その134
~ハルが異世界召喚されてから2年178日目~
絶好の航海日和。
船に揺られ、これから行われる戦いに想いを馳せるアナスタシアは、豊満な胸を抱え込むようにして腕を組んだ。
船首は潮風を諸に受け、肌と喉には良くないが、敵地を見定める為にその弊害を自らの意思でアナスタシアは受け入れる。
というのも密偵が奴隷である為、サムエルが構える屋敷の防護がどのくらい強固なものなのかあまり報告を受けていないのだ。
この戦いで自分はサムエルに復讐を果たし、ダーマ王国を捨て、自由の身となる。その為には、多くの金と個人的には宝石類等も欲していた。
──フフフ、所詮は卑下た商人の稼いだモノ。私を振った代償を払わせてやる!代金はお前の持ってる宝石だ
「随分張り切っているようですね?」
後ろから声が聞こえる。
振り向くとそこにオアシス伯爵がいた。
「オアシス伯爵。当然です。ダーマ王国に仇なす者は早々に罰しなければなりませんから」
アナスタシアは自分の想いを隠しながら言った。
「そうであるが…しかし貴殿の睨んだ通りの結果でしたな」
「卑しき商人のしそうなことですわ」
アナスタシアの目付きが何か汚らわしいモノを見ているかのように険しくなる。実際はダーマ王国のことなどどうでもいい。サムエルには個人的な恨みを味わわせ、その後の自由の身になった妄想をアナスタシアは脳内で繰り広げていた。
そうこうしていると島の陸地に隊列を組んだサムエルの自警団が見えてきた。
「あれの数はおよそ1500。密偵のおかげで然るべき人数を用意できて良かったですな」
オアシス伯爵の言葉を受けてアナスタシアは疑問を呈した。
「それにしても7000もの兵を連れて来る必要はありまして?」
アナスタシアは自分のもう一つの目的、物取り、いや財の回収をするのにこちら側があまり大勢で仕掛けてしまうと、その一部始終を目撃されるのではないかと心配していた。
宰相トリスタンは明日、第二皇子ミカエルを筆頭に軍をここへ向かわせる。
しかし、その前日にアナスタシアが出撃すると聞いた第二皇子は彼女の身を案じて直ぐに手配できる兵をオアシス伯爵に送ったのだ。
──余計なことを……
「王族達もサムエルの寝返りは到底許せないようで」
オアシス伯爵はそう言って、碇を沈ませて大型船を固定するよう指示を出した。あとは小舟で島に上陸するだけだ。
マリウスとエポニーヌも船の甲板で海を眺めていた。
「どうしたの?」
エポニーヌが訊いてきた。
「これから戦だから、緊張しちゃって……エポニーヌはどう?」
「別に、魔法大会とそう変わらないでしょ?」
「何言ってんだよ!?人を殺すんだぞ?」
「戦争だもの。仕様がないわ」
マリウスはこれから始まる戦いに不安を募らせた。エポニーヌはそれを感じとりマリウスを元気づける。
「まぁあんたの気持ちもわからないではないけど、この大軍と向こうの兵力じゃ私達の出番はないかもね」
「そうなってくれることを祈るよ」
約30人乗れる小舟を100隻程出し、サムエルの島を目指す。
隊列を組んでいる自警団の後ろには固定型の大型弩砲、バリスタが設置されている。その射程の届かない所まで十分距離を取って、3000の兵を小舟に乗せたまま、待機させる。波に揺られながら隊列を整えるダーマ王国兵。
「ここまで接近できるとは……向こうに動きがないのは何故だ?」
オアシス伯爵は呟くように言った。それを受けてアナスタシアは答える。
「おそらく弓兵がいないだけのことでしょう」
無傷で上陸できることにアナスタシアは安堵していた。アナスタシアの両脇にはマリウスとエポニーヌがいる。アナスタシアは風魔法を使い、近くにいるオアシス伯爵の声を拡声させた。
「サムエル・フラーとそれに追随する者達に告げる。お前達は国家に対する反逆罪及び……」
罪状を言い渡し、出頭を命ずるが、返事はない。
その罪状を屋敷の一室からサムエルとベラスケスは聞いていた。
「大臣殺害の罪がないみたいですね?」
ベラスケスは嘲た口調で呟く。
「同然であろう?」
サムエルが鼻で笑いながら冷静に返した。
「それよりもあの女……」
サムエルは遠くの浜辺にいるアナスタシアを見て呟いた。
「振った代償はことの他、大きかったようですね」
「女というものは相変わらずわからんな」
そんな会話がなされているのを知らずオアシス伯爵はアナスタシアに目を向ける。罪状を伝え終え、あとはサムエルが出頭するだけなのだが、向こうにはそんな様子がない。
アナスタシアはオアシス伯爵に先を促す。
「……これより攻撃を開始する!」
