その79
~ハルが異世界召喚されてから13日目~
「はぁ…もう終わっちゃったかな?」
フレデリカは王立図書館の受付で頬杖をついて高い天井を仰いだ。
「去年はレナード・ブラッドベル君が優勝してぇ……」
フレデリカは家を出て現在独り暮らしをしている。妹のリコスともあまり会っていない。誰もいない図書館で暇をもて余していた為、今日の新聞の1面を覗いていた。そこには現在行われている三國魔法大会に出場する代表選手の名前が書いてあった。
「えっと…レナード君と…あっ!このグスタフ君が去年の決勝戦までいってぇ、えっレイ・ブラッドベル君って弟さん?……え!??ハル君!!!」
新聞をグシャッと潰してしまった。2週間ほど前によく来てた魔法学校の生徒で、妖精族とか魔族について質問してきてた子だとフレデリカは回想する。そして、いてもたってもいられなくなった彼女は王立図書館を、自分の職務を、放棄して闘技場へと走った。
「もう人来ないよね?ちょっと見て帰るだけだから……」
図書館を出て、闘技場に近付くと大きな炎の渦が空に向かって伸びているのが見えた。
「え!?あれってファイアーストーム?初めて見たぁ……アマデウス校長が何かやってるのかな?というかチケット持ってない……」
ハルの名前を見て興奮していたフレデリカはチケットのことについて失念していた。
それでも闘技場へと歩みを進め、行き着くとその心配は消えた。
唱えられた第三階級魔法ファイアーストームを一目見ようと受付の者達が持ち場を離れたようだ。
「フフ、みんな考えることは一緒ね」
フレデリカはこそこそと闘技場へ入った。
ハルにアベルが斬りかかる。
すると、剣は弾かれ消失した。ハルに青い炎が纏わりつく。
「青い…炎…ってまさか!…ハル君!?」
『おおっと!!ファイアーストームを斬り刻んだルーグナー選手だが、これはなんだぁぁ!?青いオーラのようなものがミナミノ選手の周りを覆っております!!』
「水属性魔法か?なんだあの魔法は?」
宰相トリスタンはアナスタシアとバルバドスに訊いたが返事はない。2人とも青い炎の魔力に恐れ慄いている。
「……」
「……」
剣聖オデッサは身を乗り出し、青い炎を纏っているハルを見て嫌な記憶が甦った。
「あの炎は…あの時の……」
ギラバは全身に冷や汗を掻いていた。そしていつもの整った顔のギラバだが、現在は恍惚さと恐れを同時に感じてる表情をしている。
「す、すばらしぃ……」
国王フリードルフⅡ世は訊いた。
「なんなのだ…?あの魔法は?」
ギラバの代わりにアマデウスが答えた。
「おそらく、第四階級の火属性魔法だと思われます……」
「だ、第四階級魔法だと!!?」
戦士長イズナは危惧する。ハルの戦力と今後の王国の行く末を考えていた。
──これは同盟よりも他国は脅威の国として逆に帝国と手を組みやすくなったんじゃ……
「シルヴィア様…あれって……」
エミリアは口元を震わせている。
「あぁ…信じられないが、第四階級の火属性魔法だ」
「第四階級なんて物語でしか聞いたことないぞ!?」
シルヴィアの言葉を受けて議長ブライアンはたじろいだ。
「やばっ!!やっぱりハルは第三階級以上の魔法を唱えられたんだよ!!」
アレンはクロス遺跡でハルが起こした爆発を思い出す。
「第四階級……」
リコスは涎を垂らして見いっていた。
アベルは帝国領での出来事を思い出している。真っ赤に燃える髪色の女のことを。
アベルは再び距離を取ろうとしたがハルに間合いを詰められる。
ハルはアベルの腹に正拳突きを放った。
アベルはそれを躱すがハルの纏っていた青い炎に触れてしまい、腕輪が砕けた。
『しょ、勝者!ハル・ミナミノ!!よって第68回三國魔法大会優勝者はフルートベール王国王立魔法高等学校1年!ハル・ミナミノに決定しました!!』
これにて大会は終了。大きな歓声と困惑が闘技場を埋め尽くした。
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<帝国帝都>
大会後の夜、ある城の会議室で水晶玉は輝く。
「やはり……」
「はい、青い炎を纏いアベル様を敗りました」
水晶玉から声と光が発せられる。
「想定内です。あまり不安にならないでください。通信をきります」
水晶玉の光が消えた。それを囲うように多くの者がコの字型の机を前にして座っている。
「まさかフルートベール王国にかような者が現れるとは……」
アベルの父シドーが呟いた。
「陣形を多少変え、手塩をかけて育てた兵は使わない方が……」
スキンヘッドでジャガイモのような顔の形をしたシドーの側近で軍師のフォスは進言する。
私兵を使わないと言うことは統率のとれない、ならず者達を使うということだ。
「フォスさんの言う通りにすべきですよ。いくら貴方でも第四階級魔法を直接唱えられたらただじゃすまない。ねぇミラさん?」
いかにも遊び人なチャラ男の風体をした男は椅子にのけ反り机に足を乗せている、この男は帝国四騎士の1人クリストファー・ミュラーだ。彼はもう1人の帝国四騎士である燃えるように赤い髪色をした少女ミラ・アルヴァレスに訊いた。
