その258
「剣聖様……ロイド様……」
オデッサが周囲の兵士達の士気を上げ、それに準じてイズナも闘志をたぎられせるが、目の前の紅い炎を身体に纏った少年はその見た目に反して冷静に告げる。
「あの剣聖は確かに強い。だけどルカ様には敵わない。そんでもってお前達も俺様には勝てねえよ!!」
先程の戦闘で、もしアマデウスが第二階級水属性魔法を唱えていなければイズナは殺られていただろう。
初めて見る魔法であり、躱すのが難しいとは言え、悔しさを滲ませるイズナだが自分を諌め、遠目から斬撃を飛ばす。
「斬空四連撃!」
四つの斬撃が虚空を滑るようにオーウェンを襲う。
オーウェンは握っていた魔剣から右手を離し、四つの斬撃に向ける。纏っていた紅い炎はオーウェンの身体を這いずるように移動し、右手へと集まった。そこから迸る火炎を吐き出す。斬撃を焼失せんとするが、アマデウスがまたも第二階級水属性魔法を唱え、これに衝突させた。
「ちっ!」
火炎は鎮火し、水蒸気となって彼等の視界を奪う。斬撃はそのままオーウェンに向かって一直線のままだ。
オーウェンはその場から離れようとリングのある方面へ飛んだが、気配を察知する。イズナの長剣による攻撃を一瞬で視認したオーウェンはフレイムブリンガーで受け止めた。
「くっ!」
押しも引きもできないこの状況、先程四つの斬撃を放ったイズナが接近し攻撃を仕掛け、オーウェンの退路を絶ったのだ。
水蒸気による煙幕での戦闘。
「おっさんも見えてねぇはずだろ!?」
オーウェンは抱いた疑問を口にする。
「なんだ?土煙が舞うなかでの戦闘をしたことないのか?」
イズナは握っている長剣に力が入る。
オーウェンはもう一度紅い炎を身に纏おうとしたが、煙幕の外からアマデウスが狙っていることを懸念する。
──今ここでフレイムプロテクトを唱えれば、外からも狙われる?それに、MPも危険値だ。MPポーションも飲みたい所だが、その余裕もない……だったら!
オーウェンはイズナとの剣戟を開始した。
煙の中から剣と剣のぶつかり合う音が聞こえる。アマデウスは戦況を整理するため、辺りを見回す。
剣聖と白髪の少女が信じられない速度で打ち合いをしている。
次にもう一人のダーマ王国の選手である浅黒い肌の少年とヴァレリー法国の最高戦力が戦闘を繰り広げているところを見やった。
アマデウスはあることを思い付く。
──只単に魔法を正面から、放ったとしてもこやつらは躱すか受け止めるかをしてしまう……なら意識外からの攻撃をせにゃならん……
その時、丁度シルヴィアと目があった。アマデウスはシルヴィアと、とりわけ魔法兵団副団長エミリアの協力を要することを知らせる為にファイアーボールをシルヴィアの足元に向かって唱えた。
シルヴィアはアマデウスのメッセージを受け取った証明として頷く。
──伝わったかどうかわからんが頼んだぞ小娘。
剣戟による衝撃で水蒸気がはれ、中で戦っている者達の姿がはっきりとし始めた。
「っしゃあ!見えるぞ!!」
オーウェンは煙幕の中では防戦一方だった為、ここでようやく反撃か、と思ったが、2人を円形に囲う水の壁が出現した。
「けっ!またスプラッシュかぁ!?」
イズナの攻撃を弾きながら言う。
オーウェンは水の壁の向こう側にいる老人の影を見た。そして敢えて、フレイムプロテクトを唱えた。オーウェンの身体に紅い炎がまとわりつく。
イズナは距離をとった。
アマデウスは円形に囲っている水の壁の外側からそれを視認すると、オーウェン目掛けてスプラッシュを唱えた。
水の壁から突き出るように水の柱が放出される。
「そこからくるってことは知ってんだよじぃさん!!」
オーウェンは激流を掻い潜りながら老人の影目掛けて走り抜け、水の壁ごと魔剣で貫いた。
オーウェンの身体に纏わりついていた火炎が魔剣の周りに集中する。吹き上がる水に魔剣フレイムブリンガーの切っ先はその一点においてのみ音を立てて蒸発させ、壁の外側にいる老人を貫いた。
イズナが声をあげる。
「アマデウス様!」
2人を囲っている水の壁が消失し、オーウェンが貫いたものを見ると、それは出来損ないの幻だった。
その側で無傷のアマデウス本人が声を出す。
「学習せんの?だからお前はあの少年に敗れたのだ」
アマデウスはオーウェンの更に後ろにいるエミリアとダーマ王国の選手の位置を視界にいれたことを悟られないように、オーウェンを煽る。
オーウェンは直ぐ様アマデウスに向かって斬りかかろうとしたが身体が動かない。
先程消失したと思った水の壁はオーウェンの身体にまとわりつき、動きを止めていた。
「くっ!こんな水!!」
オーウェンはもう一度フレイムプロテクトを唱えようとしたが、アマデウスは両手を前へ出し、魔法を唱えた。
オーウェンは全身に炎を纏うより、眼前に迫ってくる魔法を受け止めようと紅い炎を前へ出現させようとしたが、
「ファイアーストーム!」
老人の魔法を視認してそれをやめた。代わりに笑いが込み上げる。
「ハハハハハ!!俺に炎が通用すると思ってんのか!?今までの戦いを忘れ……」
オーウェンはあざけ笑ったが、老人から放たれる炎の渦はオーウェンの横を通りすぎた。
「は?」
オーウェンは疑問に思った。そして目の前を過ぎ去った炎により身体の表面が暖まったのとは逆に背後から寒気がした。
水により拘束されている首を力ずくで動かし、背後を確認すると無数の流れる水の弾がオーウェンを襲った。




