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喜んだらレベルとステータス引き継いで最初から~あなたの異世界召喚物語~  作者: 中島健一
英雄戦争編Ⅰ

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326/395

その324

~ハルが異世界召喚されてから23日目~


 身体全体を震わす咆哮はダンジョン内に響き渡り、この声のせいで他の強力な魔物達が集まってきやしないか。ハルはそう不安を抱かずにはいられなかった。ミラ・アルヴァレスと行動を共にするまでは……


 燃えるような赤い髪をした少女は、尖端にいくにつれ細く尖っていく武器レイピアを手に、自分よりも遥かに背の高い一つ眼の巨人と戦っている。


 岩のようにゴツゴツとした皮膚は斬撃を弾く鎧と化し、攻撃に転じれば迫りくる巨大な岩となる。


 しかしその固い皮膚はミラにとってはかっこうの足場だ。彼女の跳躍力ならば二歩も蹴りあげれば一つ眼の巨人キュクロプスの最も柔らかい部分、眼に到達する。その眼はミラの身長ぐらいの大きな目玉だった。


 ミラは空中でその目玉に狙いを定めるが、キュクロプスは、眼前のミラを払いのけようと右手を水平に振り払う。ミラは風属性魔法を使って上昇気流を生み出すと、その風に乗り更に上空へと舞い上がり、キュクロプスの攻撃を躱した。ミラはダンジョンの高い天井に到達するとそこを足場にして踏み込み、キュクロプスの目玉向かってレイピアを突き刺した。


 一つしかない大切な目玉を両手で覆い、背中から倒れるキュクロプス。その爆発にも似た音を立てながら倒れたキュクロプスに対して、ミラは華麗に着地を決めた。


 安心するのも束の間、着地を決めたミラに対して、三つの頭を持つ巨大な犬ケルベロスがキュクロプスの屍を越えてミラに襲いかかる。


 ミラは息を整える間もなく構えるが、背後から覇王の剣が現れ、迫り来るケルベロスの三つの頭の内の一つ、左端の頭を串刺しにした。


 ミラを追い越すようにして現れたハルは告げる。


「一つ眼の次は三つ首かよ!」


 ケルベロスは左端の頭(ケルベロス側からしたら右側)を物凄い勢いで突かれたことにより、右回りに半回転しながら後方へ飛ばされる。


 潰された頭はうなだれているが、残る2つの頭は低く唸り、口から青い炎が溢れだす。そしてそれをハル達目掛けて吐き出した。


 向かってくる青い炎に対して落ち着き払ったミラは片手をかかげ、唱える。


「フレアバースト」


 青い炎同士がぶつかる。一旦、そこで押し合いを繰り広げるが、本来なら3つある口から吐き出される筈の炎の息吹はいつもよりも威力が弱かったようだ。そのままミラの唱えた魔法に飲み込まれ、ケルベロスは焼け焦げる。


「よっしゃぁ!」


 ハルは片手を上げてミラにハイタッチを求めたが、


「なんのつもりだ?」


 鋭い視線がハルに突き刺さる。


「いや、達成感を分かち合おうと……」


「馴れ合いはしない」


 ミラは踵を返しダンジョンの奥へと向かった。ハルは少しだけ悲しかったが、レイピアを向けられなかっただけ以前よりマシになったと評価した。


 ミラはハルに背を向けながら前へ歩く。


「馴れ合いはしないと、決めている……」


◆ ◆ ◆ ◆


 川の流れに身を任せる幼少期のミラ。このまま眠るように沈んでいけばきっと気持ちの良い死が訪れる。


 ──あぁ…お迎えが来てる。でも前もどこかで……


 ミラの視界に、さしのべられる手が見えた。その手に触れるとミラは気を失う。


 次に目が覚めたのは小さな部屋の中だ。ベッドに横たわるミラ。頭は靄がかかったように重たい。脈が打たれるごとに頭痛がする。


 ベッドの脇には陶器でつくられたコップが置かれ、中には水が入っていた。ミラはそのコップを手に取ろうとしたが、上手く握ることができず、倒してしまう。木造の床に溢れた水が染み渡る。


 その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。そして少年の快活な声が響く。


「目が覚めたんだね!っあ!!」


 少年の召している白い布地の服は畑仕事により土で汚れていた。髪を逆立てているのは身長を少しでも高く見せようとしているようだった。少年は床に広がる水溜まりを目撃すると、急いで近くにあった布で水を拭き取る。