オアシス伯爵は開戦の合図と同時に後ろへ下がり安全地帯である大型船に戻ろうとしたその時、矢の雨が襲ってきた。
「え?」
「はっ?」
「バカな!ここは射程範囲外の筈であろう!?」
大量に飛んでくる矢がオアシス伯爵目掛けて飛んできた。
「くっ!」
アナスタシアは襲ってくる矢の雨を第二階級火属性魔法で焼き尽くした。
その様子を隣で見ていたマリウスとエポニーヌもアナスタシアの魔法を真似て唱える。
「こんなところで……」
MPの温存のためこんな序盤で、しかも防御でこの魔法を使うことに躊躇ったアナスタシア。そのせいで何十人もの兵を失ってしまった。
技工士ニール特製のバリスタが列を成して並んでいる。1つのバリスタで矢を20本発射できる。バリスタに魔力を通すことで一斉に矢を発射する。その威力と射程距離は一般的なバリスタよりも長い。
矢を再びセットするのに時間はかかるが、それを奴隷にやらせた。
第二波を一斉に発射する。
またしても矢の雨が襲ってきた為アナスタシアはウィンドカッターを大量に唱え矢の威力を軽減させた。
軽減したとはいっても運が悪ければ絶命する者もいるが、さっきよりもMPを使わずに戦闘不能者もそこまで出さずにすんだ。他の兵士達は持っている盾を各々重ね合わせ上空へ掲げて防御の体勢に入った。外から見たら舟に蓋がされているように見えるだろう。ダーマ王国兵達は大量の矢を掻い潜りポルクロル島へと上陸する。
「お抱えの魔道師か。もう一度だけ矢を放ち、MPをなるべく消費させろ」
バリスタ付近にいるニールは自警団とその手伝いをしている奴隷達に命令した。
矢を3度放ち300人程を戦闘不能にすることができた。
波打ち際までやってきた兵士達は、不安定な小舟から飛び降り、安定した大地、とは言っても沈み混む砂浜に上陸する。
「行くぞ!」
「何だったんだよあの矢は……」
「だがもう陸地だ!」
上陸した兵士達は隊列を組む敵、サムエルの自警団達に向かって走ったが、再び矢の雨が襲う。
「くそっ!」
「ぐぁぁぁぁ!!」
盾で重症は防げたが腕や脚を負傷する者が後をたたなかった。周囲を呻き声が包む。
矢が飛んでこなくなると、兵士達は目の前を覆っていた盾を外し、ようやく前進しようと意気込んだが、自警団の騎兵達が襲いかかる。
「ぐぁ!」
「うぐっ!」
約1000人で構成された騎兵隊がダーマ王国兵に攻撃を仕掛ける。
その様子をサムエル達のいる屋敷の一室から眺めているフェルディナンが言った。
「すっげぇな!これじゃあ帝国の援軍を待たずにおわっちまいそうだ!」
「……」
フェルディナンが屋敷の中から外の様子を窺っては、はしゃいでいる。
敵兵を次々と倒す自警団達。しかし、数で利のあるダーマ王国兵が続々と上陸してくる。
「何をしているの!?商人の自警団ごときに!」
アナスタシアは兵士達を叱責する。向こうは騎兵、対するダーマ王国兵は歩兵のみ、それも足場の悪い砂浜だ。上陸するもなかなか前へ進めない。
そんなダーマ王国兵達をラハブは眺めている。
──そろそろだな
「騎兵隊は退却しろ!」
ラハブは命令した。
敵をほふっていた騎兵隊を下げ、隊列を整え直す。
その隙に敵兵は続々と上陸してきたが、またしても矢の雨が降り、矢が止まったかと思えば騎兵隊の突撃が掛かる。
しかし、先程までの勢いはない。上陸してきたダーマ王国兵士がさっきよりも多いからだ。そして自警団側にも犠牲者がでるようになった。
1回目の突撃よりも短い時間で騎兵隊に退却を命ずるラハブ。
そしてもう一度同じような流れで攻撃をしたが先程よりも更に勢いが失われていた。
この弓矢と騎兵隊による突撃によりかなりの敵を戦闘不能にすることができた。しかし、自警団の騎兵隊は開戦前に待機していたところよりも後方へと退却する。ダーマ王国兵達が波打ち際で隊列を整い始めたのだ。
ダーマ王国兵達、その数約1000は、砂浜から脱し、しっかりとした足場へと足を踏み入れようとしていた。
その時、地面が光りだす。
「あれは……」
ようやく砂浜へ上陸したアナスタシアは先頭を走り、サムエルの自警団達に迫るダーマ王国兵の足元が光っているのを呆然と見ていた。
すると、地面が爆発した。爆発により砂の柱がいくつも現れては地面に帰する。
先頭を走っていた1000人のダーマ王国兵が一瞬にして消し飛んだ。
上陸を済ませたマリウスはあれだけいた味方達が無惨にも肉片だけになってしまったのに恐怖を禁じ得ない。しかしそんな恐怖している暇もなく、再び自警団の騎兵達が砂浜にいるマリウス達目掛けて突撃してきた。
次々と一方的にやられるダーマ王国兵達。
アナスタシアは唇を噛んだ。




