飛空艦
ロアード教国南方自治諸島群第2自治島…正式名称「シャリテ島」は、南北におよそ20キロ、東西におよそ5キロの細長い島だ。
真横からは山脈をひっくり返したように見えるその形はほとんどの浮遊島で共通の形状で、山に例えるならその中腹にあたる場所から、巨大な昆虫の羽のようなものが生えている。
これが浮遊島が空中に浮くための最大の機関で、島の中心部に存在する「魔核」と呼ばれる物体から生成される大量の魔素粒子をこの羽で大気中に放出することで、地面との斥力を得ているのだ。
島の中央には大きな街道が1本通っており、その街道の両脇に商店や住宅街が広がっている。そして街道の終端、島の北端にこのシャリテ島の中枢たるギルド本部が置かれている、というのがこの島の概要だ。
私がこの世界に来てから既に1週間。ようやく島の様子にも慣れてきた私に、自由飛行の許可が出たのはつい今朝のことだ。
朝日の差し込むギルド本部の龍舎にひょこっと顔を出した老人が、「今日からは事前通告ひとつで自由に飛んでいいぞ」と言ってきたのだ。
本当にその一言だけだったので信憑性に少々不安が残ったのだが、どうも本当だったらしい。
フィーが彼女の乗用龍…ソローを連れて私の元にやって来て、そのまま私を引っ張らんばかりに発着場へと連れて行ったのだ。
もうひとつ、嬉しいニュースがある。
毎回ギリギリの離着陸を繰り返す私を見かねた老人が、全長1キロ近い立派な滑走路をギルド本部裏の発着場に用意してくれたのだ。
わずか1週間でいったいどうやってこれほどの物をこしらえたのか、尋ねても老人の答えは「どうにかした」の一言だった。
フィーが言うには、おそらく生成魔術のひとつらしい。
この世界の魔術にはいくつかの大きな種類があって、現在確認されているのは、攻撃・防御・物理干渉の3種類。
物理干渉魔術は、魔素粒子を使って物理法則に干渉する、そういう技術の全般を指す言葉だ。
魔素粒子が発見されてせいぜい数十年。今までかなり深い領域まで研究は進んだが、魔素粒子が引き起こす未だに説明がつかない現象は多い。
そのひとつが、物理法則への干渉だ。
魔素粒子が発生させる魔力場の中では、発現者の意図次第で物理的な法則を捻じ曲げることができる。摩擦を完全にゼロにしたり、エネルギー保存や変換の効率を100パーセントにしたりと、到底通常ではありえない現象を引き起こすのだ。
魔力場の中で通用するのは、物理学ではなく量子力学、という認識は、今や科学者の共通認識となっている。というのは、ランドマンから聞いたことだ。
生成魔術は、そんな物理干渉魔術のひとつだ。
周囲の物体、例えば地面や、大気を構成する原子を変異させ、頭でイメージした通りの物体や構造物を生み出す。そういう魔術だ。
ただ、これほど大規模な物はフィーも見たことがないらしい。
魔術の行使には、当然ながら魔素粒子の存在が不可欠であるため、体内の魔素粒子含有量の低い生物や場所では、小規模な魔術を使うことしかできない。
私のために用意してくれたこの滑走路も、本来なら大人100人くらいは必要な魔術でないと、到底作れるものではないそうだ。
あのじいさん一体何者なんだ?
