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喜んだらレベルとステータス引き継いで最初から~あなたの異世界召喚物語~  作者: 中島健一
帝国ライフ編

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その342

~ハルが異世界召喚されてから5日目~


 ハルは起床する。見慣れない天井に狭い部屋。ここは特待生達の住むログハウスの一室だ。異例の採用によってハルは物置で寝泊まりする運びとなった。今後この待遇が変わるのか定かではないが、ハルにとっては好都合である。


 今日、明日にかけて聖王国やユリのいるクロス遺跡へ向かう。また獣人国の今後の展開なども擦り合わせる必要があるからだ。ハルと比べてレベルの低い特待生達はその気になれば、簡単に制圧可能だが、ミラの情報を得るためには彼等との親交を深めることも必要である。


 しかしマキャベリーが聖王国へ赴く可能性は低かった。前回はハルがフルートベールに突如現れた脅威として、その役を担ったが今回は剣聖とダルトンだけだ。2人が共闘するならまだしも、それぞれが独立して事をおさめた。マキャベリーから見れば、それらの事柄が偶然その日に重なっただけにすぎない筈だ。しかしここでハルにとっても偶然で幸運な出来事が起きた。それは帝国の軍事試験がたまたま一昨日あったことだ。


 サリエリに頼んで帝国の出生を偽造してもらっていたのが功を奏する。サリエリと親交の深いグアドラード家の落とし子という経歴の少年が、特待生に入学した次の日に獣人国でのクーデターが失敗し、魔法学校襲撃も偶然通り掛かった剣聖に阻止される。


 マキャベリーならこのバラバラに起きた3つの出来事に何かしらの違和感を抱く筈だ。


 きっとハルのことを調べあげるだろう。だがその前に聖王国へ赴き自分の戦力確保が優先されるのではないかとハルは考えていた。


 ハルは物置から出ると、台所へと向かった。まだ朝も早く、誰も部屋から出てこない。


 ハルは火を起こす魔道具に魔力を通した。


 昨日初めてこの魔道具を使った時、加減がわからず魔道具から火柱が天井に向かって燃え立ったのを思い出す。今は一発で調理に向いた火力を出すことに成功している。


 昨日の夕飯は葉物野菜を油と鷹の爪と一緒に炒めて塩と黒胡椒で味を整えたものと干し肉とパンを食卓に並べた。


 普段とあまり代わり映えのない料理だったらしく、オーウェンなんかはケチをつけながら、それでもちゃんと食していた。


 ハルは昨日、自分で作ったものを食べながら、アイテムボックスの中にミラと一緒に食べたエビルフロストドラゴンの肉があったことを思い出し、どうせならこの肉を使えばよかったと後悔した。


 そして、今朝その肉を使って朝食を皆に振る舞おうと張り切るハルだが、アイテムボックスから肉をとったときに記憶が甦る。


 ──水氷耐性……


 この肉を食すことで得られるスキルのことを思い出した。今ここでこの肉を振る舞えば、特待生達に不振がられると思ったハルは、エビルフロストドラゴンの肉をソッとしまった。そしてアイテムボックスを物色する。


 ──グリーム・ラビリンスの肉なら大丈夫かも……


 青い毛で被われた巨大な二足歩行の魔物。頭部が牛であったため、牛肉のような味を想像するハルは、肉を取り出し、硬い皮をダルトンにもあげたエビルフロストドラゴンの牙でできたナイフを使って剥いだ。


 店でスライスされる前の肉の塊をイメージして捌いていく。皮を剥ぐ際、余計に肉をこそげ落としてしまったがそれでも満足できるほどの出来映えだった。


 赤身に綺麗なサシが入っている。


 黒毛和牛ならぬ青毛和牛──和牛ではないが──を薄くスライスして焼いてみた。初めは十分火を通して炙るように焼く。


 パチパチと音を立てて、脂を滴らせながら焼かれる肉は赤から茶色へと変色していく。


 もう十分かと思ったハルは、早速それを口に入れてみた。滴る脂で台所を汚さないよう口に入れた。その瞬間、薄くスライスされた肉は舌の上でとろけだす。この時点でその美味しさに頬が綻ぶが、ハルはすかさずその肉を噛み締めた。硬い表皮とは対称的に柔らかいその肉は、噛めば噛むほど牛肉と上品な脂の味が口一杯に広がる。


 ──あ、これ戻るかも……


 一瞬覚悟したハルだが、心配には及ばなかった。


 調理の音と香ばしい臭いに誘われて、特待生のメンバーがぞろぞろと起床し始める。


 部屋を出てきた水色の髪のシャーロットはその長く美しい髪をしっかりと櫛でとかし、着ている白い服には皺1つついていなかった。自室でしっかりと身支度を済ませてきたシャーロットとは違い、大人しそうな少女のヒヨリは眠たそうに半開きの目を擦り、前髪を真っ直ぐ切り揃えたおかっぱ頭の端々ではピョコンと寝癖が立っていた。


