その170
均整のとれた石畳、その上を歩く快活な人達。ハルとアレックスはそんな人達を見ながらホワイトホエールカフェという店のテラス席に向かい合って座っていた。その席は恒星テラの光を遮るパラソルが張られ端から見たらカップルのように見えていただろう。
ティーカップが運ばれ、紅茶を飲もうとカップの取っ手を掴んだアレックスは砂糖を入れていないことを思い出した。普段なら絶対入れる筈なのに、忘れてしまったのはハルが目の前にいるからだろう。
(なんで緊張してるんだろ……)
チラッとハルを下から見上げるように見ると目があってしまったので咄嗟に逸らした。
(あぁ…どうして……こんな態度を……つまんない女とか思われてないかな……)
アレックスはそんなことを考えながら砂糖を1匙2匙3匙4匙とカップに入れていく。
「……レックス?……アレックス!?」
ハルが大きな声で呼ぶものだからアレックスは驚き5匙目の砂糖がテーブルに散乱した。
「いつもそんなにいれてるの?」
「入れてる?」
「それ」
ハルがアレックスのカップを指差すと紅茶の底に大量の砂糖が溜まっていた。
「あ!アハハハハ……」
アレックスは笑って誤魔化しながらスプーンでかき混ぜ、一気に飲み干した。
「あっま!!」
「そりゃそうでしょ!!」
二人は一通り笑いあった後、アレックスはカップを置いた。ハルはアレックスがスプーンでかき混ぜ、それをソーサーに置いた所作やカップの置き方をまじまじと見ていた。
「さっきから何ジロジロ見てるの?」
「アレックスはいつも元気で気さくだけど、やっぱり貴族なんだなぁって思ってさ」
アレックスは首を傾げる。
「例えばスプーンとカップの持ち方とか置き方が凄く綺麗で、つい見ちゃうんだ」
「そ……そう?」
アレックスは照れ臭そうにソーサーの上にあるスプーンを摘まんだ。そして、その摘まんだ自分の手をよく観察する。
「まぁ小さい頃から持ち方とか矯正されたからね……」
スプーンをもとの場所に置いてアレックスは俯いた。
「あんまりこういうの好きじゃないんだ」
「どうして?とっても綺麗だよ?」
ハルに綺麗だと言われるのは悪くないとアレックスは思ったが、本音を語り始める。
「私、お母さんは貴族なんだけどお父さん家系は商人の出なの。だから貴族の血が半分しか入っていないからよく虐められたんだ」
アレックスは身に付けているキラキラと光る宝石が埋め込まれたブレスレットを見ながら言った。ハルは黙って聞いていた。
「馬鹿にされないように、こんなやりたくもないテーブルマナーとか礼儀作法とか仕込まれたけど、私の関心を惹いたのは冒険だった。おじいちゃんの昔からの仕事仲間達から聞く話がすごく面白くって」
「どんな話?」
「えっとねぇー」
先程とは打って変わって明るい表情になるアレックス。
「恐ろしい魔物の話とか護衛の冒険者の話とか、氷の洞窟とか炎の山とか~……あとミストフェリーズの冒険譚とか好きだなぁ!!」
「あれ面白いよね!」
ハルが出会う少年少女は皆ミストフェリーズとランスロットの冒険物語が好きだった。
「そうそう!ランスロットの宝の塔編も好きだけど、やっぱりミストフェリーズが好き!なんだか私と似てる気がして!」
「どんなところが?」
「ん~私ってやっぱり商人の血が入ってると思うときがあって、何か行動するにしても自分の利益を考えちゃうから……ミストフェリーズも自分の為に行動するよね?それで結果誰かの為になるストーリーが多い気がしない?」
ハルは今まで読んだミストフェリーズの冒険譚を思い出す。
「…確かにそうかも……でも人間ってみんなそうなんじゃない?どこかでそれを考えちゃうし、割合の問題なのかも」
「そう言ってくれると気持ちが楽になる!ありがとうハル!なんだか私達もっとずっと前から友達みたいだね!」
ハルは微笑んだ。
「そうだよ?覚えてないの?」
「忘れちゃった!」
舌を出しながらおどけてみせるアレックス。
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マキャベリーは水晶玉に手をかざしている。
「どうでした?ハル・ミナミノの実力は?」
『…レベルは13と言っておりました。また試験ではフレイムを唱え、今日はファイアーエンブレムを唱えました。威力は私のと同等です』
「そうですか、作戦は中止します…ルナ・エクステリア以上に厄介かもしれませんね。スタンさんは彼の実力をもう少し探ってみてください」
マキャベリーは思案する。
(今フルートベールでことを起こすと此方の動きを警戒されてしまう……獣人国の作戦が正体不明の者に潰され、約半月後の戦争では東西から攻められない。勿論、難なくその戦争で勝利をおさめることができるが此方の戦力を悟られてしまう……少し早いがあの方を迎え入れるか……)
マキャベリーはよそいきの上着を着た。護衛をつけて城から出る。向かう先は聖王国だ。