まあ、なにはともあれ、私が安心して離陸できるに変わりはない。
私を滑走路まで引っ張ってもらった後、フィーに先に離陸してもらって、エンジンスタート。
ジェット燃料というのは本質的にはガソリンと同じで、燃焼に空気との混合を前提とするのだが、ジェットエンジンとなるとその規模が違う。
ジェットエンジンは、燃焼室に高温・高圧の空気を送り込み、そこで燃料と混合させ点火、その燃焼ガスを推進力にするエンジンだが、その高圧空気を送り込むための圧縮機はタービンで動かし、そのタービンは補助動力装置で動かしてやらねばならないという大変複雑で面倒な構造のエンジンだ。
つまり、ジェットエンジンをスタートさせるには、何よりもまず補助動力装置という小型のエンジン、あるいはそれに準じる外部動力源が必要なわけだ。
もちろん私は、いつ十分な地上設備のない基地に展開されるか分からない軍用機であるという都合上、自分ひとりでエンジンをスタートさせられる補助動力装置を搭載している。
ということで、燃料と機内のバッテリー残量さえあれば、地上施設のない異世界でもうるさい事以外問題なし。
電気系の確認を済ませ、いよいよ補助動力装置の作動となる。
ちなみに余談だが、この補助動力装置の音はどうも掃除機に似ているらしい。音量は桁違いだそうだが…
補助動力装置がタービンファンを回し、空気を圧縮機へ。
圧縮機が空気を圧縮し、高温高圧化した空気が燃焼室へと送り込まれる。
スタートの前段階のプロセスを終たら、燃料タンクから燃焼室へ燃料が噴射され、点火。
甲高いエンジン音が、あたり一帯に響き渡った。
「キャノピー閉鎖よし。ブレーキ、フラップ、スラット稼働よし。兵装システムチェック…HUD点灯確認」
本日は身体を慣らすための遊覧飛行のつもりだが、万が一のために兵装も装備する。
機関砲、サイドワインダー、スパロー。基本的な制空戦闘装備だ。
「ガンスピンアップ。ミサイルシステムトラッキング。兵装及びカウンターメジャー異常なし」
そういえば私の武装や、燃料といった消耗品の自動補給も、生成魔術によるものだそうだ。
今はまだ、直接魔術を行使することができない私の代わりに、キャスがその役割を担っているに過ぎない。
いずれは私ひとりで魔術が使えるようになると、キャスは言っていた。
「グッドラダー、グッドフラップ、グッドスラット、ノーアラート。すべて異常なし」
まあ、だとしても私は直接そんな魔術みたいな不思議な力を使いたいとは思えない。
私はあくまで飛行機。空を飛べれば、それでいい。
「スロットルアップ。テイクオフ」
アフターバーナーが点火される。
エンジン排気にもう一度燃料を噴射して燃焼させるコイツは、燃焼効率を犠牲に離陸や急加速に必要な莫大な推力を私に付与する。
その推力を以て、私の身体は滑走路の上を滑り、空気を捉えた翼が揚力を得る。
総重量23トンの機体が、大空へ向かって飛び立った。
―――――
僚機確認、前方2キロ。方位0-1-0
―――――
(タリホー。右側面につける)
先に離陸して上空待機してもらっていたソローを確認し、巡航速度で追いついたら速度を落として編隊を組む。
キャスが言うには、ケツァル種は外部機関を使って相当頑張っても400キロちょいしか出ないらしく、亜音速、あるいは音速での飛行を前提とした私にとって若干厳しい速度だ。
だから、減速後はフラップを目一杯下げて揚力を確保しないと、少しでも気を抜いたら翼から空気が剥離して失速する。
なので、フィーと接近するためにこうして編隊を組むのはかなりヒヤヒヤものなのだ。
『鳥さん、聞こえる?』
『聞こえますよ、フィー。本日はどういったルートで?』
『とりあえず島をぐるっと一周しようかな。結界の外に出ちゃだめだよ』
『了解です。追従します』
この島の結界は、島の中心部から直径100キロの球状に形成されている。
島の心臓部、魔核を動力源に、巨大な視覚結界を形成しているらしい。私がここに来た時、雲と見間違えたのはこの結界だったという訳だ。
この結界は外部からの侵入者を欺くためのものであると同時に、ある種の検問所のような役割も果たしている。事前に登録された人間以外には、この結界は視覚的なものだけでなく物理的な障壁となって、侵入を防ぐという仕組みだ。
つまりこの結界を出ることはそういった保護の一切が無くなるという訳で、私がフィーと出会った時の彼女のように、黒竜のような敵性存在による襲撃を受けやすくなるということだ。
高度を下げるフィーに従って、島の“地下”に潜り込む。
浮遊島の上面はほとんど平らで起伏がなく街を創るのに適しているが、逆にその下面は山脈をひっくり返したように鋭く、凸凹な地形が広がっている。
浮遊島の揚力を生み出す羽はそこから生えているのだが、別に何もないという訳でもない。
山脈の、わずかになだらかな場所からはいくつもの建物が吊り下がるように並び、巨大な桟橋のような施設がそこかしこにあった。
