人気者の彼が私と付きあったのは罰ゲームだったようです。
6時間目終了のチャイムが鳴り、喧騒の中鞄に荷物を詰める。
ふと窓際を見れば、いつもは人に囲まれている鳳くんが珍しく一人で席に座っていた。これはチャンスだ。勇気をだして話しかける。
「あの……鳳くん、今日の帰りなんだけど、一緒に帰らない…?」
「ごめん、生徒会があるから無理かな」
「お、終わるまで待ってるよ?」
「いいよ別に」
「……そっか、じゃぁまた明日、ね」
「うん」
バイバイ、と別れの挨拶をするのもそこそこに、鞄の肩紐を握りしめ、早足で教室から出る。そのまま駆け足に廊下を駆け抜ければ、すれ違った担任の先生の「廊下は走るなよー」という声が後ろから追いかけてきたが、速度を緩めることはなかった。
……やっぱり今日も惨敗だった。
私、桜庭柚子と鳳蓮爾くんは、男女のお付き合い、というものをしている。
一ヶ月前に彼に校舎裏に呼び出しされて付き合おうといわれて、鳳くんが好きだった私は二つ返事でOKしてお付き合いしている……はずなんだけど。
鳳くんからのアプローチはほとんどなくて、ならば私がと一緒に帰ろうと誘っても断られるし、学校ではいつも仲のいい生徒会の誰かと喋っているから、引っ込み思案が出てしまって話しかけられない。
ならばと毎日メールを送っても帰ってくるのはそっけない短い文章で、電話なんて滅多にしないし、休日に出かけることもない。
手をつないだこともなければキスもしたことなく、恋人らしいことなんて何一つしたことない。
付き合った当初は、メールするだけでも嬉しかったのだけれど、さすがに一ヶ月も何も進展がないと不安になってきてしまう。
鳳くんがいる生徒会はみんな顔面偏差値というものが高く、この高校でも1,2を争うイケメン集団であり、派手なのだ。
加えてみんな頭がよく、生徒の間では生徒会メンバーは一種のカリスマであり、アイドル化している。
鳳くんは副会長というポジションでクールな性格に加え飄々としたところがいいと、年上のお姉さまに人気なタイプ。
比べて私は地味であまり口が得意でもなく、図書館が好きで静かに本を読んでるタイプ。女友達はそこそこいるが、男友達といえる人はあまりおらず、同じクラスで気軽に喋れるのは鳳くんの友人の一人であり、本の受付で喋る図書委員会の男の子ぐらいだ。
だから鳳くんを好きになってしまった時、この片思いは絶対実ることはないと諦めて眺めるだけだったので、鳳くんが告白してきてくれたときは夢かと疑ったぐらいだ。
しかし、本当に夢だったのかもしれない。
昇降口について、あがった息を整えるように肩で息をする。
目頭が熱くなってきて思わず指で押さえた。
こんな気持ちでは、家に帰ってもぐだぐだ考えてしまうだろう。図書館にいって気分転換でもしようと、方向転換した。
◇
「桜庭、もう閉館時間だけど」
急に自分の傍で声がして、空想の世界から意識が引き戻される。本から目線を外してみれば、すでに窓の外は赤く染まっていた。
「……三嶋くん」
目の前には、すでに帰り支度をすませている図書委員の三嶋くんがいた。
「ごめん、集中しすぎちゃった…ごめんね」
「別にいーって。それより遅いから気をつけて帰れよ」
あわてて持っていた本を棚に戻す為に席を立つ。
戻し終えると、図書室の入口の前で施錠の為にまっていた三嶋くんに駆け寄った。施錠すると、彼は職員室に向かうからと別れる。
私はそのまま一人で昇降口にむかう。
まだ鳳くんは残っているだろうか。
偶然を装って話しかけたら、一緒にかえってくれるだろうか。そんなことを考えたとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声は鳳くんと三嶋くんだ。きっと生徒会が終わった鳳くん達と、鍵を返しにいこうとした三嶋君が鉢合わせしたのだろう。
