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喜んだらレベルとステータス引き継いで最初から~あなたの異世界召喚物語~  作者: 中島健一
英雄戦争編Ⅰ

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324/395

その322

 教会を焼く炎。


 轟々と燃える炎。


 神ディータを形造った銅像は炎に包まれ、教会を彩っていたステンドグラスの割れる音が燃え盛る炎の音に加わる。祈るため、司祭の言葉を聞くために作られた椅子は炎の勢いをただ強くさせるための木材と成り下がり、祈りの言葉を吐けば肺に煙を送り込み、体内を焼き尽くす。


 5歳のミラは避難してきた人々や孤児院の仲間達と一緒に、火が最も当たっていない、といってもそこもかなり熱いのだが、教会内の中心に集団で固まっていた。熱を感じながらも眼をぎゅっととじる。逃げ遅れ、連れ出した友達クロエの手を繋ぎながら。


 すると、天井が崩れる音が聞こえた。そしてもともと聴こえていた悲鳴がさらに大きくなる。


 ドォォォンっと腹の底から響く音が至近距離で聞こえたかと思うと、泣き叫ぶ声、痛みに喘ぐ声が途端に聞こえなくなった。炎の音はまだまだ聴こえる。ミラはとじていた目を開けた。落ちてきた天井がミラの周りに積み重なる。ミラは奇跡的に瓦礫の隙間に挟まるかたちで生きていたのだ。しかし、孤児院の子供達と避難をしてきた大人達は天井の下敷きとなり生き絶えるか、身体をくねらせたままの形で黒焦げとなりその場に佇むかしていた。


 ミラはぐったりとした、それでもクロエだとわかる何かを引きずりながら瓦礫の隙間を這って進む。


 今思えば、どうやって引きずってこれたのかよく思い出せない。子供のか弱い力で瓦礫を避けながら死体を引きずることなど出来はしないのに。覚えているのはこの瓦礫から出ればクロエは甦ると幼い頃のミラは信じこんでいたことだ。


 瓦礫の隙間から光が見える。


 その光に向かってミラは懸命に進んだ。


 そして瓦礫を越えるとそこに広がっていたのは火に包まれたドレスウェルの王都ではなく、どこかの田舎町の風景だった。


 ミラは思った。


「これは夢か……」


 時々、夢と分かる夢を見ることがある。


「それにしても嫌な夢だな……」


 自分の記憶の中にある風景。


 この田舎町も知っている。ドレスウェルの虐殺を奇跡的に生き残ったミラを拾ってくれた町だ。 


 木で建てられた家、荷を運ぶ牛や馬、金色に広がる麦畑、牧歌的な風景に紫色の空が広がる。


「ミラは僕が守るから!」


 頼りない身長だが、それでも真っ直ぐな想いとひたむきな眼差し。幼い者同士がした大それた約束。少年の笑顔。


「やめろ……この先を見せるな!!」


 ミラは耳を抑え、目を瞑る。


「早く覚めてくれ!!」


 反響するようにミラの叫び声が轟く。


「ミラは僕が守るから!」


 もう一度同じセリフが聞こえた。両耳をしっかりと塞いでいる筈なのにハッキリと聴こえる。


「ミラは僕が……」


 ミラは目を開いた。いや、もともと閉じてなんかいなかったのかもしれない。目に写ったのは腹を裂かれ、そこから臓物が飛びでた少年の姿だ。その少年は虚ろな眼差しをミラに送り、口ずさむ。


「ミラは僕が守るから……」


 そしてどこからともなく大量のゴブリンが現れ、少年の臓器を食らい始めた。


「や、やめ……」


 ミラはゴブリン達を追い払おうとしたが、そこで場面が切り替わる。


 今度は帝国ヴィクトールユーゲントの同期達が、同じ帝国の戦士達に斬り殺されている場面が見えた。そしてその同期の一人、アンタレスがミラに剣を突きつけたかと思うと、その剣を自分の首にあてがい始める。何故そんなことを自分でしているのかもわからない表情でミラを見据えながら自害した。


「やめろ!やめろ!!」


 その場にうずくまるミラに構わず、場面は更に切り変わる。


 戦争でミラを慕う仲間達が敵国の刃にかかる光景がうずくまるミラの回りに写し出される。


「やめてくれ!!!!」


 ミラは叫ぶと辺りが静まる。戦場から一変闇の中だ。うずくまるのに必要な大地もなくなる。


 浮遊感を感じる。今度は水中にいるようだ。そう認識すると深く暗い水中は激しく流れる。身体は、水流にあおられ上手く動かせない。これは夢の筈なのに息もできない。もがき苦しむミラ。この苦しい水中から逃れようとミラは薄目をあけた。