その桟橋にあったのは、巨大な…飛行船だ。
いや、飛行船のようななにか、と言ったほうが正しいか。
細長い紡錘形の船体に、そのラインを隠す巨大な装甲板。船橋は私の知る飛行船とは違い船体上面に伸びていて、それに大型だ。艦上構造物という言い方で正しいだろう。
それにその環境を覆い尽くすような銃座に砲座。上部と下部両面のアレは、どう見ても30センチクラスの砲だろう。
戦艦だ。それも私の知る物とは遥かに違う体系の。
そんなものがいくつも、浮遊島下面の桟橋に係留してあった。
『フィー…アレは、なんですか』
『今日はね、あれを見せたくてここに来たんだ』
そう言うとフィーは、また少し高度を下げて、その艦艇群に接近する。
それに追随しようとして、そこでようやく自分が増速していたことに気づき、慌てて速度を落とす。
ダメだ。ああいうものを見ると無意識に回避運動をとりたくなる。私は別に実戦を経験した身でもないというのに。
よく見ると、この戦艦のような船以外にも、小型の艦艇や航空母艦のようにも見える船が並んでいる。元いた世界の艦艇に置き換えるなら、空母機動打撃群丸1個分の戦力だ。
まさか、こんなものが異世界にあったとは…
『あれは飛空艦という』
と、割り込んできたのは、あの老人の声だ。
『また、フィーの念話を借りてるんですか』
『その通りだ、察しが良いな』
こちらとしては、そうホイホイ話し相手が換わると少し混乱するのでやめてほしい。
それでもここに来てから1週間、毎日のようにフィーと雑談しつつ念話の練習をしていたので、お互い問題なく念話ができるようにはなったのだが。
『どういう仕組みなんです?それ』
『ふむ…念話というのはそもそも、思念を送る回線を魔素粒子の魔力場で形成する魔術だ。つまりこの場合、フィーには念話の回線をつないでもらって、その回線の接続先を私と君に変更してもらっているという訳だ』
『そんなの自分でやりゃあ…』
『誰にでもできるものではないんだよ。念話というのは一種の才能でね』
特に歳を取るとな…と老人は言いながら続ける。
『さて、話を戻すか。あれは、飛空艦という乗り物だ』
『はぁ…』
『飛行原理は浮遊島と同じだ。魔素粒子発生器から発振器を通して粒子を放出することで浮いている。船底に羽が生えているのが見えるか?』
『あ、本当だ』
言われてみれば、飛空艦下部の砲塔の隙間から、何対もの羽が生えている。
スケールこそ違うが、確かに形は浮遊島のそれとそっくりだ。
『あれが発振器だ。あの推進機のおかげで、通常機関では浮かせないような巨大構造物もああして空に浮かべることができる』
『なるほど……ところで』
ひとつ聞きたいことがあるのですが、と前置きをしてから思い切って聞く。
『あの船、私には武装しているように見えるんですが、気の所為ですか?』
『ご名答、重武装だ』
『……何故です?』
聞くと、老人は突然重苦しい雰囲気を醸し出す。
思念を送り出すという性質上、念話はある程度“感情”も同時に送信する。話し手の心も、多少は伝わってくるのだ。
『……元々ウチにはあんな武装した飛空艇なんかなかった、せいぜい小型の連絡艇程度だ。…だがヴァルギウスが来て、全部変わった』
『ヴァルギウス…あの領主ですか』
『そうだ。ヤツは、自分の支配力を他の貴族たちに見せつけるため、私設の軍隊をこの島に駐留させた。まあそれも昔の話だ。今はすっかり地位も低くなって、もう私兵たちを島に駐留させるだけの余裕もなくなったんだろう。旧式で役に立たない船だけ置いて、自分たちは本島に帰っていった』
以来、あの艦艇は一応はこの島の所有物となったが、半年に1度の遠征猟…定期的に移動する黒竜の群れを狩る大規模な猟の支援以外には使われていない。
万が一のため、武装は遠隔的に封印されているらしい。本島の許可が無ければ砲塔を旋回させることもできない。
『じゃあ…』
『ああ。騎龍の移動手段に使える揚陸艦以外は、ほとんどお飾りだ。というか、ヴァルギウスからすれば、粗大ごみを捨てていった感覚なんだろう。捨てられたコッチはたまったもんじゃないが…』
使わなくなった装備を、武器をロックしたうえで、植民地に捨てていく。どこの世界でもやることは同じか。
『ロックの解除とかは?』
『試したさ。だが連中、こういう所だけ勤勉らしくてな。結構複雑な魔術回路で遠隔封印されている』
戦後、イスラエル軍は不足していた装甲戦力の補充のため、アメリカから大量のシャーマン戦車を輸入した。
もちろん名目は工業用スクラップだから、アメリカも輸出前に砲塔の取り外しや砲閉鎖機の破壊等軍事転用を防ぐ措置をしていたらしいが、イスラエルは砲の換装や修理でこれに対応し、今のスーパーシャーマンシリーズがある。
その要領で行けるかと思っての質問だったが、ダメだったようだ。魔術となると、私には手も足も出せない。
(キャス、あれどうにかできる?)
