その221
山積みになっている荷物。床には乾いた血がついていた。おそらくいつしかのレッドの吐血の跡だろう。パッグウェルは備蓄庫の山積している荷物の頂上に座する。そこは彼の特等席のようだ。
ハルはパッグウェルの手下達に取り囲まれた。そしてパッグウェルは上から命ずる。
「俺達の友達、レッドくんがいなくなってしまったからハルくんには、その代わりになって貰いたくてね。構わないかーい?」
ハルは了承する。
「良いけど、君達の友達のレッドくんの眼は誰が抉ったのかな?」
へへへ、と笑う周りの連中。その中から自慢気に挙手する男がいた。
「俺だよ。レッドとは同じ部屋だったからな」
部屋というのは牢屋のことなんだろうか。ハルがそう思考していると、その思考の邪魔をしてくるように武勇伝を語る男。
「アイツ、字が読めるようになってるのを良いことにうざかったんだよ。眼ぇキラキラさせて、俺はその眼が眩しすぎて、自分のモノにしたかったんだ」
──なんだ、やっぱりレッドが死んだのは僕のせいじゃないか。
ハルはそう思うと、ペラペラと武勇伝を語る男の前に立つ。
「なんだ?よく見たらお前も綺麗な眼を……」
男はそう言いかけると黙った。何故なら視界が真っ暗になったからだ。そして声が聞こえる。
「お前の眼は随分くすんでいるな」
そんな無邪気な少年の声が聞こえるとぐしゃっと何かが潰れる男が聞こえた。それと同時に両目があったところから激痛を感じた。
「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男はのたうちまわり、両目から血を大量に吹き出した。男はその血をもとあった場所に戻せば、全てがもと通りになると思っているのか、吹き出す血を眼があった場所に戻そうと必死だった。
それを見た他の囚人達はそれぞれ個性が現れる悲鳴をあげて狼狽える。
「動くな!!」
ハルが命ずる。
「君達、目には目をって言葉知ってる?」
レッドを殴った者をハルは殴った。初めは加減したつもりだったが最初に殴った男の肩から腕が吹っ飛んだ。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
男はうずくまり、痛みに喘ぐ。それを見て騒ぐ囚人達。
ハルはもう少し手加減して次からは殴った。
囚人達は次々と倒れ、恐怖の悲鳴から痛みを痛感する叫びへと変化していった。
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なんだよ……コイツ……
パッグウェルは目下の光景に恐怖した。人体の一部が吹き飛ぶ者、痛みにより声すらあげれない者、のたうちまわる者、次は自分の番だと恐怖する者。
──あの海の老人って言われてるガキを孤立させるだけで良いって……簡単な仕事だって言ってたじゃないか!!
パッグウェルは昨日の昼間に面会室にやって来た、自分でいうのも何だが口の悪い男、ゾーイーという男のことを思い出していた。
◆ ◆ ◆ ◆
「何のようだ?ああん?」
パッグウェルは知っている。今自分の前にいる金髪をオールバックにしている男が危険な人物であることを。また、ここで臆している態度をとると相手は優位に立ち、関係性が保てないことも知っていた。両足を机に乗せて座っている椅子は後ろ足の2本でバランスをとっている。
ゾーイーの態度もなかなかのものだ。椅子には座らず、机の上に乗りしゃがみこんでいるのだから。端から見ればどちらが囚人なのかわからないような状況だろう。
「お前に依頼したいことがある」
「俺はそんな簡単に動く男じゃーねーぞー」
椅子でバランスをとり続けるパッグウェル。
「俺もよぉ、あんまりこういうことはしたことねぇからわかんねぇんだけど、とりあえずこれを見せろと言われたから見せる」
ゾーイーは懐から聖王国の金貨を大量に取り出した。
パッグウェルは、おぉ……とその金貨の枚数に目を眩ませたが、それを表情に出さないよう努めた。
「それがー?」
「……」
2人は黙ったままだ。
「……」
「……」
2人は交渉が下手だった。
しびれをきらしてパッグウェルが口を開いた。先に口を開いたパッグウェルの方が交渉は下手だと評することがここでできた。
「で!?俺に何をしてほしいんだ?」
「依頼を受けてくれるってことか?」
「早まんなよ、ただ仕事内容を知りたいだけだ。今まで散々騙されてきたからな」
「そう構えて聞くなよ。お前ならまぁ簡単な仕事だ」
◆ ◆ ◆ ◆
──騙された!!俺はまた騙されたんだ!!
パッグウェルはまるで触れれば身体の一部が負傷する、そんな竜巻のように移動する少年を見ては、どのタイミングで通れば少年の攻撃を回避できるのかと、その機会をうかがっては止めていた。
しかし、ずっとその少年の軌跡を追っていたのだが見失ってしまった。
──どこだ!?どこ行ったんだ!!
「後はアンタだけだ」
「ひっ!!」
後ろから囁かれたパッグウェルは恐怖に打ち震え、床へと落下した。パッグウェルはハルを見上げる。
山積みになっている荷物を軽やかに降りるハル。
「ま、待ってくれ!!俺は頼まれたんだ!!ゾーイーって奴に!!」
ハルはそれを無視した。考えるのは後だ。
「じゃあソイツを殺れって?」
「そ、そうだ!俺は悪くない!!」
ハルは最後の荷物を降りきり、床へと着地した。
「アンタの後ろの奴らはアンタに頼まれたって言うよ?」
パッグウェルは後ろを振り向いた。痛みに喘ぎ、咽び泣く囚人達。
「ひぃ!!こ、殺さないでくれ!!頼む!!」
パッグウェルはそう言うと、ハルが消えたのを確認した。消えたというよりは物凄い早さで移動したと言った方が正しい。
ハルが消えた瞬間ぶわっと風が舞い、パッグウェルはその風に吹き飛ばされそうになった。するとまた、背後から声が聞こえる。
「殺しはしないさ。アンタのような奴等を殺したら僕のステータスが汚れてしまうからね」
侮辱されている筈なのに、パッグウェルは一縷の光をその言葉に見つけた。周りをよく見ると倒れている囚人達は皆、負傷しているが、生きているのを確認することができた。
「じゃ、じゃあ!!」
「脊髄を損傷させるだけだよ」
パッグウェルは聞き慣れない言葉にたじろぐ。
「せ、せきずい?」
「目が覚めたらなんのことだかわかるよ」
パッグウェルの顔がハルの影でおおわれた。
「や、やめてくれぇぇぇ!!」




