その249
「ホワチャ~!ホワチャッ!!」
ロンシャンシャンは降り注ぐ白い珠をギリギリで避けると、隣に座っていたスキンヘッドの男が近くにいたフルートベール王国兵に暴行を加えていたので、構えた。
片足を上げ、右手を頭上に、左手を胸の前に配置する。五本の指を揃えて1つの槍のように模した。
「フフフ……妄想にとり憑かれ半生を過ごしてきた。それを今現実のモノとしようぞ!!ホワッチャッ!!」
ロンシャンシャンは高く持ち上げた右手をスキンヘッドの男の顔面に向けて突いた。
しかし、男の右拳がロンシャンシャンの伸ばした右腕を滑るように進み、そのまま頬をとらえる。
「ヒデブッ!!」
倒れたロンシャンシャンを見てスキンヘッドの男は呟いた。
「何だよコイツ……」
──折角、魔法学校襲撃作戦の中止から10日あまり我慢していたんだ。こんな奴に構っている暇は……
スキンヘッドの男は、闘技場を見渡し、めぼしい相手がいないか確認した。
闘技場を警護している兵士達がこの男同様、魔法学校襲撃作戦に参加する予定だった者達と戦っている。
──戦力は五分……だが時間が掛かれば、王国兵達が集まってくるのは自明だ……今のうちにレベルを上げてとんずらかますか?
スキンヘッドの男は同志と呼ぶにはあまりにも関係が薄い者と戦士達の戦いに割って入った。
「オラァ!!」
スキンヘッドの男の拳が兵士の鎧を破壊する。そして拳を開き、ファイアーボールを唱えた。
燃え上がる兵士を見て男は叫んだ。
「ッシャア!レベル上がったぁ!!」
続けて男は辺りにいる兵士達に手当たり次第攻撃を加えたが、とある影が物凄い速度で急接近してきた為に男の動きが止まる。
その影は急接近からの急停止をかけ、スキンヘッドの男の胸にトンともたれ掛かった。
──どうやら実態はあるみてぇだな……
スキンヘッドの男はそう思ったが、もう遅い。
男は右腕に激痛を感じた。腕を斬られたのだ。
男の斬り落とされた腕が胴体から離れる直前に、影だった者が落ちていく腕を潜り抜け、男の背後へと回ると、無防備な背中を一刺しした。
スキンヘッドの男は自分の胸から神々しく光る剣を見ながら、絶命した。
レナードは光の剣を消す。スキンヘッドの男は前へ倒れた。その先にレイがいる。
レナードはレイに告げた。
「これは戦争だ。殺る時は躊躇しちゃダメだ。わかったらさっさとマリアちゃんのとこへ行ってこい!」
レイは頷き、走り去る。
「さて……」
レナードは周囲の状況を観察する。
今しがたレナードが相手取った男の仲間達が兵士や魔法使い、そして冒険者と戦っている。
──あれは彼等に任せよう……それよりも……
リングと観客席の間で行われている激戦を見やる。ヴァレリー法国の将軍シルヴィアと、組み合わせ次第ではレナードと戦うことになっていたかもしれない浅黒い肌をしたダーマ王国の選手が激しい剣戟を繰り広げている。
同じように、フルートベール王国の要人達とダーマ王国のもう一人の選手も戦闘を開始したようだ。
──それなら……ダーマ王国の要人達は?
