その123
~ハルが異世界召喚されてから1日目~
ハルは両腕と両足に痛みを感じた。恐る恐る確認すると。そこにはいつもと同じように右手、左手そして左足、右足がついていた。
──早く死ねることの喜び……
ハルは膝から崩れ落ちた。
戻ったばかりの両腕で自分を抱き締めるようにして身を包んだ。
目から涙が零れ落ちる。
「オイ!」
「お前!ここらへんの人間じゃねぇな?痛い目に合いたくないなら金だしな!」
縮こまりガタガタと身体が震えているハルを不良二人はからかい、蹴りをいれた。
一通り蹴り終わると、不良の二人はハルの着ている服を剥ぎ出した。
ハルはただ震えているだけだった。
ジャケットとズボンを脱がされたハルはまだ縮こまった状態でガタガタと震えている。
眼を閉じるとあのときの恐怖が襲ってくる。痛みも鮮明に覚えている。その度にビクリと身体が大きく動いた。
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日が沈みかけてまだ間もない時、エレインはターゲットとなるルナ・エクステリアが通る路地裏へと向かった。
軽やかに屋根から屋根へと移動する。
目的地へ着き、下へ降り立とうとしたが、そこには、下着姿でうずくまっている少年がいた。
「ん~邪魔ねぇ……」
考え込むように腕を組むエレインだが、
「あら?」
エレインは疑問を抱く。
それはうずくまっている少年のレベルが40で第五階級魔法を習得しているからだ。
少年の元に近付くエレイン。
うずくまってる少年の頭を掴み、無理矢理目を見つめた。
少年は恐怖に慄いている。
「フフフ…これを乗り越えたらまた会いましょう?」
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ルナは暗い路地裏を歩いている。
闇の奥から何やら話し声が聞こえた。
恐る恐る近寄るルナ。
そこにいたのは下着姿の少年と紫色のドレスを着た女性だ。
ルナはその横を通りすぎようとしたが、すれ違い様に首を切られ、絶命した。
~ハルが異世界召喚されて2年135日目~
波に揺られて吐き気をもよおす。
船内は薄暗く少しの揺れでも大きく動いているように感じてしまう。
フェルディナンは奴隷船に乗っていた。
──何故かって?これから奴隷として働く為だよ!!
フェルディナンは小さな村イエローストーンから飛び出し冒険者として成り上がることを心に決めていた。
彼の両親は小さい頃からフェルディナンを立派な農民にしようと育ててきたが、フェルディナンは言うことを聞かなかった。両親のようにみすぼらしく貴族やその使いにペコペコするような生活はしたくなかったのだ。というのが村を抜け出した1つの要因。だが、最も大きな要因がある。それはマリアンヌを探すためだ。
フェルディナンとマリアンヌは小さい頃から一緒に育ってきた。
仲が良く、将来を縛るのに何の拘束力も持たない小さい頃の大きな約束、結婚する契りを交わしていた。
これに関してはマリアンヌすら覚えていないかもしれない。しかしフェルディナンはその約束を胸に日々マリアンヌを守り農民生活を営んできた。
しかし、そんな生活が一変する。とある貴族によってマリアンヌは買われてしまったのだ。
マリアンヌの両親は良い人だった。しかし度重なる増税によりマリアンヌの家族カレーリナ家は生活が苦しくなっていた。
苦渋の決断だったが、マリアンヌ自身が貴族の元で奉公をしたいと申し出たのが両親の背中を押したようだ。
──そんなこと有り得ないのに……
最後の挨拶の際にフェルディナンに見せたあのやり場のない笑顔、マリアンヌは無理をすると必ずあの笑顔をつくって乗り越えようとする。
あの笑顔を見たとき、フェルディナンは心に決めた。彼女を救い出すと。
冒険者になって生計を立てながらマリアンヌの手掛かりを掴もうとしたフェルディナンは、見事その作戦の第一段階をクリアした。冒険者となり、一通り稼いで生活できるようにはなった。しかし、クエストだけで精一杯だった。毎日朝から夜遅くまで薬草探しや街の掃除等をしていたためマリアンヌの捜索まで手がまわらなかったのだ。
魔物の討伐クエストをすれば生活に多少余裕ができるのだが、戦闘の訓練は今までしたことがなかった。
帰って弓を軽く練習したぐらいだ。
そんなある日、フェルディナンに声をかけてきた冒険者がいた。その冒険者はちょうど後衛を探していたようで、たまたまフェルディナンが弓の練習をしていたところを目撃したそうだ。その冒険者の甘言に乗ったフェルディナンはさっそく、とある討伐クエストのパーティーに編成された。
──そこで何があったかって?俺も知りたいわ!!いつの間にかよぉ!眠らされてよぉ…気付けば檻の中で裸にされてて、俺が商品になって競り落とされたんだよ!一体いくらだ?いくらで俺を買ったんだ?
フェルディナンは側にいる、同じくこれから奴隷となる者に話しかけた。
その者はシクシク泣いていた。
船に揺られながら体育座りをして、顔を膝と膝の間に埋めるフェルディナン。
「はぁ~」
──あの時アイツラに騙されなければ!くそぉっ!!だがくよくよしてもしょうがない!隙があれば脱出しよう!
