痩せた方がいいですよ。コロコロとした白豚そっくりな容姿な上、研鑽も積まない今では、女性はその権力にしか目が行かないかと…。
普通の美的感覚をお持ちの令嬢には似合わないと思います。
それではごきげんよう」
ストレートすぎる助言に、周囲の人間が思いきり吹き出す。
な、とか、貴様、とかフガフガと王子が言っているうちにルイーゼは歩き出した。
(ようやく長年言いたかったことが言えたわね。
人のことを醜女だの出来損ないだの冷血女だの言うけれど、自分は球体じゃない。
…いやだ、私ったら結構気にしていたのね。まだまだだわ)
王子の心ない言葉に意外と傷付いていたらしい自分を自覚しつつ、ルイーゼは軽い足取りで公爵家までの道を急いだ。
ルイーゼの戦いはこれからだ!!
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