 黒髪のオーウェンは寝癖などつかないほど剛毛な髪を撫で付けながら歩いてくる。白髪のアベルは昼も夜も、いや闘技場で戦っている時と変わらない表情でやって来た。


 一堂が食卓につくと、テーブルの上に先ほど焼いた肉──火を通す際に塩と黒胡椒で味を整えた──と葉物野菜、そして表面の色が少し変わる程度トーストしたパンをそれぞれに2枚置く。


「なんだなんだ!?」

 

 オーウェンは目の前に置かれた食材に興味津々だ。


 ヒヨリも眠気が覚めたのか、目を輝かせている。


 ハルは食材を置き終えると説明した。


「皆おはよう。このパンの上に野菜と肉を好きな量置いて、その上にまたこのパンを挟んで食べてみて」


 ハルの説明を受けてシャーロットは言った。


「サンドイッチみたいに食べるのね?」


「そうそう、サンドイッチ……」


 ハルはシャーロットの言うことを肯定したが、違和感を抱く。


 ──サンドイッチって確か、イギリスのサンドイッチ伯爵にちなんでそんな名前になったんじゃ……


 時々感じる。この世界とハルのいた世界が不自然に繋がる瞬間。


 ハルは少しだけ思考するが、ヒヨリの高い唸り声によってかき消される。


「ん~~~~!!」


 口をモゴモゴしながら目を見開いてハルを見つめる。


 その隣でオーウェンが呟いた。


「うめぇ……」

 

 シャーロットも口元に手を当てながら言う。


「朝からお肉はどうかなって思ったけど……おいしい……」


 ハルは残るメンバー、アベルの表情を覗き込む。アベルは相変わらず無表情だが、急に怪訝な顔となった。ハルはアベルの視線の先を見やる。すると、先ほどまで舌鼓を打っていたヒヨリとシャーロットが放心状態となっていた。


 オーウェンが2人に尋ねる。


「おい、どうしたんだ?」


 シャーロットがまだ信じられないと言った表情で何が起きたのかを説明した。


「これを食べたら、世界の声が聞こえてきて物理攻撃軽減のスキルがついた……」

「ヒヨリにもついた……」


 オーウェンとアベル、それとハルはもともとそのスキルを修得している為、食べても世界の声、スキル修得に関するアナウンスが聞こえてこなかったようだ。


 オーウェンはハルを睨み、怒鳴り散らす。


「おいお前!俺達に何を食わせやがった!?」


 ハルは言った。


「ただの牛肉だよ!!」


 無理のある言い訳だった。


「バカ野郎!!ただの牛肉でそんなスキルがついてたまるかよ!!」


 オーウェンは立ち上がり、戦闘態勢に入るが、その前にヒヨリが立ち上がり、口を開く。


「ハル。ありがと……ヒヨリ、このスキル欲しかった……それにハルの作ったこの料理とってもおいしい。そうでしょオーウェン?」


 オーウェンはヒヨリの感謝の言葉に自分の怒りがお門違いな気がして、少しだけ戸惑った。


「け、けどよ……」


「おいしかったでしょ?」


 ヒヨリはズイとオーウェンの顔を下から覗き込むように見ながら再度質問する。


 オーウェンはヒヨリから目線を反らして、言った。彼の頬が少しだけ赤くなっていたのをハルは見逃さなかった。


「まぁ、確かに、旨かったけどよ……」


「ありがと、ハル!」


 ヒヨリはニコリとハルに微笑みかけた。


ゴーン ゴーン


 ハルは戻っていた。


 ──感謝をされたことの喜び?それとも作った料理を喜んでくれたことの喜び?


 ハルは久し振りに、平和な時に喜びを感じて戻ったことを顧みる。


「やっぱり誰かに喜んで貰えるのは嬉しいよね……」


~ハルが異世界召喚されてから5日目~


<帝国領にある訓練場>


 朝食をとり終えたハル達特待生は、午前の訓練を行おうと訓練場に集まる。


 前回の世界線と全く同じ行動をハルはとった。一つだけ違うのは、今朝の朝食でグリーム・ラビリンスの肉を使わなかったことだ。流石に肉を食べるだけでスキルが手に入るのはまずい。肉の出所次第ではハルの正体がバレてしまうかもしれない。


 しかし、ハルの中で迷いも生じていた。


 帝国軍事総司令のクルツ・マキャベリーに自分の正体を明かし、彼の目的を直接聞いてしまった方が早いのではないかと。彼が他国に戦争を仕掛け、国をただ統一したいだけではないとハルは感じていた。また聖王国出身でとっくの昔に死んでいる筈のレガリアや彼女が口にしていたペシュメルガについての見解等も、マキャベリーに聞きたいとハルは思っていた。


 ──チェルザーレ枢機卿の強さの秘密も知りたいが……マキャベリーと仮に和解のようなものが成立してしまったら、メルの救済ができなくなる……


 ハルはそう感じていた。


 ロドリーゴ枢機卿の暗殺を実行に移してくれないとメルを救済できない。時間をかければメルを救うことができるのかもしれないけど、ハルの知っている最適解を曲げたくはなかった。