 僅かに差し込む光と差しのべられた手がそこにあった。その手に向かって懸命に脚をばたつかせるミラ。


「誰か助け……」


 ミラは目を覚ます。


 横たわっていた身体を無理矢理起こし、辺りを見回した。視界に映る情報をすぐに処理する。


 見慣れない黒髪の少年が薄暗いダンジョンの中で火に当たり、何かを焼いていた。 


 いや、見慣れなくはない。気を失う前、刃を交えた敵だ。


 ミラは直ぐ様、アイテムボックスから長剣を取り出し、鋭い刃を少年に向け、戦闘態勢に入ろうとしたが、


 身体に上手く力が入らない。自分のものだとは到底思えない脚を無理矢理動かし、立とうとしたその時、少年は言った。


「無理しないで、君のSP値は底をついたんだ」


「……」


 取り出した長剣を杖のようにして身体を支えるミラ。


「さぁ、もうすぐででき上がるからそこに座って?」


 どうぞ、と言いたげに手を差し出して座るように少年は促す。ミラは剣を一歩前へ突き立て、少年に近付き、間合いへ入ろうとするが、やはり上手く動けない。


 そして、疑問が過る。


「何故、殺さない……」

 

 質問なのか、独り言なのかわからない口調だった。少年はこれを質問と受け取ったようだ。


「ここが何処だがわからない。少しでも情報がほしいんだ」


「貴様に話すことなどなにもない」


「君も無理矢理ここへ連れて来られたんだろ?一人でこのダンジョンにいるより二人で行動した方が生存率は上がる」


「敵に生かされたなんて生き恥を晒すぐらいなら死んだほうがマシだ!」


 徐々に感覚が戻ってきたのか、ミラは長剣を大地から離し、切っ先を少年に向ける。


 少年は無抵抗を現すため、両手を広げながら述べた。


「君もここの魔物と戦っただろ?ここの魔物は一筋縄じゃいかない!僕も何度か死にかけたんだ!」


「黙れ!帝国に仇なす者は皆、殺す!!」


 ミラはそういって無抵抗の少年に長剣を振りかざす。


 その時、空腹でミラのお腹が大きく音を立てて鳴った。


 少年は其れを聞いてか、張りつめた表情となり、辺りを見回す。


「また魔物か!!?」


 少年はアイテムボックスから長剣を取り出し、警戒している様子だ。しかし、魔物は一向に現れない。


 ふるふると身体を震わすミラ。そしてまた、お腹が鳴る。


「あ……」


 流石の少年もその音の正体がわかったようだ。長剣をアイテムボックスへとしまい、ミラに向き直る。そして、何故だか申し訳なさそうに少年は火にかざしていた骨付き肉をミラへと差し出した。