「大丈夫?濡れてない?」


 ミラはまだ上手く喋れなかった。


「すぐ新しい水を持ってくるから待っててね!」


 少年ナッシュとの出会いだ。5歳のミラはドレスウェルの王都から奇跡的に逃れ、渇きを癒しに川まで足を運んだが、足を滑らせ流された。流れてきたミラをナッシュが助け出したのだった。ミラが目を覚ましたのはドレスウェルの虐殺より3日後のことだ。


「どう?落ち着いた?」


 今度は落とさないようにコップを両手でしっかりと握り、喉を潤す。


「君の名前は?」 


「私の……名前?」


「そう、君の名前」


「私は……誰?」


 川から助け出したミラの記憶がないことにナッシュは驚く。だが直ぐにその解決策を思い付いた。


「ステータスウィンドウを開いてみてよ!」


 ミラは首を傾げる。ナッシュは自分の名前を覚えていないのだからステータスウィンドウも忘れて当然かと思い、ミラに優しく教えた。


 ミラは手をかざして念じる。


「ステータスウィンドウオープン」


【名 前】 ミラ・アルヴァレス

【年 齢】 5

【レベル】 1

【HP】   20/20

【MP】   10/10

【SP】   49/49

【筋 力】  3

【耐久力】  20

【魔 力】  5

【抵抗力】  11

【敏 捷】  4

【洞 察】  3

【知 力】  900

【幸 運】  n

【経験値】 0/5


・スキル 

『M繝励Λ繝ウ』『莠コ菴薙�莉慕オ�∩』『諠第弌縺ョ讎ょソオ』『閾ェ辟カ縺ョ鞫ら炊』『第一階級火属性魔法耐性(中)』『第一階級水属性魔法耐性(中)』『恐怖耐性(中)』


・魔法習得 

  ──


 初めて見る光景に5歳のミラは言葉を失う。


「君の名前はなんていうの?」


「ミラ、私はミラ・アルヴァレスっていうみたい……」


「ミラ、ミラ・アルヴァレス!宜しく!僕はナッシュ・ビルドだ!!」


 ナッシュは手を差し出して、ミラと握手をした。


─────────────────────


 木造建築の家屋、牛舎、畑が広がっているこの田舎町の名はウエスタン。帝国領に位置している。


 ミラは実生活になんら支障のないところまで回復していた。まだ時々発作のようなものが起こるが、それでも助けてくれたこの町に恩を返そうと懸命に働いた。

 

 実った果実を大きな箱に収穫し、それを倉庫に運ぶ。


「そんな手伝わなくて大丈夫よ?」


 町の人は言った。


「いいんです!家でじっとしている方が良くないですから!」


 町の住人が着ている服と同じ服に身を包むミラ。ナッシュの家族にちょうどミラにぴったり合うサイズの服があったのだ。端から見れば、この町の娘だと思われるだろう。しかし、まだ5歳の割には受け答えがしっかりし過ぎていることに町の人はたまに困惑している。記憶をなくしているせいだと無理矢理結論付けたが、果たして本当のことはわからない。


 ミラがこの町に住んで3年が経過した。


 8歳になったミラは多くの者に愛されていた。パッチリとした目と美しい赤髪は子供ながらにして気品が漂う。ミラと年齢の近い子供達は彼女を慕い、恋心を抱く者も大勢いた。ナッシュもその内の一人だ。


 そして彼女の聡明さに町の大人達は舌を巻いた。


 気温と湿度、土の状態の管理による農作物の生産性向上、家畜の餌の改良によりコスト削減と質の向上等、その功績は目覚ましい。


 ミラはこの町に助けられ、初めこそ記憶を戻そうと努めたが、今となってはこの場所も悪くないと思い始めた。


 遠くにナッシュが一仕事終えて帰ってくる。ナッシュと目が合うミラは、微笑み出迎えた。


 ──今が幸せなのだから、このままで良いではないか……


 次第にそう思い始めた。


 しかしある時、ミラの功績が領主の目に留まり、邸宅に招かれる際に第一の事件が起きた。


─────────────────────


 領主様に失礼のないよう、町の正装に身を包むミラは、自分の格好に照れながらナッシュに訊いた。


「似合う?」


 ナッシュはミラを直視せずに答えた。


「に、似合うんじゃない?」

 