―――――
現物を見ない限りは、断定不能。
―――――
(やっぱそうか…)
『そうだ、一度見学してみるか?あの飛空艦』
『…ひぇ?』
『アンタの知識がありゃ、どうにかなるものかもしれん。一度見てほしいんだ』
『い、いや私この大きさですけど⁉』
『それについてはランドマンがどうにかしてくれる。気が向いたらランドマンの所に立ち寄ってくれ、見せたいものがあるそうだ』
うわ…いやな予感しかない。
『き、気が向いたら……行きます』
『おう、待ってるぞ』
ランドマン、の名前が出てきただけで行く気が失せる。
別にもうナニカサレタ訳でもないけれど…正直あの類の人間は苦手だ。
まあ自分もそういう類の人間に生み出された身ではあるのだけれど。
『フィー、もう一周したら帰りますね』
『りょうかーい。私はまだしばらく飛んでるよ』
技術者というのはどうも…もう少し良いイメージを持たせてはくれないのだろうか……
そう思いつつ、私はスロットルを上げ、ゆっくりと島の上空を旋回した。
着陸したそのままの勢いで、呼び鈴代わりにランドマンの研究室までエンジンを回したままタキシングしてやる。普通だったらヘッドセットを着けなくてはいけない音だ。いちおう、近くの人間の鼓膜を割らないように出力は落としてあったが。
案の定、倉庫みたいな研究室から喜々として飛び出てきたランドマンを目にし、エンジンをカットした。
「よく来てくれた!ちょうど見せたいものがあったんだ!」
「ええ、聞きましたよ。説明は、できれば今日中に終わらせてくださいね」
前回ランドマンの所に立ち寄った時は半日説明通しだった。まあ、あの時は私が聞きたいことがあったのもあるのだけれど、あれ以来ランドマンがしょっちゅう私のいる龍舎にやって来るのだ。ゆっくり休む暇もない。
休まなくても大丈夫な体だから大した問題でもないが。イメージ的にね?
「安心してくれたまえ。今回はあいつからも急かされてるでな、さっさと終わらせるよ。ああそのままでいい。私が持ってこよう」
そう言って研究室の中に戻っていったランドマンは、次に出てきた時、両手でサッカーボールサイズの球体を抱えていた。
「…?それは?」
「ランディニウム試製零式遠隔視覚端末。君が入れない場所にコイツを持っていけば、とりあえず視覚に関しては問題なくなる。封入された魔術式によって、コイツの視覚情報を君と共有することができるというわけで…まあつまり、コイツが君の2つめの目となるわけだ」
お、おう?
「詳しい原理を説明したいところだが…そうするとまた日が暮れるからな。実践してみた方が早い、ちょっと待ってくれ…」
そう言って、ランドマンは私を置いて彼の持つ球体を弄り始める。私を、置いてきぼりにして。被験者を置いて実験とかどうなんですかね、オイ。
「できたぞ」
「いやちょっ待っt…ファッ⁉」
次の瞬間、私の視界に飛び込んできたのは………紛れもない、私だ。
なんだこれ。
な ん だ こ れ ⁉
ていうかなんか視界も低いしちょっと不明瞭だし!
