遭遇戦
お ま た せ し ま し た
今の今まで意識していなかったのだが、不思議なことに私の燃料と弾薬が減っていない。
この島に来るまでそれなりの距離を飛行し、その分燃料も消費しているはずなのだが、計器盤の残量表示は「Full」を示し続けている。
どうも不思議な力が私に働いているらしい。が、正直とても便利ではある。
ちなみに武装も似たような状況で、機関砲の残弾はもちろん、本来積んでいなかったサイドワインダーやスパローまでウェポンベイに満載。
というか、既に1回実戦を経験したのだからそれぐらい先に気づけよという話なのだが…どうも他のことに気を取られて今まで気にすることができなかった。
私にも人間臭さが出たということにさせてほしい。
だがまあ、朗報であることは確かだ。消耗品を消耗せずに済む機械のどれほど便利なことか。それはつまり、後方の兵站を気にする必要がなくなるということであり、私もそういうものを気にせず思い切り飛び回れるということで…
「悪い、アンタ今すぐ飛べるか⁉」
…そう、扉を蹴破るように乱暴に入ってきた老人の言葉に、少しばかり理解を拒否した思考が停止したのは、致し方のないことだと思いたい。
「…今、なんと?」
ようやく老人の発した言葉の意味が分かった私は、辛うじて音を発して聞き返す。
「今すぐ飛べるか、と聞いた。状況は後で説明する。とにかく今は、いったんこの島を離れてくれ」
息を切らしながらまくしたてる老人の手には、短剣と、それに刺し貫かれたままの大きなコウモリのような生き物があった。
…これは、マズイ。
人と積極的に触れ合う経験は途方もなく浅いが、これはひと目でヤバイ状況だと私の全警告システムが警報を鳴らしている。
「た、平らで長い直線道路があれば辛うじて…」
「なら大丈夫だ。この建物の裏に大型龍用の発着場がある。そこを使え」
「分かりました。…ああそれと、ここにある風で飛ぶ物は片付けてくださいね、ランドマン」
「では防風結界でも張っておくとしよう」
言うとランドマンは彼の作業机の周りに何かを書き込み始める。
ルーン文字にも見えるが…まあ、よくあるそういうヤツだろう。
「できたぞ」
「じゃあ、正面の扉を開けたら、建物から離れて下さい。あと、耳も塞いでおいて。鼓膜を破きますよ」
そうして全員が部屋から出ていったのを確認すると、私は最低限のプレフライトチェックを始める。 電気回路系は異常なし。燃料は例のごとく満タンで、武装は…
―――――
武装は貴機の判断によって、選択・生成が可能です。
―――――
え?なんだって?
―――――
搭載武装は、貴機の判断次第で自動的に変更が可能です。変更に関して貴機が判断を下せば、当システムが生成魔術の要領で自動的にウェポンベイの武装を変更します。
ただし、生成できる武装は貴機自身が過去に搭載を記録している物に限りますが。
―――――
なるほど…さすが、操縦補助を公言するだけある。ずいぶん便利じゃないか。
それじゃあ…
『鳥さーん!こっちは準備できたよー!』
『あ、了解です。じゃあ、そのまま念話で道案内をお願いします』
『はーい!』
フィーに念話で返事をしつつ、操縦補助システム(長いので今後はキャスと呼ぶことにした)に武装のオーダーをした。
―――――
本当にそれでよろしいのですか?