 ──それにマキャベリーを信頼させるには何が必要だ?ミラちゃんのそれも知りたいし……


 過去の世界線での自分の役目を剣聖オデッサとダルトンに、ある程度担わせて、自分はやはり大人しく帝国で情報収集しながらメルやユリの救済を行おうと決めた。


 そして目の前の訓練をどう切り抜けようかと考えを巡らす。


 相対するは帝国四騎士ミラ・アルヴァレス隊に属する戦士ミイヒル。


 ハルの前にオーウェンが立ち塞がり、告げられる。


「新人はそこで大人しく見てな。ミイヒルさん?俺達はアンタをぶっ倒す為に訓練してきたんだ。昨日入ったばかりの新人に邪魔はされたくない。だから良いですよね?」


 ウェーブのかかった長髪が戦闘の邪魔にならないように額当てを縛り直しながらミイヒルは言った。


「確かにそうだな、君達の意向を汲み取るとしよう。そこの君!」


 ミイヒルはハルに告げる。


「君はそれで構わないか?」


 ハルは肯定の返事をすると、ミイヒルは続けて言った。


「この訓練がおわったら後で個別に君の技量を見よう。君の実力をマキャベリー様に報告しなければならないからね」


 ハルの心臓がドキリと鼓動を打つ。


 ──マキャベリーが僕のことを認識している……


 当然そうなると思っていたが、第三者からそう告げられると余計に意識してしまう。


 その間に訓練が始まった。


 シャーロットが聖属性魔法を唱え、味方にバフを与え、ヒヨリが弓を引き絞り、遠距離で先制攻撃をミイヒルに与える。


 直進する矢を難なく躱すミイヒルだが、視線は早々に矢を捉えるのをやめていた。後ろからそれこそ矢の如く突進するアベルとオーウェンの動きに集中しているのだ。


 オーウェンの振り下ろされた剣をミイヒルは腰に据えた長剣を抜刀することで弾き返した。オーウェンは自分の力を過信したせいでミイヒルの力を見誤った。弾かれ仰け反るオーウェンだが、その隙にアベルが魔法の剣を斜めに斬り払う。ミイヒルは身を翻して躱すと、2人と距離をとった。しかし、ヒヨリの援護射撃により息つく暇を与えない。


 ハルはミイヒルの動きを見ながら考えた。


 ──この人はミラちゃんの隊に属してる人…仲良くなっておくべきか、それともぶっ倒して隊に入れてもらえるよう取り計らうべきか……


 戦闘訓練は、三國魔法大会の時と同じ様に、魔道具の腕輪をつけて執り行われた。魔法による肉体的ダメージを負わず、HPが0となったら腕輪が砕け散り敗北となる。(物理攻撃はダメージを負う)


 戦闘が繰り広げられる中、ハルが逡巡を巡らしていると、熱を感じる。


 オーウェンが第三階級魔法フレイムランスを唱えた。手を翳しながら赤く輝く3つの魔法陣から灼熱の槍が出現する。


「おぉ……」


 ハルはオーウェンの魔法を初めて見た。


 ──このレベルの魔法……他国は初めから勝ち目ないんだよな……


 火の粉を散らしながら地面と平行に直進する槍をミイヒルは肌を焦がしながら回避する。


 回避先にはヒヨリの矢とアベルの魔法剣が待ち構えている。


 ミイヒルは更にスピードを上げて避けようとするが、シャーロットの第二階級闇属性魔法ブラインドネスがヒットする。相手の視界を奪う魔法だがその対象がミイヒルならばすぐにかき消される。しかし、ミイヒルの動きが本の少し鈍るだけで十分だった。


 ヒヨリの正確な矢とアベルの剣がミイヒルを捉える。腕輪が砕けた。


「降参だ」


 ミイヒルは4人に両手を挙げながら言った。


「ちぇっ、俺の魔法を利用しやがって」


 オーウェンの言葉にヒヨリが反応する。


「オーウェンは主役になりたがる。ある意味連携が簡単」


「けっ!!」


 ミイヒルは息を整えながら言った。


「流石に君達4人が相手となると歯が立たないな」


 ミイヒルは懐から新たな腕輪を取り出して、それを嵌めながら言った。


「上層部にもきちんと報告しておこう」


 それを聞いて気をよくしたオーウェンが口を開く。


「是非、四騎士直属の隊に入れるよう推薦してください!!」


「あぁ、きっとどの隊も君達のことを欲しがるだろう……と、ここで個別の戦闘に入るがその前に、君!ハル・ミナミノ君だね?」


 ハルは、はいと返事をした。


「君の実力を見せてもらうよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  一旦巻き戻ると最初まで戻ってしまうから、時系列の流れでどこでどういう行動をすればいいか、試行錯誤した苦労の果実をやっとの思いで手に入れた分、今までの行動から得た最適解を大きく一旦崩して別…
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