その69
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
水晶玉は輝きを失い、そこから声も聞こえなくなった。
マキャベリーは自室で黙考する。
──獣人国は問題ない…やはり、いま危惧すべきことはフルートベールにいるハル・ミナミノ。彼のレベルが60以上もしくは第五階級以上の魔法を唱えられると危険ですね。スタンさんは最早信じられない、となると……
しばらく考え込んでいると水晶玉がまた光り出す。
「マキャベリー様……」
「どうしました?」
「ハル・ミナミノのレベルがわかりました。レベル23です」
マキャベリーは顎に手を当てて考え込む。
「23ですか…それはどこからの情報です?」
「宮廷魔道士ギラバ・オトエラがフリードルフにそう進言しておりました」
「成る程…引き続き慎重に行動してください」
水晶玉の光が消える。
──ブラフか?密偵をわざと泳がせて誤った情報を……もし彼のレベルが本当に23なら、少なくとも第三階級魔法は唱えられそうですね。それでも三國魔法大会後に行動すべきか?やはり面倒なのはあの大会自体を王国のプロパガンダにされること。しかしそうはさせませんよ
~ハルが異世界召喚されてから10日目~
<ヴァレリー法国>
法に基づく市民による議会制を行っているヴァレリー法国は難しい決断を迫られていた。
フルートベール王国は法国に同盟を求めてきたのだ。ダーマ王国との三國同盟を。
「ダーマ王国はどう返答している?」
「ダーマの反応を見てから追随するようでは腰抜けと思われますぞ?」
「こちらにメリットはあるのか?」
「フルートベールが攻められるなら我が国には関係ないこと」
「フルートベールが帝国の手に堕ちてしまえば我が国もそのあとを辿ることになりますぞ?」
──はぁ…こんな時、帝国のように皇帝が決定を下せば、その下にいる者はそれに従って一斉に動く。しかし、法国のように議会制をとっていると決断を下すのに物凄く時間がかかる。平等とは聞こえは良いが、国を動かすには不便なことばかりだ。貴族達や派閥同士のやり取りの方がまだ決断を下すのは早いだろう。それが良くない決断にしても……
議長のブライアンは毛髪のない頭を抱えた。
この国も200年前は貴族達、元老院が王族に進言していた時代もあったが、相次ぐ賄賂や汚職により市民が声を挙げ行動したのだ、そして当時の元老院制に反対している新しい王が即位した切っ掛けで元老院を解散させ、法律に基づく市民議会制を敷いたのだ。
ブライアンは大きな声で議論を中断させた。
「最も不味いのは我が国の生活が脅かされることです!」
皆が黙る。
議会に参会している軍部の大臣がその静寂を破った。戦争になるかならないかの瀬戸際で最も発言力を高めるのはいつの時代もやはり軍部だった。
「シルヴィア将軍の力があれば帝国等恐るるにたらないですよ」
会議は踊る。されど進まず……
プレートアーマーを装備した状態で騎乗し、颯爽と馬を走らせ自慢の長い銀髪をなびかせる。そのせいで多くの者が足を止めその者が過ぎ去るのを目で追ってしまう。
「シルヴィア様~!!」
声は聞こえないが遠くにいる者が身ぶり手振りで何かを訴えてるのはわかる。よく見るとその者が火急を知らせる黒い布を握り締めていた。
シルヴィアはその者の所まで馬を加速させた。手綱を引いて馬を御した後、頭を振りながら乱れた髪を整える姿に火急を報せた少女エミリアはうっとりする。
「あんなに遠くにいたのによく私のことがわかりましたね?もしかして私のことが好きなんですか?」
村娘のような格好をしている少女エミリアがシルヴィアに伺いをたてた。
「戦場ではその判断で多くの命を救う…して、何ようだ?」
「あぁ!これです!フルートベール王国から早馬で届いたものです」
少女エミリアは届いた手紙を馬上にいるシルヴィアに背伸びをしながら差し出した。フルートベールという単語が出来た瞬間シルヴィアの凛々しかった顔が明るくなる。
戦場では男顔負けな表情と武力、魔法力を示す彼女だがこの時だけは年相応な1人の女性の表情を覗かせた。
手紙を受け取るとその表情は歓喜に溢れた。それを目撃した少女エミリアはからかうように言った。
「ギラバ様からでした?」
「ぅ…あまり茶化すな」
「ごめんなさ~い。それよりも何の用ですか?やはり三國同盟についてでしょうか?」
「いや…三國魔法大会の招待状だ」
<ヴァレリー法国魔法学園高等学校>
「去年の雪辱は果たせそうか?」
メガネをかけた体育会系の魔法学園の先生ボリシェヴィキは3人の生徒に言った。
筋骨隆々の青年が椅子に座りタウエルを頭にかけている。トレーニングを終えたばかりなのか、身体中汗にまみれていた。
この青年はグスタフ・ズベリ。去年決勝でレナードとあたり敗れた者だ。
先生ボリシェヴィキは3人に向けて言ったが実質この男に言ったようなものだ。
グスタフは全身に汗をかきながら上半身裸で座っている。タウエルをとると金色の髪が針のように逆立っているのが見えた。グスタフはタウエルを投げて言う。
「ハハハハ絶対かぁーつ!!」
汗まみれのタウエルが此方に飛んできたので、同じく三國魔法大会に出場するオリガはサッと避けた。
「ちょっと!汚いんだけど!!」
いつものように悪態をつく。
もう一人の出場者、一際背が小さく子供のような顔立ちの少年。こう見えてもグスタフと同じ3年生のドロフェイは肩を竦めて言った。
「グスタフが汚いのはいつものことじゃないか……」
~ハルが異世界召喚されてから10日目~
<ダーマ王国ダーマ宮殿>
三國同盟に三國魔法大会の招待状、これは悪くない手だ。宰相トリスタンはそう思っていた。また軍部にもその招待状を送っていることから前回、前々回の大会優勝者レナード、今年はその弟も大会に出る。これにより三國魔法大会をフルートベールが誇る戦力の宣伝にするつもりでいるようだ。
──…良い手だ……この様子からすると弟もなかなかの実力なのだろう……しかし相手が悪すぎた。マキャベリーはこれを見越していたのだ。
だから私に帝国から、ある少年の入国を申請させた……
<ダーマ王国王立魔法高等学校>
「ウィンドカッター!」
「シューティングアロー!」
それらを最小の動きで避ける浅黒い肌に白髪の少年アベル。そして見開く瞳は美しい緋色だ。少年は瞬く間に上級生2人を倒す。
「速すぎるって」
「なんなの?」
三國魔法大会に出場するマリウスとエポニエーヌは残るもう一人の出場者アベルを見上げながら言った。
「もっと恐がらずに俺を見てください」
「そんなこと言ったって…なぁ?」
とマリウスはエポニエーヌに投げ掛ける。
エポニエーヌは頬を赤らめアベルを見つめていた。
──あ…この娘、違う意味でこの1年生を直視出来ないでいる……情けない話だが、認めるしかない。この1年生は最強だ。どんなに頑張ってもコイツには届かない。
「アベル~~!」
背が小さく色白で、性格は強気なんだが見た目は可愛らしいマリウスの妹コゼットが1年生の名前を呼ぶ。
「は、はい!お、お弁当!!作ってきたの!!…作ったんじゃなくて!!余ったの!!よ、よかったら食べても良いんだからね!!?」
「あぁ。ありがたく頂く」
──…妹よバレバレだぞ
コゼットは中々素直じゃない。兄マリウスは三國魔法大会よりも妹の将来を心配した……
 