―――――
(構わないよ、それと、FCSを見張っておいてくれ。また私の制御を離れるかもしれない)
―――――
了解。
―――――
退避完了を確認。エンジンスタート。
ターボファンが唸りを上げ、室内の空気を喰らいつくすことで部屋の中に暴風が生まれる。
塵や埃がもの凄い勢いで室内を飛んでいるが、ランドマンが結界を張ったと言っていた彼の作業机だけはそこだけ別空間かのように静かだ。魔術というのも、存外侮れないらしい。
―――――
警告:未確認の動体反応。こちらに接近中。高度同じ、距離35000。接触まで推定10分。
―――――
(コンタクトと判断、マスターアームはオンに。タキシングを続行)
―――――
了解。
―――――
何か来る。
恐らくは老人を焦らせ、私にスクランブルを強要する程の面倒事のタネ。
だがキャスとのやり取りの間にもエンジンの回転数は上がり、ブレーキを解除した私のランディングギアは地面を滑り出した。
『…これで聞こえるか?私だ。今はフィーの念話の流れを借りて話している。中庭を抜けたら、さっき入ってきたのとは反対側の門から出ろ。そうすれば目の前が発着場だ』
『了解です』
動翼の動作確認をしつつ、私はゆっくりとランドマンの研究室を出た。
幸いなことに、さっきまで中庭に居た人たちは、フィーたちが退避させたのか今は人っ子一人いない。
エアインテークの吸気で人間を丸ごと飲み込む危険のある私にとっては、大変好都合だ。
問題は、その発着場とやらが私が離陸できる程距離があるかどうかなのだが…
―――――
警告:裏門手前に動体2。
―――――
『クソッ…!遅かったか…』
キャスの警告と老人の舌打ちは同時であった。
裏門から人影が飛び出す。
一方は、派手な衣装を身にまとった小柄な男。もう一方は、腰の剣に手を伸ばした長身の無骨な男だ。
まあ、老人の舌打ちと同時に現れたんだから、味方ではないだろう。
だが困ったことに、しっかり出口を塞がれてしまっている。
押し通ることもまあできなくはないだろうが、それでどいてくれなかったら人肉ハンバーグの出来上がりである。無論、私としてはそんなことは絶対にしたくない。
では、どうするか。
答えは単純。ちょいと驚かせてやればいい。
そうして私は、キャスに向けて短く告げた。
(エンゲージ)
―――――
了解。
―――――
使い魔を放ち、生意気な田舎島の旅団長の独り言を盗み聞きしたまではよかった。
問題は、彼が言っていた「異世界からの客」が、予想を遥かに超えるデカブツで、信じられない程の威圧感を放っていたことだった。
「な、なな、なんだぁ…あああ、あれは」
聞いたこともない音量で唸りを上げるその怪物を前に、自分のボスであるバンクラフト子爵はすっかり腰が抜けて尻もちをついている。
だから最初から自分に任せておけばいいものを…調子に乗って自分から出てくるからこうなる。
正直、自分も一刻も早くここから離れるべきだと直感しているのだが、真横の小男の部下である以上、勝手に離れる訳にはいかない。コイツの指示か、あるいは最終手段だがコイツを抱えねば逃げようにも逃げられぬ。
さて、さっさと逃げると言ってくれれば…
「え、ええい!が、ガルム‼あの怪物を退治せい‼」
……畜生。
現れて早々に尻もちをついた小男が、傍らの男に何かを叫ぶ。
剣を引き抜いた男の反応を見るに、どうもここから退散する気はないらしい。…正確には、小男にその気はないらしい。
なにせ剣を持つ男の顔と言ったら…!ガンカメラを望遠する必要もないほどの盛大なしかめっ面である。
上司の命令に逆らえないのは、この世界でも同じらしい。
剣を抜いたはいいが、正直、あれを剣1本でどうこうできるとは到底思えない。
あれがどういう物なのか分からないが、退治しろと言われてしまったのだ。一応それらしいことはせねばなるまい。
そう判断し、必死に嫌がる身体に鞭打って1歩踏み出した、その瞬間であった。
―殺気。
それもおおよそ生き物の放つものではない、無機質で冷淡なそれが身体を突き抜けた。
これは…マズイ。
今までいくつもの修羅場を潜り抜け、鍛え上げられた直感が本気で退避を命令している。逃げなければならない。可及的、速やかに。
「子爵‼逃げ…」
逃げろ、と言い切らぬ内に、彼は視界の端に、炎の閃光を見た気がした。
トリガー。
私の進路を塞ぐ目標に、しっかりと、自分の意思で、私はこの世界に来てから3度目の射撃を開始する。
甲高いエンジン音を更に上回る凄まじい大音響が、中庭に響いた。
派手なマズルフラッシュと硝煙で視界が霞む。
しかし、目の前の彼らが機関砲弾に消し飛ばされることはない。
空砲だ。
訓練用に弾頭を取り外され、通常よりも派手めにマズルフラッシュと硝煙の出る空包を、予め装填しておいたのだ。
だが…撃たれた側は、さぞ怖かったろう。
「ひッ…ひい‼」
思った通り、座り込んでいた小男は途中で何度もつまずきながら逃げ去る。それに一拍遅れて、長身の方も剣を収めて後を追う。
―――――
目標、安全域まで退避。前進するなら、今かと。