 ミラに首飾りをつけるナッシュの母は言った。


「なーに言ってんの?とっくに惚れ込んでるくせに」


「う、うるせぇ!!」


 ナッシュはそう言って、部屋から出た。


「照れちゃってあの子ったら……」


 ナッシュの母は続けて言った。


「ミラ、あんたがここに居てくれるなら私達も嬉しいんだけど、きっと領主様は……」


 それを受けてミラはハキハキと口を開く。


「わかってます。でも私、領主様の所でうんと働けば、この町ももっと豊かになると思うんです」


「でも自由ってわけじゃない、嫌な相手と結婚させられるかもしれないんだよ?」 


「それでも構いません。ここのみんなが幸せになってくれれば」


「そしたらあんたの幸せは?あんたが幸せになれないじゃないか?」


「私の幸せは、ここのみんなが幸せになることです。これでやっと私の命を救ってくれたみんなに恩返しができます」


 その時、何処からか鐘の音が聞こえる。


ゴーン ゴーン


 ミラは何処かから、聴こえた鐘の音に気をとられ、窓の外に視線を送るが、ミラの髪を綺麗にとかすナッシュの母の手が止まり、後ろからミラを抱き締めてきたため、鐘の音について考えるのは止めた。


「あんたって子は……もし嫌なことがあったらいつでも戻ってくるんだよ」


 ミラは笑って、背中に温もりを感じながら答えた。


「まだ向こうへ行くとは決まってないですし、今日も食事会が終われば帰ってくるんですから、心配しないでください」


 そう言うと、扉がノックされる。


「迎えの馬車が来たよ?」


 ミラは長いスカートの丈が汚れないように軽く持ち上げながら家から出た。


 町の多くの人が駆けつけミラを送り出す。皆に囲まれながらミラは馬車へと向かった。


 しかし、ミラの足が止まる。


 馬車の護衛。騎乗し、鎧を着込んでいる兵士の姿を見てミラは震えだした。


「あ、あ……」


 両目をカッと見開き、俯く、ロングスカートの裾を摘まんでいた両手を離し、両耳を押さえた。


 町の住人がミラの異変に気がつく。馬車の馭者と護衛がそれぞれ顔を合わせ、何事かと話していた。


 異変にいち早く気付いたナッシュはミラに駆け寄る。


「どうしたミラ!!?」


 ミラの顔を覗き込もうとするが、


「ぃや……いやぁぁぁぁ!!!」


 ミラは絶叫すると、その場に倒れ込んだ。


「ミラ!?ミラ!?」


 ナッシュの声がぼんやりと聞こえ、町中の人がミラの元へと駆け寄る足音を最後にミラは気を失った。


◆ ◆ ◆ ◆


 燃える街、黒い煙が空を覆い尽くす。


 5歳のミラはドレスウェルの王都を俯きながら歩いていた。


 王都の至る所に死体が転がり、帝国の鎧を着込んだ兵士達が、無抵抗の住人を斬り刻んでいた。その中心を幼いミラが虚ろな表情で通り抜ける。


 帝国の兵士はミラを見逃さない。先程もミラを犯そうとした小児性愛者の兵士は不慮の事故、燃え崩れた建物の下敷きになり死んでしまったばかりだ。


 次にミラに目をつけた兵士は、ミラを斬りつけようとする。


ピコン

スキル『M繝励Λ繝ウ』が作動されます。


 この声はミラには聞こえていない。システムの管理者にしか聞こえない。


 ミラを斬りつけようとした兵士は、振り上げた剣をとめ、小刻みに震えだしたかと思えば自分の首にあてがい、それを一気に引いた。血が吹き出し、ミラの赤い髪にもその血が落ちてきた。


 ミラは帝国兵が自ら首を斬り自殺したことなど見てはいない。ただ虚ろな表情でドレスウェルの街を歩いていた。


 そして次に、遠くからミラの様子を観察する二人の帝国兵がいる。二人とも弓を握り締めていた。一人が弓を引き絞り、ミラに狙いを定め放つが、その矢は外れた。


 それ見たもう一人の兵士は小突く。


「下手くそ!俺のを見てろよ?」


 どうやら二人はミラを的にし、狩りに見立てているようだった。


「うるせぇ!どうせ俺は帝国十弓のタミーノさんみたいに才能なんかねぇよ」


 まぁ見てろと顎をしゃくる弓兵タミーノ。


 歩く速度とリズム、標的の呼吸等を加味して、偏差討ちを試みる。


「ここだ!!」

 

 帝国十弓。4年に一度帝国で催される弓の大会。その上位十人がそのように呼ばれていた。人間の子供を射るのは造作もないが、その経験は今後の弓人生において重要になるとタミーノは信じていた。


