その304
~ハルが異世界召喚されてから16日目~
<フルートベール王国中央軍>
「右翼が持ちません!」
伝令係がイズナに進言する。フルートベール王国中央軍の右翼から攻撃を展開したイズナは、戦況を眺めながら帝国との戦力差に慄いた。中央軍の左翼にいた王国兵も中央に寄りながら進軍している。全体的に王国中央軍は斜め右に進軍をしているように見えるだろう。
「…突撃をかけた我々が押し込まれるとは……それに……」
帝国中央軍の右翼に全く動きがない。これは王国の左軍に剣聖オデッサがいるという情報を帝国は知っていることを表している。いずれ知ることにはなるだろうが、それならそれでわざと王国中央軍の左翼を攻め込ませる隙を作っている作戦が無に帰する。帝国の右翼が進軍すれば王国左軍にいるオデッサがそこから帝国中央軍に向かって進軍する算段だった。
「…まさかこれ程に差があるとは……」
イズナがそう呟くと、伝令係が急報を知らせる。
「王国中央軍右翼の将フブキ様が討死にしました!」
「なんだと!?王国戦士団でレオナルドと同等の強さを持つ者だぞ!?」
「はっ……フブキ様が討死し、今にも右翼が崩壊の憂き目に……」
伝令係が申し訳なさそうに言った。
イズナは右翼へと再び視線を戻す。
指揮系統を失ったフルートベール王国の兵が次々と倒れ、兵士達の士気は下がり、逃げ惑う背中を帝国兵が冷酷に刈り取っていた。対する帝国の右翼は剣聖オデッサが来るのを待ち構えている。
イズナは意を決し、伝令係に告げる。
「ギラバ殿に我々中央軍はこれより決死隊となり、退却する本陣のしんがりを努めると伝えてくれ」
「しかし!」
反論しそうな伝令係にイズナは鋭い目付きで黙らせた。そして馬を走らせ指揮系統を失った右翼を辛うじて立て直す作戦に移る。
大地に馬の蹄がめり込み、抉りとる。騎乗しているイズナは馬の呼吸に合わせて手綱を握った。王国兵達が蹂躙されているところを目撃したイズナは歯を食い縛る。
──結局、剣聖様の言っている通りだった。自分の強さに慢心していたのかもしれない……認めたくなかったのだ、自分よりも強い存在がたくさんいることを……
後悔を全てぶつけるようにイズナは槍を振るっている帝国兵に突撃した。
馬上から抜刀し、斬撃を飛ばす。
「斬空四連撃!」
イズナを中心に放たれた四つの斬撃が周囲の帝国兵を襲う。
「「ぐはぁ!!」」
「「だばぁ!!」」
イズナは旗を掲げフルートベール王国兵に檄を飛ばす。
「立て直せ!今まさに帝国中央軍に剣聖オデッサ様が向かっている!!」
その声に崩壊していた中央軍の右翼は再び立ち上がる。
「イズナ様がここに?」
「剣聖様が……」
「「「うおおおおおおお!!!!!」」」
王国兵は崩れた陣形を整え、懸命に戦った。瀕死の王国兵も立ち上がり、刺し違える覚悟で突撃する。危うくなればイズナが救出に向かった。
「くっコイツら急に!?」
「めんどくせぇ!」
帝国兵達は思いも寄らない反撃に混乱をきたす。
王国中央軍右翼の動きを見てとった帝国軍総大将のシドーは右軍と左軍の戦況を確認してから静かに動き出す。
「行くぞ?」
一堂はイズナが掲げたフルートベール王国の紋章が刻まれている旗を目指した。
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「斬空五連撃!!…ハァハァ……」
肩で息をし始めるイズナ。倒しても倒しても押し寄せてくる帝国兵に体力が持ちそうにない。
王国兵を見ても先程の士気は保てていないようだ。戦況を確かめる。王国中央軍の左翼はがら空きだ。
──そこを攻め込まれればあっという間にギラバ殿のいる本陣を制圧できる筈なのに……なぜそれをしない?やはり剣聖様を恐れているのか?それとも……