―――――
(じゃあ、行きますか)
こんな状況なのに、飛ぶとなるとどうしてもこの高揚感を抑えられない。
やはり飛行機の居場所は空なのだ。地上の、狭苦しい博物館の展示室でも、野原でも、異世界の研究室でもない。
(発着場…あれか)
―――――
確認:直線に500メートル。危険レベルの凹凸無し。
―――――
(…一応行けるか)
老人の言った通り、裏門を出るとすぐ、私が最初に降りてきたのと同じような石造りの埠頭のような者があった。
距離に関しては、まあ問題ないだろう。たとえ離陸しきれなくても、下は何もない空中だ。滑空するうちに速度は出る。
路面の凹凸だけが不安要素だが…キャスを信用しよう。
(このまま離陸する)
―――――
了解。敵影無し。クリアー・トゥ・テイクオフ。
―――――
(ウィルコ)
誘導マーカーが無いので完全に適当だが、とりあえずの発信位置でスタンバイ。
離陸前の最終点検を終え、いよいよスロットルを上げる。
アフターバーナーの点火と同時に、今までとは比べ物にならない轟音が辺り一帯に響き渡った。大推力に押され、機体が一気に加速する。
一瞬で時速300キロにまで加速した機体がふわり、と宙に浮かぶ。埠頭の終端を飛び出したのは、その直後だった。
ギア・アップ。
ランディングギアをしまい込み、エンジン出力はそのまま、離陸の勢いをそのままに急上昇した。
ああ、この感じだ。翼で空気を捉え、風を切って昇っていくこの感覚。これだから空というのはたまらない。
まあ、残念ながら今はあまり空を楽しめないのだが。
『さて、そろそろ状況説明が欲しいところですよ』
『ああ…まずは謝らせてほしい。アンタの存在が領主に知られた』
そんなところだろうとは思っていたが。
『…対策を講じていたはずでは?』
『研究室にはな。だが連中の使い魔に盗聴されていた』
『使い魔?』
『飼いならした魔獣のことだ。こういう事によく使われる』
『…なるほど』
この世界も、どうやらあまりのんびり暮らせそうにない。
『ん?ということは…』
『そう、さっきアンタが蹴散らしたのが、此処の領主だ』
…あ、マズイ。
さっき、思いっきり撃ってきちゃった。空包だったけど。
『ど、どうしましょう…』
『あれは正当防衛だ。それに領主本人がノコノコ出てくる方が悪い』
『そりゃあ、そうでしょうけど…ん?ところで、今何処に居るんです?』
『ギルドの中だ。一応いつでも手出しできるように見守ってはいたぞ』
『…できればさっさと助けてほしかったです』
『まさかあれほど早くに領主が出てくるとは思わなかったんだ。すまない』
『はぁ…』
こんにゃろう、帰ったらお前にも空包撃ってやる。
と、心中で毒づいたのは当面内緒だ。
それよりも。
(キャス、レーダーコンタクト)
―――――
機数2、高度変わらず。速度200km/h。接触まで5分。
―――――
速度200か…となると。
フィーが乗っていたドラゴンと、だいたい同じ速度だな。
『接近中の物体があります。速度からして、恐らくフィーが乗っていたのと同じかと』
『ケツァル種のことだな。乗用に使われる種だ。今出ている龍はウチには居ない。こちらに接近するものなら、恐らく領主の部下だ。……というか、そんなことが分かるのか?』
『ええ、まあ』
『攻撃してくるようなら逃げるなり反撃するなり構わん。後のことはこちらでなんとかする』
『了解』
こちらからの先制攻撃は禁止、しかし攻撃を受けた際はウェポンズフリー、と。
楽な交戦規則で結構なことだ。
(キャス、接近中の機影をボギーに設定)
―――――
コピー。アプローチを?
―――――
(うん、接近して様子を見る)
機体を傾けて旋回。接近中の機影に進路をとる。
この島全体が、先程私のいた研究室にかけられていたのと同じ視覚結界というもので覆われているらしい。最初、私がここを巨大な積乱雲だと勘違いしたのも、実際はただの結界による錯覚だということだ。
その証拠に、こうして島から少し離れれば、もうそこに先程までの島はなく、巨大な雲があるばかりだ。本当によくできている。
さて、ここで問題です。
YF-23さんとボギー2つは16キロ離れています。今、YF-23さんは時速1000キロで、ボギーは時速200キロで向かいあわせに移動をはじめました。2人(?)がすれ違うのは何分後でしょう。
答え:割とすぐ。
相手をできるだけ刺激しないよう、少し距離をとってすれ違う。
やはりそうだ。フィーや島の人間が乗っていたのと同じドラゴン…ケツァル種と言っていたか、それが2匹、背中にバッチリ鎧をまとった人間を乗せて、自身も馬鎧のようなものを身に着けて飛行している。
領空侵犯対応の要領で近づくか…と思ったのもつかの間、こちらを視認したらしい2匹がこちらに向かってくる。と。
―――――
警告:エネルギー照射反応。回避を推奨
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(よく分からないがブレイクする!)
