その157
弾きかえされた銃弾が窓をやぶったせいで、けたたましい警報音が鳴り響く。ナツキはキミコを抱き寄せていた。
「ナツキ……ごめんね……」
「え?」
声を発する度におびただしい量の血を吐くキミコを見てナツキは涙が止まらなかった。
「叔母さん……バカだった……利己的な願いを叶える為に……誰かを犠牲にして……」
「喋らないで!…お願いだから……」
キミコはおもむろに自分の着ている紅く染まった白衣のポケットから、ミライが探していた地下施設のカードキーを取り出した。
「これ……必要でしょ……?」
ナツキはそれを見せられて初めはなにがなんだかわからなかった。しかし、理解した。
「どうして……もしかして叔母さんが研究してるのって……」
「そう……だから謝ったのよ」
ナツキはそのカードキーを受け取ろうとしたが、躊躇った。自分には出来ない。そう思ったからここへやって来たのだ。
「貴方ならきっとできる……私の姪だもの……後はいつものように自分の道を走り抜けて」
キミコはカードキーをナツキの震えている手を覆うようにしながら握らせた。
「でも……叔母さんは」
「私は…大丈夫……ほら?」
近くで振動しているキミコのスマートフォンがあった。警報音でその振動に気付かなかったようだ。画面にはナツキの母ユミコからかかってきていたのが見えた。
「ここへは……直、警察が来る。お友達が待っているんでしょ?……早く行きなさい」
「でも……」
「お願い」
ナツキは決心した。玄関から出ていく時、後ろを振り返ると。キミコはいつものように微笑み、ナツキを見送る。いつもと違うのはキミコが血だらけなことだ。ナツキは今にも泣きそうな顔から無理に微笑みを造った。そして扉を開き、ミライの元へ向かう。
「うっ……」
キミコはナツキが去った後、我慢していた痛みに襲われた。飛びそうになる意識をなんとか持ちこたえさせ、振動するスマートフォンまで這って取りに行った。
通話のアイコンをタップすると懐かしい姉ユミコの声が聞こえてくる。
「もしもし!!キミコ!?」
「姉さん……ごめんなさい……」
「え?」
予想もしていない謝罪にユミコは驚いた。そして今にも消え入りそうなキミコの声は恋人が死んだ直後の彼女を彷彿とさせる。
「ナツキなら心配しないで……」
今度はいきなりナツキのことについて言及する。ユミコは混乱していた。
「ナツキ!?ナツキはそこにいるの?」
「あの子……今とても頑張っているから……」
「……キミコ?大丈夫?」
ナツキの妹アオイは母ユミコが電話しているのを心配そうに聞いている。
「…今までありがとう……」
スマートフォンの画面が優しくキミコの顔を照らす。
「キミコ!?キミコ!?」
姉に名前を呼び続けられ、意識が消え掛かるキミコは穏やかな顔をしている。惜しむらくはナツキやアオイの成長がもう見れないことだ。
キミコは息をひきとった。
それと同時に警察がマンションについている警報装置の作動でキミコの部屋に突入した。
「キミコ!?返事をして!!」
警察官は遺体の横で声を発するスマートフォンを指紋が付着しないように掴みとり話し掛けた。
「もしもし?私は渋谷警察署の佐藤と申しますが──」
「…警…察……?」
ユミコには何が起きているのかわからない。その警察官を名乗る者がキミコの死を告げてきた。
──キミコが死んだ!?
「嘘よ!?だって今まで話していたんだから!!キミコはどこ!?」
「直ぐ側でお亡くなりになっております……もし、宜しければパトカーをそちらへ向かわせますが──」
警察官は丁寧な対応をする。事情聴取の為、ユミコを現場まで向かわせようとしていた。
「……はい、わかりました」
「10分程でそちらにパトカーが到着します」
ユミコは住所を伝えると通話を切り、出掛ける準備をした。
「やっぱお姉ちゃん叔母さんのとこにいたんだ?」
アオイは通話を切った母に尋ねた。
「わからない……ちょっと出掛けてくる」
「え?……なんで?」
「叔母さんが事件に巻き込まれたみたいで……」
「そうなの!!?」
アオイは驚いた。自分も行くと言ったが、ナツキが帰ってくるかもしれないからということで家に待機するように言われる。母ユミコを見送るとアオイはナツキにメッセージを送った。
『今お母さん出掛けたよ!帰ってくるならいま!!』