思案しているイズナは乱戦である持ち場が急に静かになったことに気がつく。
「……」
イズナは握っている長剣をダラリとたらし、腕の力を抜いた。イズナと死闘を繰り広げていた帝国兵達はその場から動こうとしない。それは他の帝国兵達も同じだった。一様に列をなし、盾を構えている。
「一体何が……」
イズナはそう呟くと自分の正面で盾を構えている帝国兵の数人が道を作るかのように両脇へと移動する。
帝国兵達でできた道の奥から、開戦時に相対したシドーが騎乗しながら向かってくる。
イズナは思った。
──これは好機だ!何故だかわからないが敵の総大将は左翼を攻撃せず、わざわざ右翼の乱戦に足を踏み入れた……ここで私がこの総大将を討てば……
イズナの思考を遮るようにシドーは告げる。
「私と一騎討ちをしろ」
イズナにとっては願ってもない機会だった。
「…良いだろう……」
返事をした瞬間、シドーは馬から降り、イズナの元へ向かった。そして、イズナは重圧を感じる。シドーが聳え立つ山のように見えたのだ。
──なっ!?
先程まで好機であると考えていた自分が突然、とるに足らない矮小なる存在だと認識してしまった。直後、イズナは全身に冷や汗をかき、足が震え始めた。
──いっ、息が出来ない……
イズナはその場でひれ伏すようにして、膝をついた。
その光景をみたフルートベール王国兵は何が起きたのか理解が出来ない。自分達の総大将が一騎討ちの了承をした途端、敗けを認めたように見えたのだ。
「え……」
「なにを……」
「イズナ…様……?」
しかし、イズナは懸命に立ち上がり剣を構えた。
その様子を見たシドーは声を漏らす。
「ほぉ……」
そして、一定の距離まで近づくとイズナと同じく剣を構えた。
イズナは剣を構えたシドーと相対すると、周囲の部下達が忽然と姿を消し、自分とシドー以外誰もいない空間に飛ばされたと錯覚する。
──闇属性魔法か……?いや違う……ただ威圧されているだけ……こんなにも差が……
徐々にその空間に取り込まれる感覚に陥るとイズナは雄叫びをあげる。
「おおおおおおおおおお!!!」
そして、恐怖を振り払い前進した。
「剣技!斬空六連撃!!」
イズナの振るった剣から赤い光が放たれ、六つの斬撃がシドーに向かった。
「六連撃か……」
シドーはそう呟くと、構えていた剣を中段に構え、横一閃に振り払った。すると、神々しい輝きを帯びた斬撃が一つ顕現し、イズナの放った六つの斬撃と衝突すると轟音と突風を撒き散らしながら、六つの斬撃を消失させた。
「たった一撃で……?」
イズナは自分の誇る最強の技がいとも簡単に打ち消されてしまったことに絶望していた。その絶望も束の間、シドーから放たれた一筋の斬撃は勢いそのままにイズナの元へと向かってくる。
イズナは自分の死を予感した。
死ぬほど鍛練を積んできたつもりだった剣技。努力をしては一喜一憂した過去がイズナの脳裏によぎる。そんな努力をこの美しさすら孕んだ斬撃により一刀両断されるならば本望。
イズナは悔しさよりは寧ろ清々しい思いでこの世の最後を遂げた……かと思えば、シドーの斬撃と負けず劣らず神々しい光を帯びた剣が大地から現れ、斬撃と衝突すると、甲高い音と共に消失した。そして、イズナはその場にへたり込んだ。
──何が起きた?
シドーが口を開く。
「一騎討ちの場だぞ?一国の将軍に恥をかかせるな」
シドーはイズナ以外の誰かに話をしているようだ。そして、イズナの後ろから若い少年の声が聞こえる。
「恥をかいてから人生は始まるんですよ」
イズナは振り返ると、今朝、作戦会議を共にした少年ハル・ミナミノが立っていた。