 ミラは顔を紅潮させ、振りかざした長剣を少年に向かって投げた。少年の頬を掠め、長剣は硬いアルテナ鉱石で出来た壁に突き刺さる。


「ひっ……」


 少年は恐怖を感じとる。長剣を投げたミラは下を向き、表情を隠した。


 少年は考える。もし憎い敵を前に自分の考えを勇ましく述べた後、お腹が鳴ったのをその敵に聞かれたとしたら……少年の出した答えは、


 死だ。


─────────────────────


 ミラはうつむいた状態からパッとハルを見据える。顔を赤く染め、鋭い目付きでハルからこんがりと焼けた香ばしい肉を奪うようにしてとった。


 ハルは自分の予測が外れたことに安堵し、自分の分の肉を手に取り、食らいつく。


 肉を片手にミラは言った。


「勘違いするな、これを食べ終え、SPが回復すれば貴様を殺す」


 そう言って、肉を口にする。


「…おいしぃ……」


 ミラは驚いた表情で二口目を口にする。


「これおいしいよね?」 


 ハルは同意が得られるかと思い、何気なく訊いた。


「気安く話し掛けるな」


 ミラはそう言うと、頭の中でアナウンスが聞こえる。


ピコン

新しいスキル『水氷耐性(中)』を習得しました。


「き、貴様これは何の肉だ?」


「何て言ったっけ?ここで倒した、確か……エビルフロストドラゴンだっけ?」


 ミラは咀嚼を一時止め、頬をひきつらせた。暫くして口の中にある肉と過った嫌な感覚を飲み込んだ。


「僕はダンジョンを探索していたら、急に壁が押し寄せてきて飲み込まれたんだ。それで気付いたらこのダンジョンにいた」


「話し掛けるなと言っただろ?」


 ミラは肉を頬張りながら睨みをきかせる。


「これは僕の独り言さ、それにしてもここの魔物は……」


 ハルの独り言を聞き流しながらミラは考えた。


 ──奴もダンジョンに飲み込まれたのか……


「そうそう、飲み込まれる前に誰かの声が聞こえてさ……」


 ハルは独り言を続けていると、ミラが反応する。


「どんな声だ!?」


 ミラは身体を前のめりにして訊いた。


「どんな声って……今でも耳をすませば聞こえてるような聞こえてないような……君も聞いたの?その声を?」


 ミラは顎に手をあてて呟く。


「あぁ、私の場合は、ダンジョンに入る度に聞こえてくる……誰かが私を呼んでいるような……って!話し掛けるなと言っただろ!!」


「いや、そっちが先に聞いてきたんじゃ……」


 その時、魔物の鳴き声が聞こえた。今までドラゴンやら牛やらライオンに似た鳴き声を聞いたが、この声は普段鳴き声で感情を現したりしない、弦楽器を掻き鳴らした時に聞こえる音のようだった。念のためハルはミラのお腹を一瞥する。


「わ、私じゃないぞ!!?」


「念のため確認しただけ」


「ぅ……」


 ミラは少しだけむくれた表情をハルに向けて、声のするほうを見やる。


 硬質なダンジョンの壁にコツコツと尖端の尖った、これまた硬い材質のもので叩いているような音も聞こえてきた。


 やがてダンジョンの壁に張り付きながら、巨大な蜘蛛が八本の鋭い脚を硬い壁に突き刺しながらこちらに向かってくるのが見えた。


「うげぇ……」


 元々得意ではない蜘蛛が、こうも巨大化し、近付いてくる姿はグロテスクにうつる。


 ハルはその魔物の個体名を見た。クイーン・ネルスキュリア。ネルスキュリアの最上位種とでている。


「だからそのネルスキュリアを知らねぇっての!!」


 そう毒づくと、ハルはアイテムボックスからミラのレイピアを取り出し、優しくほおり投げて渡す。巨大蜘蛛に見とれていたミラは投擲した筈の自分の武器がこちらに投げられ、手中におさめるのにまごついた。


「どうして、これを?」


「大事な武器なんでしょ?必要になると思って、取ってきたんだ。あれは凄い威力だったね?今度僕にも教えてよ?」


 教えるわけがないとミラの頭にその言葉が過ったが、それよりも、


「くっ……」


 身体がまだ上手く動かせない。あくせくしているミラにハルは告げる。


「いや、まだ君は戦わなくていいよ。僕がこいつに殺られたら次は君の番だ。まぁ殺られたとしてもHPの半分以上は削って見せるから!」


 ハルはそう言ってミラに背を向け、クイーン・ネルスキュリアと対峙する。


 ハルの背に手を伸ばすミラ。


「ぁ、おい……」


 そんなミラを尻目に、巨大蜘蛛は壁から地面へと移動し、ハルと向き合う。八本の細長い脚で青と紫の2色が毒々しく彩る胴体を器用に支えている。眼だと思われる真っ黒な球体が前方に2つついており、その2つの球体の下に小さな、これもまた眼だと思われる黒い小さな球体が横一列に幾つも並んでいた。黒くて鋭い牙を研ぐように、前方にある八本の内の二つの脚を口元に運び、先程聞こえてきた鳴き声を漏らす。


「うわぁ……きっしょ……」


 ハルはアイテムボックスからデュラハンの長剣を取り出し、構えた。


 クイーン・ネルスキュリアのうねる前肢が口元から離れると、ハルに向かって直進してきた。


 ハルは長剣を盾にするが、鋭い前足は長剣に綺麗な穴をあけて貫通する。

 

