その178
~ハルが異世界召喚されてから8日目~
ハルは目を覚ました。宿屋のベッドはいつもより狭く感じられる。ハルは寝返りをうつと、ユリの寝顔が眼前にあった。
「うおっ!!」
咄嗟に声が出て、起き上がる。寝る前に別々に寝ようとユリに提案したのだが、同じところで寝たいとハルの手を握りながら懇願された。その手は小刻みに震えており、地下施設での経験をまだ拭いされないのだろうとハルは考え、一緒の床についたのをようやく思い出した。
ハルが咄嗟に出した声のせいでユリが目を覚ます。
「おはよう、ユリ。起こしちゃったよね?」
「ううん。おはよう。それよりも朝の挨拶なんて……何年ぶりかしら」
当たり前の出来事で感動を覚えるユリを見て微笑ましく思った。
二人で朝食の準備をして、今後の予定を確認した。
「これから僕は学校に行くけど、ユリはここを出ない方が良い」
「どうして?」
「治安がよくないから……ここで僕も何度か危険な目にあってるからね。ユリは女の子だし可愛いから余計危ないと思うんだ」
「……そう…ですか」
ユリは頬を染めて、紅茶の入っているコップに両手を暖めるようにして掴んでいる。
「学校から戻ってきたら皆を連れてくるよ。それで今後の仕事先になるかもしれない教会に行ってみよう!」
本来ならまだレベルアップ演習の帰りに当たる日だが、Aクラスの生徒達は学校にいる。
ハルが教室に入ってくるなりアレックスが大きな声で挨拶してきた。そしてユリについて訊いてきた。
「とりあえず僕の泊まってる宿にいるよ。それで今日はルナさんのいる教会で働けるか訊いてみる」
「宿って広いの?」
「一室だよ?入ったら直ぐにベッドがある感じ」
「……まさか、一緒に寝たとか?」
「……ち、違うよ!バラバラに寝たよ勿論!」
アレンがハルの反応を見て勘づいた。
「これは一緒に寝たね」
「ね、寝てないわ!!」
アレックスが下を向いてワナワナとふるえている。その時担任のスタンがテンションマックスで教室に入ってきた。
「おはよう諸君!」
スタンは昨日の出来事は他言してはいけないと促した。
「……でだ!本来、今日王都に帰ってくる予定だったからお前らの相手をしてくれる先生がいないんだ!だから、自習かこのまま解散か……あぁ、そういえば2日後に行われる三國魔法大会の選考会に出ようと思う者はいるか?」
ハルはその大会の響きを聞いて懐かしんだ。大会は勿論、選考会にもハルは出ないつもりだ。大会の優勝賞品には多少興味もあったが、ここは目立たない方が吉と考えている。
レイとスコートとゼルダが参加する。
「え!?ハルはでないの?」
アレンが驚きの声をあげる。
「うん。あんまり目立ちたくないからね……」
言い終わる時にスタンと目があった。スタンはハルの視線を噛み締めるように間を少し置いてから言った。
「俺も今日の授業はないから、レイとスコートとゼルダは俺と一緒に選考会の訓練でもしようか?」
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<聖王国>
フルートベール王国の北に位置する聖王国。その更に北側は海に面している。海岸沿いを歩くマキャベリーとチェルザーレ、そして二人の護衛としてシーモアという青年が付いている。
「まさかこんなところにあるとは知りませんでした」
マキャベリーが抑揚のない声で言った。
「フフフ、時々波にのまれて行方不明になる子供がいるだろ?愚かだがある意味優秀な人材でもある。一度死ぬのだから」
「なるほど……聖王国では海で、帝国は毎年数名がダンジョンで行方不明になりますよ」
「人間は死を恐れるあまり、進化できないでいる。その手伝いを私達はしているだけだ」
護衛のシーモアは黙って2人の会話を聞いている。
「それで今回の計画を実行する者はどんな人材なのですか?」
マキャベリーが潮風に煽られながらチェルザーレに訊いた。
「今回、ことに当たるのは3人だが、この内の1人は最高傑作になりうる逸材だ」
「チェルザーレ枢機卿の最高傑作……非常に興味深いです」
チェルザーレはいつになく上機嫌だ。
「ランスロットのパーティーメンバー、ダークナイトにして暗殺者であるヴァンペルトを越える逸材になるかもしれない」
「そうですか……なるかもしれないということは、その逆もあり得るということですね?」
マキャベリーはよく知っていた。逸材になれない者の結末を。それは死だ。
「死を恐れるのは良いことだ。人には生存本能というものがそなわっている。だが、死は誰にでも訪れる。それが早いか遅いかだけのことだ。死を恐れるあまり無為に長くいきながらえた所で一体何になる?どうせ死ぬのなら自分の見たい景色を見てからが良い……それよりもさっきから何を考えている?私に隠し事は通用しない。知っているだろ?」
マキャベリーは微笑み、正直に白状した。
「私のかけた保険が上手く機能するかを考えていたのです」
「ハハハ!保険とは上手い返しだ!お前が考えた金儲けの仕方であろう?あれこそ正に死の恐れからくる産物だ!」




