その370
~ハルが異世界召喚されてから5日目~
〈クロス遺跡の地下施設〉
「誰かの助けを待っているのか?そんな者は決して来ない」
虚ろなユリの瞳。
「仮に助けに来たとしてもお前はここから動けない」
ランスロット──現在の名はベルモンド──は虚ろなユリの瞳に、僅かに燃ゆる小さな炎を見てとった。
──あともう少し……
「…お前は弱いから」
弱いという部分を強調しながら言うと、ランスロットは部屋から出た。
部屋の側にいたグレアム司祭に別れの挨拶をする。
「じゃあまたね。それと地上で何か大きな音を聞いてもここから出ないでね」
ランスロットの提案にグレアム司祭はきょとんとした。
「…そ、それはどういう──」
「良いから♪約束してくれよ」
「しょ、承知いたしましたベルモンド様……」
訳もわからず返事をするグレアム司祭にランスロットはウィンクで返す。そして、地上へと続く階段を上った。
薄暗い階段をリズミカルに上っていくランスロット。
──ベルモンドはもう飽きたなぁ……何か良い名前があると良いんだけどなぁ……
ランスロットは名前を変えては別人に成りきる。ランスロットという英雄の名前を聞くと誰もが態度を一変させることに趣を感じていたこともあったが、それに飽きてしまった。自身の持つ本質を覆い隠し、ランスロットに失礼のないように振る舞ってしまう人々。そんな人から本音や本当に思っていることを引き出すには時間がかかるものだ。
人間の奥底にある綺麗な部分と汚い部分を見るのが大好きなランスロット。だから名前を変えては、他者に寄り添う。身内には話せないようなことでも他人になら話してしまう。いや、他人だからこそ話せるのだ。勿論、なかなか自分の本心を晒け出せない人もいる。そんな人には、何か運命的な出来事を仕向けることもしばしばある。同じアジールのメンバーのサナトスは、標的にした人に夢を見させ、自己暗示にかけるなんてこともしているが、しかしそれでは、ランスロットの趣向には合わなかった。
誰かの行動や価値観が変わる瞬間が見たいのだ。
幸福から絶望へ、絶望から幸福へ。
そうして得た他人の人生や世界観を貪り、他者の人生をコントロールするのが楽しかった。
──ん~次はどうしよっかなぁ……
他者に成りきるには説得力が必要だ。名前の響きで決めることもある。その時は、その名前と同じ者を見つけては、どのような人生を送ってきたか綿密に調査する。長らく身元不明となっても大丈夫な冒険者や浮浪者が標的となることが多い。その者達を消しては人生を乗っとる。自分と背格好が同じぐらいなら女になったことだってある。
ランスロットは階段を上りきると、異変に気付いた。この塔に入る時にも思ったが誰かに見られている気がした。あの時は、念のため団体の観光客に紛れて塔に侵入したが、あくまでも予防である。確信などなかった。しかし今確信に変わりつつある。念のためグレアム司祭に釘を刺しておいて正解だ。
──さて、誰が出てくるかな?
半ば、心踊らせながらランスロットは塔から出た。
──やっぱり、見られてるね。
少しだけ待つが、これを罠だと思っているのか、なかなかその監視者は出てこない。しびれを切らしてランスロットは言った。
「いるんでしょ?出てきなよ」
この言葉に反応を示した監視者はランスロットから十分距離を取って姿を現した。
自分と同じくらいの背格好、自分と同じ黒髪の少年。一瞬、この少年を消して人生を乗っ取ろうと考えるが、佇まいからしてただ者ではないことがわかる。
──それは流石に無理か。もしかしたらディータの使いかもしれないしね……
ランスロットは軽口を叩いて自分の欲求を誤魔化す。
「あれ?思ったより若いんだね」
ランスロットは被っているフードをとりながら言った。
それを受けてか、それともランスロットの顔を見てか、相対する少年は驚愕の表情を覗かせ、呟く。
「…フェルディナン……」
少年から出たその言葉にランスロットの感性が揺さぶられる。
「フェルディナン?……いいねその名前!!」
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『それによ…お前がいなかったらそもそも俺はここに雇ってもらえなかったみたいだしな…。こうやって奴隷なのに幸せな生活はできてなかったってわけだ……』
『お前はいい加減自分を許してやれ!』
『お前が自分を許せないでいるその気持ちはきっとこの先役に立つ。お前の人生を彩らせる素敵なモノなんだ』
ハルは同い年くらいの少年が自分に言い放った言葉を思い出していた。
気さくな少年、奴隷に落ちたとしても前向きだった少年、精神的に追い詰められていた自分を救い出してくれた少年が今、目の前にいる。
ハルは恩人を前にして動揺を隠せない。
フェルディナン、いや今はベルモンドが口を開く
「フェルディナン?……いいねその名前!!」
声も全く一緒だ。
「それが君の名前かい?」
ハルの気持ちも知らないで、ベルモンドは尋ねてくる。ハルは思考する時間を稼ぐためにその質問に答えた。
「いや、違う……」
「じゃあ誰なんだい?そのフェルディナンって」
ハルは思った。
──嘘だ……
「……君が、君の名前がフェルディナンだ」
ベルモンドは笑う。
「アハハハ!!……え、あれ?もしかしてそんな名前を名乗ったことあったっけ?」
ベルモンドは腕を組んで悩む素振りを見せる。一通り悩み終えたのか、彼はハルに告げた。
「いや、ないよ!そんな素敵な名前を名乗ったことなんかない!!」
今の言葉でハルは悟る。
「君はそうやって名前を変えては別人に成り済ましているんだね……」
そうそう、と頷くベルモンドにハルは問い掛ける。
「本当の君は誰なんだ?」
「僕は誰、か……」
ベルモンドは再び思考に沈んでから口を開く。
「僕は僕だよ。良い面もあれば悪い面もある。確かに今まで別人を演じてきたかもしれないけど、その演じている自分でさえ本当の僕なんだ。君は、親や気のおけない友人の前では態度が違うだろ?目上の人や自分よりも立場の弱い人の前でも変わる。どれも別人だけど、本当の自分といえる。そう思わない?」
ハルはフェルディナンとの思い出を振り返る。そして訊いた。
「君は、アジールだ……」
「そうだね。そんな君は神の使いってところかな?」
「情報がほしい」
「情報の宝庫だ」
お互いが魔力を練り上げる。土埃が舞い、木々がざわつく。
「僕の名前は、ハル……ハル・ミナミノ」
「僕の名前は、ベル……ん~そうだなぁ……」
ベルモンドは自分の名前を言い淀むと、何かを決心したかのように頷き、ハルに告げる。
「ランスロット。僕は勇者ランスロットだ」
驚きはしなかった。ハルはフェルディナンがランスロットだと名乗ると同時に、一歩踏み出しながら覇王の剣をアイテムボックスから取り出し、ランスロットに向かって振り下ろす。
ランスロットもアイテムボックスから二股に別れた槍を取り出して、振り下ろされるハルの一撃を受け止めた。2人を中心に円を描くように衝撃波が舞い、地響きを引き起こす。