 勢い良く放たれた矢はミラのこめかみ目掛けて飛んでくる。


「ヒット~!!」

 

 矢の速度とミラの歩く速度が同調する。タミーノは放った矢が自分の狙い通りに当たると確信した。


 しかし、


ピコン

スキル『M繝励Λ繝ウ』が作動されます。


 矢が逸れる。


「は?」


 タミーノは信じられないでいた。矢が外れたのを隣にいる弓兵にツッコまれた。


「外してんじゃねぇか?」


「ありえない……」


「ありえないってなんだよ?って…!!!」


 矢を外し、ショックを受けていたタミーノは隣にいる弓兵が何かに怯えていたのにようやく気が付き、そちらに視線を送った。


 すると、隣にいる弓兵の顔を長剣が真っ二つにしている瞬間だった。


「ダパァッ!!!」


 と変な叫び声を上げて隣の弓兵が殺られる。そして弓兵を殺った者がタミーノに視線を合わせた。


「お前は、クルツ・マキャベリー?」


 マキャベリーは長剣を振りかざす。


「待て!今ここで俺を殺ればお前の立場はっ!!」


 タミーノは最後まで自分の主張を言い切る前に殺された。


 マキャベリーは呟く。


「こんなの間違ってる……」


◆ ◆ ◆ ◆


 8歳のミラは目を覚ました。ここはナッシュの家の一室にあたるベッドの上だ。ミラはヨロヨロと起き上がり、居間にいる筈のナッシュの母を求めて部屋から出た。居間からヒソヒソとした声がミラの鼓膜を掠める。


「あの子はここへは置いておけない……」

「やっぱりあの子はドレスウェルの民なのかもしれない」

「もしかしたら身分の高い子なんじゃ?あんなにも頭が良いんだから」

「今回のことは領主様も納得されたが、気付かれるのは時間の問題だろう……」


「なんだよ皆、ミラを追い出すってのか!?」


 町の大人数人とナッシュの母に対して、ナッシュは言った。


 町の人達はナッシュに視線を合わせる。どことなく悲しげで、大人達も本意でないことを窺わせた。


 ミラはふらつきながらドア枠に手を置くと、ナッシュがそれに気付く。


「ミラ!?起きたのか」


 大人達は更に罰の悪い顔になった。ナッシュはミラを支えながら心配すると、ミラはたどたどしく口を開く。


「記憶が戻りました…私はドレスウェルの生き残りのようです……」


「嘘だ!!」


 ナッシュは否定するが、ミラは続けた。


「私はこの町から出ていきます……これ以上皆さんに迷惑はかけられません」


「迷惑だなんて!」

 

 今度はナッシュの母が口を開いた。


「いえ、あれだけ仲の良かった皆さんがこうして私のせいで言い争ってる……十分迷惑をかけています」


「そんな……」


 ナッシュの母と大人達は静まった。


「明日、この町から出ていきます。それまでここに居させて頂けませんか?」


「……」


 大人達の沈黙を肯定ととったミラは自室へ戻ろうとするが、ナッシュが叫ぶように言った。


「ミラが出ていくって言うなら、僕も、僕もミラと一緒にこの町から出ていく!!」


 ナッシュの母を筆頭に大人達がざわつき始めた。


「何言ってるんだい!ナッシュ!!」


「何言ってるかわかんないのは皆の方だ!!」


 ナッシュは反論した。


「ミラはまだ8歳だぞ!?この町から出ていけば魔物の餌食になるか野盗に拐われるかするだけだ!!」


 ナッシュの母が口を開く。


「皆、困惑してるんだ……」


「一番困惑しているのはミラだろ!なぜミラをどう守るか話さない!?皆が守らないなら、ミラは僕が守る!!」


「ナッシュ…ありがとう……」


 ミラは目に涙を浮かべた。その涙を見た大人達は、提案する。


「とりあえず今日はゆっくり休んで明日また話し合おう。ナッシュもミラもそれでいいね?」


 ナッシュもミラもそれに同意した。


 ナッシュはミラを部屋に連れていく。


─────────────────────


 日が落ちると、一面真っ暗になるのは田舎町ではよくあることだ。しかしその町を遠目から監視する魔物の群れが蠢いているのは珍しいことだった。


 魔物の正体はゴブリンだ。大きな鼻に口から長い舌を垂らす。瞳孔は横長に潰れ、不気味さを強調していた。手にはそれぞれ棍棒やボロボロの槍、短剣などを携えて、町を囲う柵を越える。


