その328
~ハルが異世界召喚されてから23日目~
ダンジョンの出口が見えた。フルートベールにある闘技場と同じくらい広い円形の空間に出た。出口はその奥にある。
しかし、それを塞ぐようにして1人の女が立っていた。
【名 前】 レガリア・レガリエ
【年 齢】 121
【レベル】 108
【HP】 1085/1085
【MP】 1126/1126
【SP】 1553/1553
【筋 力】 604
【耐久力】 718
【魔 力】 801
【抵抗力】 811
【敏 捷】 641
【洞 察】 846
【知 力】 2220
【幸 運】 500
【経験値】 41196436/48096613
習得魔法は見えなかった。きっとそこだけ防護魔法がかけられているのだろう。
ステータスを隠す必要はあまりない。鑑定スキルを持っている相手に、逃げるか戦うかの二択を迫るだけだからだ。
レガリアと名乗る女は、足止めを目的としているため、ステータスを敢えて晒しているのだろう。ハルが戦うつもりならば、ステータス数値がレガリアのそれを上回っているか、もしくは同等のステータスであるということだ。
同等の者と戦う際、勝敗を左右するのはスキルや魔法の行使による要因が殆んどだ。
この戦略的挑発にハルは乗るが、戦闘を繰り広げる前にハルは疑問を口にした。
「レガリアって聖王国で神を冒涜して謎の死を遂げた人のことだよね?」
緑色に輝く髪を揺らし、見ただけで滑らかな質感を思わせるシルクでできたローブを波うたせながらレガリアはハル達に向かって歩いた。
そして、一定の距離を取って立ち止まると、笑顔で答える。
「如何にも。私は聖王国で迫害され、死にました」
ハルはレガリアのステータスにある年齢の欄を見て、自分の学んだこの世界の歴史を整合させながら、今いる人物の理解につとめる。
──しかし、足止めと言っていた……このまま、話を長引かせて情報を聞き出したいところだ。向こうもそれに乗って来る筈……
「でも生きてる」
「そうです。私は命を救われたのです。神にも等しいお方に……」
「それってだれ?ディータじゃないんだよね?」
ハルは流石に直接的かと思い、ミラを見やる。きっとバカな質問をするなと咎める視線をハルに向けているだろうと思ったが、ミラはうずくまったままだ。
「それをお答えするには、神殺しをしてからです」
ミラの様子が気になるところだが、ハルは聞き慣れない単語に嫌な予感がした。
「……」
ハルの沈黙に微笑むレガリア。
──そもそも、足止めということは僕たちがダンジョンから出てしまうと向こうに不利益が生じるからだ……それに……
ハルはミラを見つめる。
──レガリアは帝国の者じゃない……ということは……
ハルは同じ聖王国出身のチェルザーレを思い出す。信じられないステータスと年齢。後に帝国へ、彼は亡命したが、それとはまた異なる事情をこのレガリアは持っている。ハルは違和感を口にした。それは疑問ではなく、ある人物の名前だった。
「エレイン……」
レガリアの微笑みが、ハルの発言により、少しだけ変化する。弱者に対して思いの外、頭が働くことを誉めるように。
「そのお名前がでるのなら、わかるでしょ?足止めの理由が」
ハルの身体が次第に震え出し、瞳孔が開く。
エレインが現れる時、必ず起きること。それは、ルナの殺害だ。
大地に広がる血液、人形のように倒れるルナの記憶がハルの脳裏に流れ込んだ。
血の気が引くハルは、それを取り戻すかのように一気に魔力を練り上げ、踏み出す。
ミラはハルが駆け出す瞬間、手を伸ばし、ハルを行かせんとするが、間に合わない。ハルの背を追いかけるようにして口を開いた。
「行くな!!」
しかしその声も、剣とレガリアの持つ金色の杖とがぶつかり合う音によってかき消される。
ハルは覇王の剣をレガリアに向かって振り下ろすも、杖によりそれを阻まれた。
「何故、ルナさんを狙う!?」
ハルは杖を隔てて眼前にいるレガリアに噛みつくようにして訊いた。
「全く。むしろ気になりませんか?自分が何故ルナ・エクステリアに固執しているのかを」
レガリアの挑発的な問いに、ハルは一瞬力が緩んだ。その隙にレガリアは魔力を込める。杖の先端にある球体が黒く輝くと、ハルの頭上から無数の光の剣が降ってくる。
