その167
~ハルが異世界召喚されてから2日目~
レイは無数のシューティングアローを放ち、すべての的へと命中させた。ハルを除いて、この場にいるすべての者に羨望の眼差しを向けられる。例に漏れず試験官もレイの魔法には驚いていた。次はハルの番だ。
ハルは魔力を練り上げ、右腕に集中させる。腕を魔力が這いずり回るのが窺える。そして掌を的に向けて唱えた。
「フレイム」
掌から赤い魔法陣が形成されると、その中心から業火の炎が射出される。
ほとばしる炎は的全体を覆う。
炎の熱に当てられる受験生と試験官。
ハルはもう十分かと思い、フレイムを止めた。
「第二階級魔法……」
試験官のエミリオはそう呟くと、もう一人の試験官デーブの反応を見た。彼は呆気にとられていた。
──流石にあの人もビックリするよな……
エミリオは受験生ハル・ミナミノに向き直り、彼がここフルートベール王国で活躍する光景を思い浮かべた。
皆がハルの第二階級魔法に圧倒される中、レイ・ブラッドベルはとある違和感を覚える。何故なら隣の受験生は第二階級魔法を唱えたにも拘わらず呼吸が全く乱れず、まるでMPを消費していないかのように思えたからだ。
レイがハルの隣にいるからこそわかる違和感であり、離れたところにいる試験官にはわからないことだった。
──ハル・ミナミノ……
レイはハルの名前を覚えた。心踊る気持ちをレイは久し振りに味わった。
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試験も終わり後は結果を待つだけだ。
「お疲れぇ!!」
ショートカットで腕には宝石が埋め込まれている腕輪をしたアレックスが気さくに話しかけてくる。
「お疲れ様」
ハルも笑顔で答えた。
「試験どうだった?」
「ん~まぁまぁかな?え~と…」
「アレックス!アレクサンドラ・ルチル!!でこっちは」
アレックスの後ろに隠れるようにマリアがいた。
「マリア・グランドールです」
マリアの挨拶を受けてハルは自己紹介をした。
「僕はハル、ハル・ミナミノ」
「ミナミノ?聞かない名前だね」
アレックスは目線を上へ向けて、過去にミナミノという姓の持ち主がいたかを思い出す。
「ここら辺の生まれじゃないからね」
ハルはそう言うと、アレックスは思い出すのを止め、自分が最もハルに伝えたい言葉を言った。
「そんなことよりも助かったよ!」
「あぁカンニングしてたね」
ハルの予想外な解答に舌を出しながらおどけるアレックス。
「バレてたかぁ!それでも見せてくれてたんだね!優しい!わたし視力がずば抜けて良いからさぁ~おかげで計算が全然できなくって!何なのあの数式ってやつ!見るだけで眠くなる!闇属性の魔法みたいに眠くなる!」
「ダ、ダメだよズルしちゃ……」
マリアがおどおどしながら言うと
「いいのいいの!それよりどっかでお茶しない?」
ハルにとってはもう何回もこの会話をしている。
「ごめん。これから出掛けなきゃいけないんだ!」
「え、結果は?あともうちょっとで発表だよ?」
陰キャならここで自分は嫌われているんじゃないかと勘ぐるところだが、アレックスはお構いなしだ。
「お茶なら明日の放課後にしよう?勿論アレックスの奢りでね?」
「うん!わかった!!」
アレックスとマリアと別れたハルはフィルビーを迎えに教会へと急いだ。
「なんだか私達が合格するのを知ってるみたいな言い方だったね?」
ハルの後ろ姿を見てマリアがアレックスに言った。
「きっとハルにはわかってるんだよ!だってあんなに頭が良いんだもん!!」
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<獣人国・サバナ平原>
反乱軍に所属するシューサンはこれから行われるサバナ平原の戦いに参加する。反乱軍左翼には反乱軍最速のヂートが率いる為、シューサンは高揚していた。近頃、反乱軍のトップにいるモツアルトが帝国の回し者だという噂がたったがとても信じられないでいた。シューサンは1度だけモツアルトに会っていた。慈愛に溢れ、寛大な心を持っている。彼を獣人族の祖だと言われれば信じていただろう。
──モツアルト様の為に戦う!あの人が獣人国を治めれば安泰だ!!
そう思うと力が湧いてきた。槍を握る手に力が入る。もう少しで獣人国軍と合間見える。
行軍を進めていると、シューサンの視界が歪んだ気がした。
──目眩か?
シューサンは少しだけよろけると、頭を庇うように軽く押さえた。そして、行軍を乱したのではないかと思い、周囲を見渡す。
すると、皆が頭や目を軽く押さえ、自分と同じような仕草を取っていた。
先程の目眩は自分だけに起こった現象ではないと周囲を見ればわかった。何人もの反乱軍兵士達はお互いに顔を見合って確認していた。
「今変だったよな?」
「視界が歪んだ気が……」
「なんだったんだ……」
疑問の声は次第に小さくなり、皆黙った。行軍の足が止まる。そして口々にこう述べた。
「モツアルトの名前はサリエリ・アントニオーニ」
「反乱軍のトップは帝国四騎士の1人」
「反乱軍は騙されている」
先程まで反乱軍のトップにあれだけ尊敬の念を抱いていたシューサンだが今は彼に対する憎しみが渦巻いていた。
──おのれモツアルトめ!俺達を騙しやがったな!!
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反乱軍左翼を任されているヂートは遅れて自軍へと赴いた。実に清々しい日である。今日で長年待ち望んだ夢が叶う。信頼し、同じ志を持った仲間達と共に獣人国を打ち破る。
「さぁ少しは強い奴いるかな?」
自軍に着くと、早速兵達がヂートを見て駆け付けた。ヂートは部下達のこういうところが好きだった。獣人は忠義に厚い。満足気に彼等を迎えるヂートは、異変に気付く。
──何かが、おかしい……
近付いてきた反乱軍の兵達は次々とヂートに進言する。
「ヂート様!我々は騙されていたんです!!」
「ヂート様!今すぐ反乱軍から抜けましょう!!」
「我々は帝国の作戦にまんまとはまったんですよ!!」
昨日聞いていた噂が自分の持ち場に拡がっている。ヂートは焦りを感じた。
「待てお前達!どうした!?これから戦争なんだぞ?」
「戦争なんてしてる場合じゃありません!!」
「ヂート様!今すぐお逃げを!!」
迫り来る自分の部下に恐怖するヂート。
ハルは反乱軍左翼に第四階級闇属性魔法フェイスフルをかけてからフィルビーを抱えてダルトンのいるダンプ村へと急いだ。