「何より大事なのは作戦が成功するかどうかだ。そこに私兵が犠牲になろうが、私はどちらでも構わない」
冷静な言動を操るミラ。
「ですって?どうします?」
シドーはクリストファーを睨む。この2人はあまり仲が良くない。
「マキャベリー様は……」
ちらとマキャベリーを窺うシドー。
「フォスさんの作戦でいきましょう。シドーさんの戦に対する想いはわかっております。しかしここで大事な私兵が犠牲になってしまえばもともこもありません」
少し間を置いて返事をする。
「…承知しました」
胸を撫で下ろすフォスはシドーと共に部屋をあとにした。
「ふぅ…ミュラーさん」
マキャベリーは一息ついてから言った。
「おっと。クリストファーって呼んでくださいよ?」
「クリストファーさん、シドーさんにあまりけしかけないで下さい」
シドーは息子のアベルが敗れた相手と戦いたがっていた。更に第四階級魔法を直接受けてみたいという想いが見てとれた。それに戦争でならず者、つまり犯罪者達を使うのをシドーは嫌っていた。そのことを知っていたクリストファーはわざとシドーに話しかけていた。
「そんなつもりはないんですけどね。まぁそんな欲求がでても今度は抑えるよう気をつけますよ。それよりもそのハル・ミナミノとかいう少年は何者なんですかねぇ?そんな奴がいても今度の戦争に勝てるんですか?」
クリストファーは話題を変えた。
「正直な話、勝っても負けてもどちらでも構いません」
「また訳のわからないことを……」
「勝った方が少しだけ侵略が早まるだけです」
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~ハルが異世界召喚されてから14日目~
帝国との戦争まであと2日。
大会から一夜明けた早朝。置かれている観葉植物や壷、フルプレートの鎧、その他数多くの美術品が真ん中の長いテーブルを囲うように飾られている。
ここはフルートベール王国王都にある高級宿屋のとある談話室、そこでは昨日の魔法大会とかわらぬ白熱した議論が展開されていた。
「三國とは言わずに我が国だけでも同盟は結ぶべきだ!」
ヴァレリー法国の議長と議員達が会議をしている。その中には勿論シルヴィアとエミリアも参加していた。
「しかし、フルートベールは帝国と同じ脅威となり得ませんか?」
「……」
さっきからこんな具合で会議は進まない。
議長ブライアンがシルヴィアに、軍部としての意見を仰いだ。
「まず、ダーマ王国のアベル・ルーグナーについて調べる必要がある」
「…それは何故?」
「第三階級魔法を受け流す実力があるのだぞ?私でもあれをやれと言われても即興では出来ない。あれは訓練された動きだ。ダーマで第三階級魔法を使えるのは魔法士団の団長だけだ。それに彼が唱えられるのは風属性魔法のトルネイド…新たに第三階級魔法を唱えられる者が出てきたのか、はたまた……」
「はたまた?」
ブライアンは先を促した。
「アベルは他国からやって来た手練れか、ということだ。それも最も可能性があるのは帝国だろう」
「「「!?」」」
「待ってくれ!アイツは帝国の者だと言いたいのか?」
驚愕する一同。
「それを調べる必要があると言ったんだ。隣の観覧席にいたダーマ王国の奴等はアベルの戦闘を見て我々同様の反応をしていた。つまり、彼等はアベルなる少年の実力を知らなかったんだ。そんなことあるか?」
「…確かに。あれだけの実力の者を……」
「そして、これを調べてから同盟の有無を答えるとなると明日、明後日ではいかない。もしアベルが大会に出ないでいたら我々はハル・ミナミノの真の実力を見ずして同盟を結んでいただろうな。アベルが大会に出て最も得をするのが帝国だ」
これを受けて、議員の1人が口を挟む。
「それなら。王国と同盟を結んだ方が……」
エミリアがムッとした顔になる。まだシルヴィアが話している途中なのに邪魔をしたからだ。
シルヴィアはエミリアの肩に手を置き宥めながら話を続ける。
「もし、アベルが帝国の者ならフルートベール王国は帝国に勝てない」
「なぜ?フルートベールには第四階級魔法を唱えられる者がいるのだぞ?」
ふぅ…とブライアンが息を吐き、シルヴィアの代わりに答えた。
「アベルは帝国の最高戦力ではない。ということですか?」
「そうだ。だからフルートベールは勝てない。つまりそれは、我々にも……」
シルヴィアが核心めいたことを言おうとするのをブライアンが遮る。
「待ってくれ!!」
──この先は、考えたくないが……
「…最悪を想定して……帝国の不意をつく、あるいはアベルが帝国の者ならダーマ王国はすでに帝国の手に落ちかかっている?となると、フルートベールと今すぐ同盟を結ぶべきではないのか?」
ブライアンは、この提案はどう思うか?という含みを込めてシルヴィアを見た。
「そうだな…それは悪くない手だと思う」
「しかし、不確定要素がありすぎる!」
他の議員達が騒ぐ、また振り出しに戻ったかに思えたが。宿屋の扉が勢いよく開かれた。
現れたのはここに集う者達と同じくヴァレリー法国の者だった。
その者は息を整え告げる。
「じゅ、獣人国、獣人国が我が国ヴァレリーに侵攻してきました……」
「「「なに!!!?」」」
 