ハルは見上げ、それらを躱そうとするが、その間にレガリアの回し蹴りがハルの脇腹をとらえた。
ハルはダンジョンの壁まで飛ばされると、落下してきた光の剣がハルをとらえようと今度は真横に飛んでくる。
ハルはダメージを負った脇腹を押さえながら、迫り来る光の剣を躱す。円形の空間を回るようにして、追跡してくる残りの剣から逃れる。ダンジョンの壁に衝突させることで消滅させたり、剣同士をぶつけ合わせたりして器用に立ち回りその数を減らした。レガリアの位置を確認するが、先程から動いていない、首だけをハルに向けて光の剣から逃げるのを見ているだけだった。
「余裕こきやがって!」
ハルは残る剣と一定の距離がとれると向き合い、同じ魔法であるレイを唱えて打ち落とす。爆煙と衝撃が辺りを襲った。ハルは動こうとしないレガリアを見据えながら、彼女が言った言葉の意味を考えた。
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<ポーツマス城>
衛兵は、マキャベリーとチェルザーレが城内に入るのを鋭い眼差しで見ていた。
その衛兵はいつか帝国四騎士となり、武威を示そうと心に決めていた。しかし、その四騎士に新たに加わったのが、聖王国からやってきた聖職者であることに憤る。
実際に、その聖職者を目にしたときは、思ったよりも若く、優れた肉体を持っていることに驚いたが、そういう見せかけの強さを持った者などたくさんいることを衛兵は知っていた。
そしてそんな奴を四騎士に据えた帝国軍事総司令のマキャベリーもまた怒りの対象となっている。
面白くない顔を衛兵は2人に向けた。
現在衛兵は、城の中庭の警備をしていた。元城主のトールマンが何者かに暗殺されたからだ。
──絶対に、フルートベールの奴等のせいに違いない。
憧れのシドー・ワーグナーも戦死し、休戦協定の会談前に有力者であるトールマンが死んだ。マキャベリーの失態であることに帝国人達は気付くだろう。仮に気付かなくても帝国の戦士達は、それを十分理解していた。
衛兵は同意を求めるように自分と同じ様に警備にいそしむ仲間達を見やると、皆が視線を上に向けていることに気が付いた。
「ん?」
衛兵も遅れて見上げると、パラパラと何かの破片が落ちてくるのが見えた。目に入らないよう、薄目となり、それらの破片を見定める衛兵だが、落ちてくる破片が塵程度のものの後ろから巨大な塊が落下してくるのが見えたので、急いで中庭から離れる。
その塊に相応しい音を立てて地面と衝突した。その衝撃で中庭に敷き詰められた芝は抉れ、土煙を上げる。
衛兵達は、何が落下してきたのかを、恐る恐る歩み寄り確認すると、土煙の中で2人の人影が、鍔迫り合いをしているのが見えた。
「え?」
落下してきた驚きと、2人の安否が気になった衛兵だが、金属同士のぶつかり合う音が土煙から聞こえてきたので、胸中にあるその2つの感情が瞬時に蒸発した。その音で理解できるのは鍔迫り合いから一変し、激しい剣檄へと変わったということだ。剣檄により土煙が払われる。
落下してきた2人、1人は先程衛兵がバカにしていた帝国四騎士のチェルザーレと、もう1人はどこにでもいそうな黒髪の少年。2人の戦闘を見て、衛兵の胸中には新しい感情が芽生える。それは畏れであった。
「化物かよ……コイツら……」
チェルザーレの握る聖剣アスカロンが斜めに斬り上げられる。ランスロットは上体を反らし鼻先を掠めながら避けた。反らした力を利用してランスロットは右手に持っている二股の槍を薙ぎ払う。
チェルザーレはその場で跳躍し、回避と同時に大上段の構えから、ランスロットの脳天目掛けて一気に振り下ろした。
ランスロットは槍の柄の部分でチェルザーレの渾身の一撃を受け止める。
雷が落ちたかのような音と衝撃が周囲を襲い、戦闘を見ていた衛兵達は勿論、城を囲う城壁が崩壊し吹き飛んだ。
衛兵はその衝撃から耐えるように、両腕を顔の前に持っていき、ガードの姿勢を取った。なんとかその場にとどまり、2人の戦いを見届けようと努める。
ランスロットの持つ槍が光りだした。
チェルザーレは直ぐにランスロットから距離を取る。すると、先程チェルザーレのいたところに空から雷が落ちた。
衛兵は光りに目を眩ませ、怯んだ拍子にとうとう後方へと飛ばされる。