すると、奴隷商の護衛がフェルディナンを指差し、外へ出ろと促す。
フェルディナンは甲板へつれていかれ懐かしい陽の光を浴びた。1日中船内にいたので手でひさしを作り、目をしばしばさせた。
──船が止まっている……
外には島が見えた。島の中央へ目をやるとなだらかな山の頂上には立派な屋敷が建っている。
自慢ではないがフェルディナンは目だけは良い。
その島を目指して小舟に乗った。何人かで船を漕ぐ。フェルディナンも手伝おうとしたが奴隷商に止められる。
──これはあれだ!俺が商品だからだ!ここで体力消耗して血の気の悪い奴隷ということで返品させられないようにするやつだ!よぉーし!!
フェルディナンは奴隷商にバレないよう、しきりに身体を動かす。これから主人となる者と会う前に体力を消耗しようとした。
舟が島に到着する。陸地はなんだか賑やかだ。
「来い!」
ジャラりと音をたてて両手首に嵌められてる鎖が引っ張られる。ひさしを作っていた手が鎖に持っていかれた。眩しくて足元に視線をやるフェルディナン。太股を大きくあげて歩く。体力消耗作戦は継続していた。
陸地に足を踏み入れたとき、馬とそれに乗った者のかけ声が聞こえてきた。どうやら訓練をしているようだ。フェルディナンは何処へ奴隷として働かされるのか把握していなかった。
──普通は自分を買った主人とその場で取引するはずだが……
「こっちだ!ん?お前なんだその歩き方は?」
「砂浜に生き物がいたもので…ヘヘ」
ジャラリとまた鎖を引かれ、フェルディナンの言い訳に構わず、奴隷商は再び歩いた。
──よし!バレてない!ていうかそんなに引っ張んないでもちゃんと行くよ!!
やれやれと言った具合で奴隷商についていくと、そこにはひときわ体格が大きくドワーフのような髭を生やした男が立っていた。
「この方が今日からお前のご主人様だ!」
「……」
──で?
「挨拶しなさい!」
──あぁそれ待ちね!
「此度は私を買って頂きまして真にありがとうございます!農民での卑しい身ではありますが奴隷として精一杯働きます!」
何故だか声がいつもより大きく出た。
「ほぉ……」
髭の男は感心したような声を挙げた。
「競り落とした時よりも元気じゃないか!」
フェルディナンは気付いた。自分の体力消耗作戦のおかげで身体が暖まり、最高のパフォーマンスの為の準備運動として機能していたことに。
──作戦失敗だ!!
「勿論です。奴隷の体調管理には一際気をつけておりますから」
奴隷商がこれみよがしにすり寄る。
それを冷めた目でみるフェルディナン。
──はぁ……もっと無礼な挨拶にすべきだった……
フェルディナンは農民出身だが書物を一般の人よりも読んでいた。マリアンヌが本好きということもあり、自分も読んでみるとそこそこ面白かった。新しい本が町にきたら、それをマリアンヌと取り合っていたものだ。でも最後に譲るのはフェルディナンの方だった。マリアンヌもそれをきっとわかっていたのだと思う。
──おぉ~マリアンヌよ…君との日々がこんなところで役に立っているよ
マリアンヌとの思い出を懐古していると、これからフェルディナンの主人となる髭の男が奴隷商に金の入った袋を渡し、奴隷商は船に戻っていった。
──はぁ~あれは一体いくら入っていたのだろうか…俺はいくらで売られたのだろうか……
フェルディナンは髭の大男と二人きりになった。大男は近付きフェルディナンの鎖を外すと付いてくるように促した。
「私はサムエル、サムエル・フラーだ。今日は疲れただろうからゆっくりと休め」
「へ?」
奴隷と聞かされると、身を削って働くものだと思っていた。休めなんて言われたものだから、何とも腑抜けた声がでてしまった。
「明日から一生懸命働いてもらうつもりだから今日は休むのだ」
「はい!ご主人様!!」
奴隷用の小屋に案内される行きしなサムエルは自己紹介を軽くした。なんでもサムエルは自警団をもっている豪商のようで、ダーマ王国に直接、税を賜っているそうだ。その力は地方の貴族よりも強いらしい反面、貴族達からは良く思われていないようだ。
明日からの仕事は森の開拓や農耕、鉱山での荷運びや採掘、フェルディナンは農民出身の為、主に農耕に当てられるとのことだ。
小屋に着いた時、サムエルはフェルディナンに向き直った。
「ここがお前の家だ。ここには先にお前とほぼ同い年の少年もいる。仲良く…とまではいかなくてもよいが面倒事をおこすんじゃないぞ?」
「はぁ…承知しました」
サムエルは屋敷の方へと向かう。
サムエルの後ろ姿を見送ると、フェルディナンは溜め息をついた。
──先輩奴隷がいるってのか…しかも同年代の少年?面倒くさいな…でかい面されても嫌だし…とりあえず舐められないようにしよう!
ガラッと勢いよく戸を開いた。
「たのもー!今日からお前と奴隷生活を共にする者だ!宜しく頼むぜ!…あれ?」
藁じきの寝床に横になっている少年はボロボロの服を着ていた。こちらを見ようともせず寝ている。
「…おい!無視すんじゃねぇ!!」
「……」
フェルディナンは怒って、横になっている少年の肩に手を置いて揺すった。
「起きろってば!」
少年と眼が合う。
「うっ…」
フェルディナンは少年の眼を見たときに思い出した。
自分が奴隷として売られる時に何度も見た。何の希望を持てない眼を、生きているのに死んでいるような眼を。
フェルディナンは自分が奴隷になったことを再度認識した。
しかしそんな思いを消して、少年の手を無理矢理とり、握手する。
「宜しくな!」
少年のあの眼は変わらなかった。