「うそ?」


 長剣を貫通し、ハルの肩目掛けて前肢が突き刺しにくる。


「避けろ!」


 後からミラが叫んだ。


 ハルは串刺し状態の穴の空いた長剣に力を入れ、蜘蛛の前肢の軌道をずらし、尚且つ自分も前肢の餌食にならぬよう身体をそらした。


 ハルの着ている服を掠め、魔物の前肢は地面に突き刺さり、引き戻される。


 安堵するのも束の間、この足があと七本もあることにハルは冷や汗をかく。


「次がくるぞ!!」


「わかってるって!!」


 ミラの叱責に苛立つハルは、アイテムボックスからゴブリンジェネラルの大剣を取り出し、前肢の攻撃がくる前に斬りかかった。


 3本の脚で攻撃が止められた。


「くっ!」


 残る5本の脚がハルに襲い掛かる。ハルは大剣を引き戻し、槍のように鋭い脚の攻撃を躱しながら、大剣で脚の尖端に斬りかかる。


 しかし、武器はまたも破壊された。破壊した勢いそのままに1本の脚はハルの右目を突こうとしてくる。ハルは頬を掠めながらなんとかそれを躱した。


「刺突に対して斬撃で応戦してどうする!?バカなのか!?」


 ハルのこめかみに青筋が立つが、我慢しながらクイーン・ネルスキュリアの攻撃を躱し続けた。


 ハルの戦闘に違和感を覚えるミラ。


 ──何故、覇王の剣をださない?まさか……


「貴様、まさか私に気を使っているつもりか?やはりお前はバカだ!」


 ハルの我慢が限界に達する。


「わかったよ!出せば良いんだろ!?人をバカ呼ばわりしやがって!寝てる時の方が可愛げがあったのに!!」


 ハルは覇王の剣を取り出した。クイーン・ネルスキュリアの脚と同じくらい硬質で鋭利な刃が煌めく。


「か、可愛げ……き、貴様!無礼だぞ!!この私にむかって!!」


 ハルは覇王の剣でネルスキュリアの脚を切り落とそうとしたが、硬い外骨格により弾かれた。


「人にバカって言う奴の方がよっぽど無礼だろ!?」


 覇王の剣を出したは良いものの、巨大蜘蛛の八本脚での攻撃により、それを存分に振るう空間がない。


「フン!入り乱れた空間ではその剣も十分な威力が出ぬな?」


「わかってるって!!」


 ハルは巨大蜘蛛の鋭い脚を覇王の剣で受け止めた。剣越しに物凄い衝撃を受けるが、武器が壊れることはなかった。


「剣を振るえぬのなら、突いてみろ!」


「ぅっ…今やろうとしてたところだよ!!」


 クイーン・ネルスキュリアによる怒涛の攻撃を掻い潜り、ハルは覇王の剣を突き立て、突進する。


 切っ先は魔物の、眉は見当たらないが、眉間に触れる。


 しかし、覇王の剣をもってしても魔物の硬い甲皮に阻まれる。


「なんだその突きは!?刺突系のスキルを一つも習得していないのか!?」


 ハルは苛立ちを押さえながら、このダンジョンに来てから習得したスキルを使用した。


 右手に覇王の剣を右頬の側で持ち、左手は刀身に触れるようにして構える。


「画竜……」


 覇王の剣を白い光が包み込む。


「な……」


 ミラはそのスキルを見て驚いた。


 ハルは踏み出し、クイーン・ネルスキュリアに突進する。そして長物を握りしめている右手を前へ押し出した。


「…点睛!!」


 またもクイーン・ネルスキュリアの眉間に切っ先が触れる。


 今度はその硬い甲皮に突き刺さる。


「よし!」


 ハルは力を入れて剣を引き抜いた。巨大蜘蛛はキシャァァァっと甲高い音を発して、仰け反る。


「……よしじゃない!」


「へ?」


 仰け反った状態の魔物は人間でいうブリッジをするようにして、ハルにお尻を向ける。そこから粘着性の糸を放出し、ハルの足元を動けなくさせた。


「うわ!」


 覇王の剣で糸を斬り取ろうとするが、糸は伸縮し、粘着する。上手く切れない。


 その間にクイーン・ネルスキュリアは仰け反った状態をゆっくりと戻す。


「助けてほしいか?」


 ミラが提案する。


「はい……」


「ならば私を助けた借りはこれで帳消しにしろ」


「わかったよ!」


 ハルは叫び、クイーン・ネルスキュリアを見やると、眉間から毒々しい血を流していた。


「食料を恵んだことも帳消しにするか?」