レナードはダーマ王国の宰相達がいる観覧席を見上げた。
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「一体これはどういことですか!?」
アナスタシアは元々甲高い声を更に張り上げて宰相トリスタンに言い寄った。騎士団長のバルバドスもそれに続く。
「我々の、ダーマの選手が……暴動を起こしている者達と同じように戦闘をしているぞ……」
2人の言葉を背中越しで聞いているトリスタンは、観覧席から闘技場全体で繰り広げられている乱戦を見ていた。そしてようやく2人の疑問に答えようとゆっくりと振り向いた。
この時、トリスタンとしてはこの2人が自分を裏切り、フルートベールへ差し出すのではないかと、怯えていた。そして心の中で、自分の護衛を頼んでいた筈の教師ツヴァイがなかなか来ないことに苛立っていた。
これ以上間が持たないと観念したトリスタンは切り出す。
「実は……」
2人の顔を窺おうとしたが、2人の背後にある出入り口から誰かが入ってくるのが見えた。
トリスタンはフルートベールかヴァレリーの手の者かと怯えたが、そのどちらでもないことに気付き安堵する。
手入れの行き届いた水色の髪をした少女が入って来た。
「お二人には、お話をしていませんの?」
少女は乱戦の中では違和感を覚える程、冷静な口調でトリスタンに問い質した。
「あ、あぁ……」
トリスタンは敵ではないと安心し、緊張の糸が切れたような腑抜けた返事をする。そして改めて自国の宮廷魔導士と騎士団長に説明し始めた。
「今宵を持って我々ダーマ王国は帝国の傘下に入る!」
「え!?」
「本当に!?」
衝撃的な宣言を聞かされ2人は硬直した。
しかし、この硬直はすぐに解けた。
この観覧席にいる4人に向けて魔法が放たれたからだ。
アナスタシアとバルバドスは向かってくるシューティングアローに身構えたが、見えない壁に阻まれるようにしてその魔法は爆散する。
水色の髪の少女、シャーロットが聖属性魔法プロテクションを唱えて阻害したのだ。
すると、スタっと観覧席にある落下防止の柵に降り立つ音がした。先程のシューティングアローを唱えた術者レナードが腕を組みながら軽々しい声で言う。
「聞いちゃった~。これでダーマはフルートベールとヴァレリーの敵ってことで良いんだよね?」
宰相のトリスタンは答える。
「あぁ!この国はもう終わりだ!!」
プロテクションに守られている為、宰相は先程よりも強気だ。しかしレナードの余裕は消えない。
「それよりも良いの?見てみなよ?戦況を」
まるで遊戯をしているかのような口振りだった。
次々に現れるフルートベール王国の兵士達が帝国、そして今加わったダーマ王国に与する者達を倒していく。頼みの綱のダーマ王国の肩書きを背負った選手達は、ヴァレリーとフルートベールの要人達と激戦を繰り広げ、一進一退が続いていた。
「確かにあの2人は強いよ?でも戦力差をもっと学んだ方が良い。直に戦士や魔法使い達があの2人の戦闘に加わる筈だ。そこのお嬢さんも魔法はそこそこ使えそうだけど攻撃系統は弱そうだし」
トリスタンは年下の若造に上からものを言われ、歯噛みしながら口を開く。
「な、何が言いたい!?」
「そこのお2人さん?」
レナードはアナスタシアとバルバドスに目を合わせる。
「今からそこのおっさんとお嬢さんを捕らえるなら僕が国王に口添えしておくけど、どうする?さっき聞いてた限りでは、この作戦は今知ったんでしょ?同情の余地ありだからね」
アナスタシアとバルバドスはお互いを見合い唾をのんだ。
レナードの言っていることは正しい。
アナスタシアに関してはレナードが現れる前に、直ぐにでもトリスタンを捕らえようとしていた。その為には自分がこの作戦に関与していないことをきちんと証明できなければ意味がなかった。
レナードの申し出はこの上なく有難いものだった。
示しを合わせたアナスタシアとバルバドスはトリスタンを見やる。
「お、おい!?本気か!?」
ふぅと一息つくレナード。
だが。
この時、レナードは死を予感する。何故なら彼の背後にあるリングから闘技場全体を覆うような禍々しい殺気を感じたからだ。
レナードは、いや戦闘を行っている全ての者がリング上を見た。
先程まで行われていたアベルとオーウェンの戦いによりボロボロとなったリングの中央に、白髪をツインテールにした少女が身の丈をゆうに超える大きな黒い鎌を持って立っていた。
すると、バルバドスが動く、持っている大きな戦斧をレナードに叩き付けた。レナードは間一髪でそれを躱す。戦斧の衝撃で観覧席の柵は壊れた。レナードは直ぐに光の剣を出現させて構える。今度は戦斧が足元に振り払われた為、レナードは足を曲げて空中に飛んだ。足の裏を物凄い勢いで通りすぎる戦斧は突風を伴う。
レナードが着地するやいなや、バルバドスは轟音を鳴らすほどの速さで戦斧を能天目掛けて叩き付けたが、レナードは光の剣で受け止める。
「どうして捕らえない……?」
戦斧を食い止めながらレナードは質問する。バルバドスは躊躇なく言った。
「悪いが、あの殺気を放つ少女を倒せる者などこの世にいないと判断した」