なんですかコレ⁉ねえちょっとぉ!
「やあ」
「ひゃあ⁉」
突然、“上から”ランドマンの声がした。
見上げてみれば、そこにはランドマンの無精髭?
「その様子だと、うまくいったようだな」
「な、なななんですかこれぁ⁉」
「だから言ったろう?君と視覚を共有できる機械だ。まあうまくいったのは分かったからそろそろ元に戻すか」
と、元の視界に戻る。
いきなり見えるものが変わったせいか、少し酔ったような気分だ。……いや、本当に酔った訳じゃないケド。機械だもの。
「はぁ……だいたい分かりました」
「うん、話が早い。コイツは、念話の原理を応用して、認識した視覚情報を君に送信する。それで、あたかも君がコイツになったかのようになる訳だ」
つまりUAVみたいなものか…
便利だろうけど、あの感覚はしばらく慣れそうにない。
「起動手順は?」
「魔素粒子の備蓄器が中に入っている。それを君か、他の誰かが任意で励起させればいい。通信の宛先設定は最初から君に設定してあるから心配ない」
「念話を再現したわけですか」
「そうなるな。念話に使う魔力場の持つ固有周波数…その解析データから、辛うじて念話を模倣できた。念話では思念を送り出すのを、コレでは視覚情報に置き換えたんだ」
割とすごい成果じゃないか。さっきあの老人も一種の才能で誰にでもできる訳じゃないと言っていた念話を再現するとは。
なかなか見くびれないな、この男。
しかしランドマンは、「だがな…」と表情を曇らせて俯く。
「なにか問題が?」
「本来の念話が持つ柔軟性がない。距離に制限もあるし、通信先の変更もできない。おまけにコイツ自身に自走能力もないし、粒子備蓄器の容量分しか稼働できない。問題だらけだな」
「まあ、それが試作機ってもんですよ」
私みたいにね。
ものづくりというのは失敗の連続で、だけどその失敗点からまた進歩していく。
試作機を作り、問題点を発見したら、その問題点を克服しつつ次の機体を作っていく。私のような飛行機だけはない。おおよそ全ての工業製品が辿るプロセスだ。
「でも念話を再現したのは功績ですよ」
「そう思ってくれると嬉しいよ。ゆくゆくはこれを応用した通信装置も作ってみたいんだ。課題は山積みだがね」
そういうランドマンの表情には、マッドサイエンティストのイメージは欠片もない。
自らの夢を追いかけ続ける、一人の研究者の顔だった。
昔を思い出す。
高いステルス性と高速巡航の並立。前例のない空軍の要求に、私の開発元は酷く苦労したらしい。
忘れもしない、何万回もシミュレーションとテストを繰り返した私が初めて空に飛んだあの時のこと。
開発チームの上げた歓声は、今でも私の無線レコーダーに深く刻み込まれている。
それを思い出したせいか、今目の前に居るランドマンが、さっきまでとは別人のように見えた。
「まあ、今の所はそんなもんだ。とりあえず実地で使ってみてくれ。要望をくれればこちらで可能な限り改修する」
「了解です。じゃあここに入れといて下さい」
と言って、私はウェポンベイの、本来サイドワインダーが収まっているスペースのハッチを開ける。着陸と同時に武装解除したので、今はウェポンベイの中は空だが、この大きさならミサイルを搭載していてもその隙間に押し込めそうだ。できれば専用のラックでもあれば助かるのだが…
改修の目途がついたらリクエストしよう。
「じゃあ、私はこれで。ありがとうございました」
「ああ、また会おう」
ランドマンがウェポンベイにラン…ランディ……なんとかを押し込むと、軽い挨拶をして彼は研究室に戻っていった。
と、突然コックピットのデジタル計器が灯る。
最初に表示されたのは、「Wep ad, Mk1 support UAV」の一文。今まで見たこともない表示だ。
その後、その文が表示されたパネルだけが、通常のテストパターンを経て火器情報画面を表示する。そこに表示されているのは、見慣れたコントロールパネルだ。ウェポンベイの搭載状況、機関砲の残弾、各種警告灯。とりあえず目立った異常は認められない。
ただ一点を除いて。
サイドワインダーの搭載される前方ウェポンベイ、通常はミサイルのシルエットが表示されるそこの左隅に、見たこともない丸いシルエットが表示されていた。
いやまさか…まさか、ね?