「今度は本物の雷かよ!?」
辺りは爆散し、またも土の赤茶けた煙に包み込まれると、ランスロットは言った。
「ねぇ?君はヴァンペルトの親戚だろ?」
ランスロットはかつてのパーティーメンバーの名前を持ち出した。
「竜族だっけ?それとも竜人族?どちらにしろ得意な魔法は水属性。不利だと思わない?」
煙の濃度が徐々に薄くなるにつれて、地響きが聞こえる。大地を揺るがすその音は、高波となって顕現し、ランスロットを襲った。
「い"っ!?」
ランスロットは膝を曲げて、一気に飛び上がり、チェルザーレと共に先程落ちた会議室まで到達する。
高波が中庭の壁を破壊する様子をランスロットは手にひさしを作って見下ろしていた。
「ふぅ」
一息ついたランスロットは会議室を見渡す。
ルナの前にイズナとレオナルドが剣を構えて立ち塞がっていた。
「エレインは来てないの?」
イズナとレオナルドは何が起きているのか完全には理解していない。しかし、目の前の少年が敵であることは認識していた。
レオナルドの頬に冷や汗が一筋流れると、自身の誇る最高速度でランスロットに突進した。イズナもそれに続く。
「やれやれ……」
ランスロットは面倒臭そうにノロノロとやってくるレオナルドの胸に槍を突き刺そうとしたその時、背後から気配を感じとる。
チェルザーレはランスロットの背後から聖剣を振り下ろそうとしていたが、チェルザーレの動きがピタリと止まった。チェルザーレの胸に二又の槍が貫通する。ランスロットはチェルザーレに背を向けたまま槍を操り、攻撃に成功したのだ。大量の血が会議室に流れた。
ランスロットはそれに構うことなく、片手を前へ押し出し、レオナルドとイズナに向かって魔法を唱える。
「サンダーボルト」
片腕にまとわりつく青白い電撃が一直線にほとばしる。
雷に貫かれたイズナとレオナルドは暫く立ちながら身体を痙攣させた。
「殺気を立てずに背後に立つまでは良かったのに、おしかったね。流石にちょっとわざとっぽかったよ?」
痙攣するイズナとレオナルドに向かってランスロットは口を開いた。レオナルドはイズナよりも早く、背後に迫るチェルザーレに気が付き、ランスロットの気を反らすつもりで突進を仕掛けたようだ。しかしそれが仇となり、2人の作戦は失敗に終わる。
しかしこの時、ランスロットは異変を感じた。背後にいるチェルザーレの亡骸に重みを感じなかったのだ。
「まさか?」
チェルザーレの亡骸は溶けるようにして水の塊となり、突き刺さった槍から逃れる。
この時、イズナとレオナルドが雷の衝撃を何とか耐え、ここでようやく倒れた。彼等の後ろからチェルザーレが姿を表し、ランスロットに向かって斬りかかる。
「よくぞ堪えた」
称賛の言葉を2人に残し、チェルザーレはランスロットの腹部を斬りつけた。
「うっ!」
膝をつくランスロット。
すかさずチェルザーレは、ランスロットの首を斬り落とそうとしたが突如として現れた魔剣により、弾かれる。
「くっ!」
ランスロットは立ち上がると、魔剣アロンダイトを滑らかな手付きで握り直し、体勢の崩れたチェルザーレの腕を斬りつけた。
チェルザーレは握っていた聖剣アスカロンを床に落とした。斬りつけられた腕がいうことをきかなくなることに困惑する。
その時、会議室の外、廊下から壁をぶち破ってユリが入室してきた。血だらけの姿で床に着地を決めるも、破壊された窓枠ギリギリまで滑るようにして進む。
あと少しで落下しそうになるところをチェルザーレがいうことをきく方の腕で止めた。
ユリのぶち破った壁の穴から紫色のドレスを着たエレインが顔を覗かせ、声を発する。
「あら、怪我したの?」
「そうなんだよ、彼等なかなか連携が上手くて」
「私の方もとても楽しかったわ♪」
廊下に寝そべるメルとマキャベリーをまたいで、エレインは扉を潜って入室する。
今や健在なのはルナだけとなった。
ルナは迫り来る脅威に身体を震わせる。
「さぁ、神殺しを始めよう」
しかし、ランスロットとエレインは動きを止める。何事かと思うほどにピタリと止まった2人はボロボロになっているユリに視線を送った。
ユリはうつ伏せのまま、視線を上に向け、エレインとランスロットを見据える。
その目に涙を流しながら。