「するって!だから早く!!」


「私の……お腹の……音も聞かなかったことにしろ」 


「それは……き、聞かなかったことにするから!!」


 魔物は鋭い前肢を振りかざす。


「フン、仕方がない。剣は振るえるだろう?ならば構えろ!そして大地を足の裏で感じろ!」


「っ!?、戦ってくれるんじゃないの?」


 ミラが何を言っているのか理解ができない。


「生憎まだ動けん。さっさと言うとおりにしろ!刺突の構えから、大地を踏みしめ、その反発を感じるんだ!」


 ハルは言う通りに構え、足元に集中した。


「その反発はふくらはぎから太股、体幹を通り抜け増幅し、広背筋そして前腕筋に伝え一気に放て!」


 ハルはミラの言う通り身体を動かし、先程と同じスキルを放った。


「画竜点睛!!」


 蜘蛛の振り下ろされる前肢を白く輝く覇王の剣が砕く。その勢いはとどまることを知らず、クイーン・ネルスキュリアの眉間まで到達すると、先程ハルが傷付けた傷を押し広げ、体内の臓物を破壊しながら通り抜けた。その威力は体外へと出るが、そのままダンジョン内を直進し、アルテナ鉱石でできた壁を穿つ。壁を5メートルほど掘り進み、ようやくその勢いは止まった。


 綺麗な風穴が空いたクイーン・ネルスキュリアはしばらく7本の脚でバランスをとっていたが内側から爆発するように四散する。辺りに血と体液が混ざったものが散乱した。


 ミラは腕を組ながら鼻を鳴らす。


「これが理想的な刺突の打ち方だ」


 ミラの言葉を聞きながら、ハルはこの威力に驚いた。


ピコン

新しいスキル、剣技『刺突』を習得しました。


 ハルは時間をかけながら足元についた糸を斬る。自由に動かせる足を再び手に入れ安堵するハルだが、


「ほら、忘れない内に反復しろ」


 ミラが先程と同様、腕を組んだままハルに言った。


「え?もうスキル覚えたからいいよ?」


「バカ者が、スキルを覚えたからと言ってその技を完璧に覚えたと思うな。そこから鍛練を積めば上位互換のスキルを習得できるようになる。それにお前は言っていたな?私に教えてほしいと」 


「あれは……」


 コミュニケーションの一環で、と言おうとしたがその言葉を飲み込んだ。ハルは仕方なく先程と同様の力の入れ方を思い出すように構え、覇王の剣を前へ突いては戻す訓練をした。


 ミラはハルを観察する。


 よく見るとハルの身体には無数の傷痕があった。掌には包帯が巻かれている。この掌の傷はミラが気を失う前にハルに斬りつけたせいで出来たものだ。


 ──このハル・ミナミノは第五階級聖属性魔法を使うことが出来ると聞いていた。それにさきの戦闘で魔法を使わなかったのはMPの温存か、魔法を唱えられなかったのかもしれない……


 ミラはそう思うと、刺突を繰り返す覇王の剣を見た。そして口を重々しく開く。


「何故、シドー・ワーグナーを殺した?」


 ハルは刺突の訓練をしていたが、ミラの質問に手を止める。そして覇王の剣を見ながら言った。


「…今、思えば何故殺したのかよくわからないんだ。ただ、あの時シドーさんは殺されることを望んでいた気がした。まるで自分が死ぬことで多くの人が幸せになるかのように……でもこんなこと手にかけた張本人が言うのってとっても自分勝手だよね……やっぱり多くの人は、君を含めて僕が憎いだろ?」


 ハルの悲しそうな表情を見てミラは言葉を返す。


「そうだな……だが、さきの戦争は我々から仕掛けたものだ。お前が敵国に対して気に病むことはない。寧ろシドーを討ち取ったことを誇れ、それが戦死した将に対しての礼儀だ……それよりも…その……いきなり斬りつけてすまなかったな……」


 目を地面に向けながら言うミラ。


「ぇ、ぅん……」


 ハルは戸惑いながらもミラからの謝罪を受け入れた。ぎこちない空気が2人の間に漂う。


「……おい!誰が手を止めて良いと言った!?」


 ハルは再び刺突の訓練に興じる。覇王の剣がひと突きされると鋭い音を立てた。2人の沈黙を埋めるにはちょうど良い音だった。

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