試しに、キャスに左のパイロンへサイドワインダーを生成してもらって、パイロンの電気回路経由でサイドワインダーの先端に搭載されている赤外線カメラの映像を確認する。
元々対空目標を追尾するためのものだ。至近距離での解像度はお世辞にも良いとは言えないが、それでも真っ暗なウェポンベイの中をぼんやり見ることくらいはできる。
見えてきたのは、私の腹の中にある、むき出しの構造材や配線。ここまではいい、問題はこの画面左、火器情報画面に表示された部分だが…
やっぱりそうだ。
そこにあるのはついさっきランドマンが押し込んだアレ。だがそれは、私の知らない位置にあるパイロンに固定されている。
間違いない。腐っても自分の体だ、パイロンの位置を間違えるなんてそんな冗談はない。となると、コイツは勝手に増設されたことになる。しかもついさっき。
そんなことができそうなのは……
(キャス、君か?)
―――――
肯定。収容スペース確保のため、専用パイロンをウェポンベイに増設しました。
―――――
こいつ……私の体を勝手に弄りやがって…
まあ困るものではないし、別にいいんだけど…ただ。
(次回があったら一声掛けてほしいな、あくまで私の体のことなんだから。FC系に負荷がかかったら洒落にもならないよ)
―――――
それは…申し訳ありません。
―――――
一応は、反省してるらしい。
ただ正直、キャスとの会話は声に出しての会話でもないただのデジタル信号のやりとりだ。人間のそれのように声のトーンで感情を読み取るなんてできないし、そもそもアレに感情なんてものがあるものかすら分からない。
ランドマンはスキルについて才能のようなものだと言っていたけど、少なくとも私は才能が自分に語りかけてくるという話は聞いたことがない。少なくとも私は。
いや、考えるのはよそう。この話は多分キリがない。
とにかく今はコレに慣れないと。今の所、誰かにこれを持ってもらって、そのうえで私がこれを媒体に見聞きする運用になるだろう。
ランドマンの言う通り、確かに自走能力は欲しいところだ。
ていうか、なんて呼ぼう…このボール球…
そのままだと長すぎるしなぁ。かといってUAVってのも…航空機でもないし。
…そういや、キャスが勝手にパイロン作った時はMk.1 support UAVとかいう表示だったな。たぶんキャスが便宜上設定したコードだろうけど…
うん、決めた。コイツはマークワンだ。異論は認めん。
さて、と。
名前も決めたことだし、早速どこかで使ってみたいな。結構慣れも必要だろうし…
そう思い、私は離陸のためエンジンを再スタートさせる。このまま地上でフィーの帰りを待つのもよかったが、せっかく燃料の心配をしなくていい体になったのだ。飛べるなら飛びたい。
安全点検を実施し、エンジンを吹かして滑走路に向かい、発信位置について加速を始める。
離陸と同時に起動した空対空レーダーが捉え、しかし表示の必要性無しと自動でシャットアウトされた、微弱な反応に気づかぬまま。
今回の注釈
>シャリテ島について
だいたい23区ぐらいの陸地が丸ごと浮いてる感覚かなあ?サイズのモデルは屋久島だったり。
>即席滑走路
異世界で現代航空機にピッタリな滑走路が作れるかって話なんですが…まあそこは魔法でなんとかするんでしょう(白目)。ちなみに長さは厚木基地が参考です。
>掃除機に似てるらしい
YFくんじゃないんですが、ようつべにF-22のエンジンスタートの動画があるんですよ。それが参考です。
本当にダ◯ソンの音します。
>飛空艦
飛行戦艦とかさ、ホラ。漢の浪漫じゃん。……ね?
>イスラエルのくだり
「書いてる途中でふと思いついたんだ。悪気はなかった」などと供述しており…
ブックマーク、ご感想ありがとうございます。