その217
野盗連中はユリを取り囲む。
下品な笑い声と不快な臭いがユリを襲った。
お頭と呼ばれていた者がユリの肩に手を置いて言った。
「ヒャーハッハッハ!お嬢ちゃん?これから俺達と仲良くしようなぁ?」
それに呼応するかのように手下達が笑い始める。
ユリは肩に置かれた手を見て、再び野盗のお頭に目を合わせる。すると野盗に押し倒されたソフィアが立ち上がり叫んだ。
「お前らは許さん!!絶対に!!」
野盗達は騒ぐソフィアに視線を送る。
「ユリさん!やっておしまいなさい!!」
まるで悪者を懲らしめる正義の味方のようなことを言うソフィア。護衛対象であるソフィアに言われなくともユリはそうするつもりだった。
──だって……私に触れて良いのはハルくんだけなんだから……
ユリは呟く。
「……錬成」
◆ ◆ ◆ ◆
「ユリ。君にはもっと強くなってもらいたい」
そう言われてユリは頷いた。ハルの期待に応えたい。あの時、自分を救ってくれたハルの為に強くなりたい。ユリは救出されたその日からそう思い続けた。しかしハルに言わせれば、ユリが自分で一歩踏み出したからそうなったのだと言って、自分の功績を認めようとしなかった。
──そういうとこも好きなんだけども……
兎に角、ユリはハルの為に、自分の為に強くなろうと決心した。
しかし、ハルは浮かない顔をしている。
──どうしてだろう?
ユリが不思議に思っているとハルは意を決したように切り出した。
「強くなってもらう為にはユリが嫌がることをしなければならないんだ!それでも大丈夫?」
──なんだ……そんなこと……
ユリはここ数年嫌なことしかしてこなかった。というよりユリには選択肢などなかった。
ユリが了承の意を告げると、ハルは言った。
「……君が身体を切り刻まれた記憶を思い出してほしい」
ハルはまるで自分がそうされたかのような言い方でユリに告げた。
そう言われてユリは戸惑った。確かにこれは嫌な記憶だ。そして恥ずかしそうに手を前に差し出して言う。
「手を繋いで……ください……そしたら思い出せるから」
ハルはユリの手をそっと握った。
◆ ◆ ◆ ◆
ユリは自分の身体が刻まれ、皮膚、皮下脂肪、筋膜、筋肉、そして骨が見えるのを思い出す。溢れる血を掻き分けてそれらが見える。
重要なのは筋肉とその筋繊維それをきめ細かくするイメージを持って魔力を込める。
「……錬成」
野盗のお頭の腕をユリは握った。お頭は自分の腕を柔らかくて細い少女の手が握ることに興奮したが、直ぐに激痛に変わる。
「いてぇぇぇ!!!」
ユリはお頭の腕を握り潰していた。
お頭はうずくまり、腕をおさえる。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!」
のたうち回るお頭の様子を見て手下達は困惑する。それはソフィアや下車した同乗者も一緒だ。
お頭が何をされたかわからない。ただ、目の前の麗しい少女が何かをしたのは確かだ。手下の1人は半狂乱になって、持っている短剣を振りかぶり、ユリに襲い掛かる。
ユリは大地を半歩開いた両足でしっかりと踏みしめる。地面がユリを中心にして円形にえぐれ、襲ってきた手下は勿論、周りを取り囲んでいた者の体勢が崩れた。
ユリに襲いかかる手下は前に転倒している最中、握っている短剣が吹き飛ばされるのを感じた。
それもその筈、ユリが短剣を殴ったからだ。短剣は粉々に砕け散り、それを持っていた手下は後ろへ飛ばされる。
その光景を見ていた他の野盗達は、もしあの拳が短剣でなく、肉体に当たっていたらと、してはいけない想像をした。
「エアジェイル」
ユリは野盗達を魔法で拘束する。目的地は帝国の監獄であるため野盗達をそのまま引き連れ、気を取り直して出発した。
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メルはぎこちないながらも話すようになった。ハルは初めこそ困惑したが、次のステップに踏めることに満足していた。
現在は夕食を終え、今日最後の自由時間を刑務所にある図書室で過ごすことにした。
過ごすといってもレッドの勉強に付き合っているのだ。レッドが必死になって文字の組み合わせを覚えている傍ら、メルは本を読んでいる。今日のうちに文字が読めるようになったのには素直に驚く。
ハルは声をかけた。
「何を読んでるの?」
「透明人間っていう小説」
「へぇ~……面白いの?」
「うん」
「……」
会話が続かない。
──忘れていた!僕はアドリブ力0のコミュ障であった!!
フェルディナンのようにしつこく話し掛けたり、何かメルのためになるようなことを話せたら良いのだけど、そんな気の利いた言葉を発することなど出来ないでいた。
会話を探し続けているハルは図書室が騒がしくなっていることに気が付いた。柄の悪い3人組が図書室に入ってきたのだ。
「おーい。レッドくーん。俺達とも遊んでくれよー」
ここは監獄だ。柄の悪い奴らの溜まり場だったことを思い出す。ハルはレッドの顔以外に幾つものアザがあちこちにあるのを知っている。
──コイツらがその元凶か……
レッドに助けを求められたのなら迷わず手を差しのべるつもりだが、ユリのように自分が救われる気でないのならば、その行為は寧ろよくない方へ向かっていくとハルは知っていた。それが例え不本意だとしても、本人が現状を受け入れているのならば、他人は手出しできないものだ。
レッドの顔色を窺うハル。
顔に火が揺らめくような刺青を入れている男、パッグウェルはレッドと長年友人関係にあるかのようにレッドの肩に手をかけた。
「俺らちょうど3人いるんだ。だから一対一であそぼーよ」
ニヤニヤと笑いながらパッグウェルの仲間2人がハルとメルの前にそれぞれ立った。
メルの前に立つ男はメルが読んでいた本を取り上げた。
「なんだー?こんなところにきてお勉強か?」
片手で本を摘まみながらページを下から覗き込むように男は本を見ていた。
「お前、海の老人なんだろ?ちょっと俺と腕試ししてほしいん……」
男は言い終わる前に異変を感じた。何故ならメルが、先程自分が奪ったはずの本を読んでいるからだ。それに本の表紙がほんのりと赤く染まっていた。
──本だけに……
男はそう思うと、指先に激痛を感じた。摘まんでいた指が失くなっているからだ。




