その158
ナツキはミライの家に向かって走っていた。叔母さんの血がついた魔法少女のコスチュームを魔法を使って洗浄した。やり方はわからなかったが、イメージすればその程度の生活魔法を唱えることができた。
夜も遅い、電車も動いていない。タクシーもこの時間に女子高生を乗せてくれる運転手も少ない。
この格好を誰かに見られて恥ずかしい?普通から逸脱して変わったことをするのが恥ずかしい?羞恥心など、この際どうでもいい。この走る体力が、魔法を唱えるために必要なこの魔力がきれるまで、ナツキは走り続けた。向かうはミライの家だ。
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ミライは酸素カプセルのようなところで横になっていた。そのカプセルは魔力を効率よく回復させる魔道具の一種だ。
使用中を外の者に報せる赤いランプが点灯している。もう外に報せる者などミライにはいない。
初めてナツキが魔法を唱えているのを見たとき、自分と同じ仲間がいることに喜んでしまった。それが敵でも味方でも同じ魔法を媒介にして通じ合うモノがあるのではないかとミライは一瞬期待してしまった。そして直ぐ、自分の周りの者がその魔法のせいでいなくなってしまったことを思い出し考えを改めた。
カプセルの赤いランプが緑色に切り替わり、中の者が魔力を回復させたことを報せた。
カプセルから出たミライは、魔法少女のコスチュームに着替えた。
──ナツキは、今頃家で寝ているのだろうか?
かつての友を懐かしみ、そしてその前の友達、トモミの写真を見て呟いた。
「今日で終わらせる。貴方を解放してみせるわ」
昨日、実験室を半壊させたことにより施設は今、修復作業をしていることだろう。しかし、昨日の実験によりあの禍々しい魔力をステッキから発せられたのであれば、きっと急拵えの修復でも実験をするはず、そうなれば、世界の理を変えることができてしまう。
──叩くなら今しかない。
ミライは玄関の扉を開けた。
「え?どうしてあなたが?」
扉を開けるとナツキが汗だくで立っていた。いや、きっと今着いたのだ。
「はぁはぁはぁ…やっぱり私も一緒に行く」
「何を言っているの!?もう貴方には関係ないことなの!」
ナツキは胸が痛んだ。それでも堪えてキミコから貰ったカードキーをミライの前に出した。
「これ……必要でしょ?」
ミライはそのカードキーを見て驚いた。
「どうしてそれを……」
「私の叔母さんが、この研究の第一人者だった……」
ミライはナツキの言葉を聞いて、ハッと顔を歪めた。ナツキに詰め寄ったが、唇を噛みしめることで何とか憎しみを堪えた。
「貴方を責めても意味がない……」
ミライは少し間を置いて、いつもの冷静さを取り戻す。
「貴方は、まだ普通の生活に戻れるわ……それに向こうへ行けば強力な護衛がいる」
「サングラスの男なら倒したわ……叔母さんと私で」
え?とミライは訝しげにナツキを見た。
「叔母さんは裏切られたみたい……あの男に撃たれて……血がいっぱいでてた……魔法もそれなりに唱えられるようになったの!!だから!!」
ナツキはミライに懇願する。ミライはこの先、ナツキがいてくれればどんなに心強いか自分が一番理解している。
──それでも!!
「ごめんなさい……貴方を死なせたくないの」
ミライはナツキからカードキーを奪って目的の地下施設へと走りだした。魔力を使っての走力の為、物凄いスピードだ。
「待って!!」
ナツキはミライを追いかける。体力も魔力も限界だ。
──これに追い付いてくるの!?
ミライはナツキの速さに驚いたがそれを上手く隠しながら告げる。
「体力もMPも限界でしょ!?そんなんで一緒にいられたら迷惑なの!!」
心が痛む…それでも必死についてくるナツキに対してミライは魔法を唱えた。
「スロウ!!」
ナツキのスピードが落ちる。一生懸命走っているのにミライの背中が遠退いていく。
陸上部3年生最後の試合の記憶が映像としてよみがえる。ナツキを追い越していく選手達……バトンは、ステッキは握っていた……ナツキは知っていた。いくらバトンを落としていなくてもナツキは他の選手達に抜かされていただろう。
この魔法は、この状況は、ナツキにとって地獄のようだった。