 柵から程近い、家からゴブリンは侵入する。家の持ち主は就寝している為、それには気付かない。


 床の軋む音。ベッドの上で仰向けで寝ていた家主は、お腹に重みを感じるとここでようやく目を覚ました。視界には醜悪なゴブリンが馬乗りとなり、ボロボロの短剣を振り下ろす瞬間だった。


 家主は声を上げようとしたが、腹部を刺された衝撃で声帯を不気味に振るわせるに終わった。内側から食道を通って喉を通るのは声ではなく赤黒い血だけだった。


 真夜中、ミラは服と食料を詰め込んでいた。ナッシュが自分のことを守ると言ってくれたときは本当に嬉しかった。しかし、自分の都合でナッシュの将来を変えてしまうのはミラにとって苦痛だった。


 ミラは山菜を運ぶ時に使う籠を改良しリュックのように背負い、夜中家から出ようと外の様子を確認すると、異変に気がつく。


 町の外に向かって走る人影が見えた。


 その者は声にならない叫び声を上げ、町の人に緊急事態を告げている。


 その声に目を覚ます町の人々はランプに火を灯し、続々と外に出始め、何事かと訝しんだ。


 ミラもその内の1人だ。出ていくために荷造りをしていた荷物からランプを取り出し、火をつけ、必死になって走る人物を見た。


 物凄い形相で走る人の後ろで大量に蠢く何かが見える。


「追われている……?」


 ミラはその様子を見ていると、蠢く何かは近くにあった家を覆い尽くし、家の中の住人は悲鳴をあげる。ランプを持っていた住人はそのランプで襲ってくる何かを追い払おうとするが、槍に突き刺され、倒れる。持っていたランプの火が木造の家に燃え移り、周囲を明るく照らした。


 ミラは燃える家の灯りによって何が蠢いているのか理解した。


「ゴブリン!!?」


 騒ぎを聞き付けたナッシュがミラの後ろから眠たげに目をこすりながら起きて来て何事かをうかがう。


「大量の魔物がこの町を襲ってるの!!」


 ナッシュは直ぐに覚醒し、母親を起こしてから短剣を取りに行く。そして告げた。


「ミラ!逃げるぞ!!」


 ミラ達が逃げ出そうとした頃には、町の危険を知らせる鐘が激しく叩かれ、寝ている町の者を叩き起こした。


 ミラはナッシュに手を引かれ、町から逃げ出そうとするが、ミラの視界には先程激しく燃えていた家屋の映像が脳裏に過る。


 ドレスウェルの光景と重なり、ミラは頭を抱え、そこから動けなくなった。


「どうした!?ミラ!?」

 

 ナッシュは急に動かなくなったミラに寄り添い、早く逃げる旨を伝えてもミラはその場でうずくまり動こうとしなかった。


 ナッシュは母親に先に逃げるよう告げ、ミラを無理矢理背負い、この場から離れようとするも、前方からもゴブリンの群れが迫って来ていた。


「どうして……」


 ナッシュはその場に立ち尽くし、先に逃げるよう告げた母親や町の人々が襲われているのを目の当たりにした。


 いつの間にか町の鐘の音が止み、代わりに町の人々の悲鳴が響き渡る。


 ナッシュはミラに寄り添うと、聞こえているかどうかもわからないミラの耳にそっと告げた。


「僕はミラのことが好きだ。だからミラは僕が守る!!」


 その言葉にミラは我を取り戻し、ナッシュを見上げる。そこには優しく微笑むナッシュの笑顔があった。


 そして、ナッシュはミラの目を数秒見てから振り返り、雄叫びをあげながら、ゴブリンに向かっていく。


「待って!!」


 ミラは手を伸ばした。ナッシュは一体のゴブリンに斬りかかり、もう一体のゴブリンに向かって短剣を薙ぎ払うが、背中を槍で突かれる。痛みを堪えながらもナッシュは槍を突いたゴブリンに短剣を振り下ろした。しかし横から大量のゴブリンに体当たりされ、倒れると、後は一瞬だった。目の前でナッシュの姿がゴブリンで埋め尽くされるとミラは叫んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ミラの背後からもゴブリンが迫る。


「いや、いや……」


 ミラは町の人達の悲鳴を聞きながらドレスウェルの教会での出来事を思い出していた。


「熱い……熱い……あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 すると、ミラを中心に赤い魔法陣が形成され、業火の炎が噴き上がる。