キャスの警告に従い、機体を傾けて回避運動を始めた直後。眩い光の線が、私がさっきまで居た空間を刺し貫いた。
私の表面をチリチリと焦がす熱量と歪んだ鐘の音のような怪音が、一拍遅れて私に届く。…あれは一体…!
―――――
報告:高濃度魔素粒子によるエネルギー投射。攻撃用魔術と推定。
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(厄介な…ッ!ボギーはバンディットと断定。エンゲージ!)
―――――
了解。FCS、ロック解除。ROE、ウェポンズフリーに上書き完了。
―――――
先に撃たれたのはコッチだ。撃ち落とされても、文句は言えまい。
ピッチを上げて急上昇。本来はステルスでこっそり近づきアウトレンジからミサイルで仕留めるのが定石だが、有視界まで接近してしまった以上格闘戦で仕留めるしかない。
逃げるのも手だが、このまま放っておいていい相手とも思えない。
ならまずは優位位置につかなければ。
敵機は急上昇した私の動きについて行けず、旋回して緩やかにこちらの高度に追いつこうとしている、が。
遅すぎる…!
上昇をやめ、今度は反転、急降下を始める。
ウェポンベイ開放。サイドワインダーを選択。
敵がこちらの意図に気付いて慌てて回避を始めようとした頃には、私のFCSは既に敵をロックオンしていた。
ターゲット、ロック。FOX2!
発射されたミサイルは、音速を超えて飛翔する。敵に適切な回避行動を取らせる間もなく。
仕込まれた誘導装置は正確に敵機を追い、弾頭の近接信管は、正確な距離で作動した。
閃光、そして轟音。
炸裂した弾頭の破片は、密集して飛行していた2匹の両方に突き刺さり、双方原型を留めぬ程バラバラになって墜落していった。
どうやら、この世界では空戦の技術はそれほど発達していないらしい。理不尽なまでの性能差もあるが…アグレッサーと対峙したときと比べれば、あまりにも柔らかい。交戦が始まってなお密集隊形とは、空軍の教官が見たら卒倒するだろうな。
『フィー、聞こえますか?』
『聞こえるよ。ちょっと待ってね、今師匠に換わるから…』
今更だけど、思念を魔力場に乗せて運ぶのが念話なら、そうホイホイ電話みたいに話し手を交換できるものなのか?…まあいいや、後で聞こう。
『換わったぞ。状況は』
『接近していたドラゴン2匹と接触。魔術と思しき攻撃を受けたため交戦。2匹を両方とも撃墜しました』
『…了解した。そいつらに何か特徴はあったか?外見とか…』
『ああ…強いて言うなら、ガッチリ鎧着てました。ドラゴンも、乗ってた人間も』
『分かった。戻ってきてくれ』
『了解』
そう答えてから、そういえば私は今、ドラゴンとそれに乗っていた人間たちの命を奪ったのだなと、今更ながらに感じた。
なんとか書き終えました、第6話。
今回はちゃんとバトルもさせましたよ。飛ばねえ飛行機はなんとやら、ってね。
ブックマークしてくれている方ありがとうございます!コメントもめっちゃ嬉しいです‼
と、いうことで今回の注釈を…
>サイドワインダーとスパロー
ミサイルの名前です。前者が赤外線誘導式のAIM-9で、後者がセミアクティブ・レーダーホーミング式のAIM-7です。YF-23への搭載記録?あるわけないでしょそんなもの。(詳細は次の注釈で)
>ウェポンベイ
ミサイルなどを機外に懸架するとそれがレーダー波を反射してステルス性が損なわれるため、それらを機内に格納するためのミニ武器庫。攻撃時はお腹の扉がパカッと開いて中からミサイルが(分かりやすい例がF-22)…というものなのですが、実はYF-23、先進戦術戦闘機計画において、試験機の条件に兵器搭載が必ずしも求められていなかったので、兵器搭載能力はあ り ま せ ん。
つまり、いまさらですが本作でのYF-23の武装は全部作者の妄想です。全部作者の妄想です(大事なことなのでry)。
>さてここで問題です。…答え:割とすぐ
ちゃんと解くのが面倒くさかった。どうしようもなく暇な時にでも解いてくだされ、私も答えは知りませぬ。
>ボギー、バンディット
私的には、接触した不明機がボギー。敵機と判断された場合バンディット、という感覚なんですが…ちゃんとした区別は知らぬ。教えて詳しい人。
>アグレッサー
演習などで敵役を務める部隊。「侵略者」という意味だったりする。日本だと派手なペイントのF-15が有名。
他に誤字脱字等あったら教えてくれると嬉しいです。