ピコン

第二階級火属性魔法

『ファイアーエンブレム』を習得しました。


ピコン

レベルが上がりました。


ピコン

レベルが上がりました。


ピコン

レベルが上がりました。


 頭の中で声が聞こえるも、ミラは意識が朦朧としていた。まだレベル1の状態で第二階級魔法を唱え、MPとSPを大幅に減らしながらも、大量のゴブリンを倒したことによりレベルが上がり一気に回復したからだ。


 気の毒なのはゴブリン達の方だ。ミラの魔力の値が低かったせいで、燃えがいまいちだったゴブリン達は、ミラがレベルを上げるごとにその火力を増し、弱い者から順に死にゆく。徐々に焼かれ、強い個体ほど長く苦しむ結果となったからだ。


 ミラの唱えたファイアーエンブレムを囲うようにゴブリンの大群は様子を窺っている。


 轟々と燃え上がる炎の壁を見上げるゴブリン達。


 ミラはファイアーエンブレムを一旦解いた。ゴブリン達は恐る恐るミラに近付く。


 ──もう、私に優しく語りかけるナッシュはいない。私に優しく語りかける皆はいない。


『僕はミラのことが好きだ。だからミラは僕が守る!!』

 

 ミラの奥底でナッシュの告白が反響する。


「ぁ……あ……」


 にじり寄るゴブリンの足音がミラの鼓膜を刺激した。ミラはゴブリンを一瞥すると、憎悪を滲ませる。


 そして、片手に炎が具現化した槍が形成された。


ピコン

第三階級火属性魔法

『フレイムランス』を習得しました。


 この魔法もミラは意図的に唱えたわけでなく、ゴブリンを屠るにはどうすれば良いかを無意識に思考した結果、炎が槍の形に変貌しただけだった。


 ミラは炎の槍を投げる。槍は大地を穿ちながら標的のゴブリンを貫き、その更に奥のゴブリン達を一直線に貫き続け、木造家屋に突き刺さり、全焼させる。


ピコン

レベルが上がりました


 流石の威力に臆するゴブリン達だが、丸腰となったミラに向かって襲い掛かる。だが、ミラは直ぐに新しい槍を形成させ、一振りし、迫り来る大量のゴブリンをその一撃で焼き払った。


ピコン

レベルが上がりました。


─────────────────────


 フカフカのベッドの上、眠りについていた町の領主は、カンカンカンと危険を知らせる鐘を叩く音が遠方から聞こえ目を覚ます。寝巻きの上から上着を羽織り、何事かと護衛に訊いた。


「外の様子が……」


 外へ出ると、遠方の山奥、今朝町一番の才女が現れたと噂された町が燃えているのが確認できた。


 ミラが暮らしていた町の領主はすぐ、消火隊を形成し、ただの山火事でない場合を考慮に入れて魔物の討伐隊も編成した。


 馬に乗り、現場まで直行した領主は信じられない光景を目の当たりにする。


 町とその奥に広がる森は炎に飲まれ、手前には町の住人達の食い散らかされた死体があった。


「くそ!魔物に襲われたか!?私達の助けを求めに町の外を出ようとしたところを襲われている……」


 生存者がいないか確認する領主だがその見込みは薄かった。


 領主は直ぐに切り替え、指揮をとる。


「まだ近くに魔物の生き残りがいるやもしれぬ!討伐隊を先行させ、安全を確認でき次第、消火と人命を救助せよ!!」


 領主は討伐隊と共に燃えゆく町の変わり果てた様子を馬上から見た。


 町の中には大量のゴブリンの丸焦げとなった死骸が転がっている。


 ゴブリンの死骸には三つの死に方が確認できる。どれも丸焦げなのだが1つは身体のどこかに穴が空いている状態の死骸。2つ、身体が真っ二つに分かれている死骸。3つ、ただ焼け焦げている死骸。


 領主は燃え続ける町を騎乗しながら歩き、状況を整理した。


「魔物の群れに襲われたのか……だが、生きた魔物が1体もいないのはどうしてだ……」


 領主は考え込むと、ゴブリンの焼死体の山が築かれている広場に出た。死骸の山は中心を囲うように円を形成している。


 領主は円の中心を馬上から覗き込むと、そこには両膝をつき、俯いている少女がいた。


「生存者か!?」


 領主はゴブリンの山を崩し、少女の元へ駆け寄った。


 虚ろな表情をしている。口からは息をしているのが確認できた。


 領主は少女を抱きかかえ、保護し、消火に当たった。

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