疚しいことなんてないのに、思わず下駄箱の影に隠れてしまった。二人は私に気づいてないのだろう、三嶋くんが声をあげる。
「鳳、お前桜庭と別れたワケ?今日もさっきまで一人で図書館いたぜ、あの子」
「……別れてないけど」
「じゃぁなんで一緒に帰らないんだよ、こんな時間女の子一人じゃ危ないだろ」
「……桜庭さんが今まで図書室にいたなんて知らなかったし」
「知らないって……お前なぁ」
頭のどこかで警鐘がなっている。これ以上聞くべきじゃないと。
あわててその場を離れようと踵を返そうとした途端、拾ってしまった会話。
「俺らとの罰ゲームで告白したにしてもさぁ、ちゃんとしろよ、お前」
「うるさいなぁ、三嶋には関係ないだろ。大体お前らのせいじゃないか、僕は桜庭さんに告白するつもりなんてなかったのに」
まるで鈍器で殴られたようだった。頭の中が真っ白になって、その言葉だけが反響する。
罰ゲーム、だったんだ。
罰ゲームのために嫌々私に告白したのだろう。
そうなら一ヶ月も恋人らしいことがなかったのも頷ける。
きっと必死にアプローチする私に、別れを切り出せなかったのだろう。クールと言われていても鳳くんは根がすごく優しいから。
そっか、メールがそっけなかったのも、毎回断られるのも、全部、全部。
そういえば、付き合おうとはいわれたけど、好きだとはいわれなかった。
馬鹿だなぁ、私。空気をよんで、断らなければいけなかったんだ。
それなのに勘違いして、罰ゲームなのに両想いだなんて錯覚してOKなんてしちゃうなんて、私ってほんと大馬鹿ものだ。
すぐにその場を離れなければと思うのに、足が鉛のように重くて動いてくれない。
カタリと音がして、反射的に顔をあげれば、そこにはしまった、という表情の三嶋くんと心底驚いている鳳くんがいた。
鳳くんが掠れた声で私の名前をよんで、思わず肩を震わせる。
「ごめ、聞くつもりはなかったんだけど…、その、」
震える声を押さえ込んで、口角をあげて笑顔を作る。
ちゃんと笑顔になっているだろうか。
私が話しかければ、鳳くんの顔がわずかに歪んだ。ずっとそんな顔をさせてしまっていたのだろうか。浮かれて気づかなかった自分に腹がたつ。
目頭が熱くなるのを堪えるように、声を張り上げる。
「ご、ごめんね、私勘違いしてたみたいで、…」
「あ、桜庭さん!?」
堪え切れなかった大粒の涙がぼろりと落ちる。
そのままボロボロこぼれてしまって、それ以上は言葉になることはなかった。みっともない自分をこれ以上見せたくなくて、私は上履きだということも忘れて無我夢中で駆け出して昇降口を飛び出した。
馬鹿みたいだ、好きな人に告白されたからって馬鹿みたいに浮かれて、柄にもなく積極的に動いてみたりして。彼は私なんか好きじゃなくて付き合うつもりなんてなかったという事実が痛烈に胸に突き刺さる。
息があがるほど本能のままに全速力で駆け抜けてついた先は、校舎の裏だった。よりにもよって、告白された場所にきてしまうなんて。
校舎の壁に背中を預けて、そのままずりずりとその場にへたりこんだ。
「ひ、う、…っ!」
掠れた声が喉の奥からこぼれ出る。声を殺そうと息をつめても、情けない声はどうしても抑えることが出来ない。スカートの裾をきつく握りしめ、ゴシゴシとカーディガンの裾で顔を拭う。
拭っても拭ってもこぼれてくる涙に、私はぬぐうことを諦めて、制服のポケットからケータイを取り出す。何度かスライドすれば、鳳くん専用になっていたメールフォルダが開いた。
彼と唯一した恋人らしい事はこのメールだけだった。
中をみれば「そう」とか、「わかった」とか、大体一言しか書かれてなかったが、毎日飽きもせずメールをしたのに、きちんと返事をくれたから、私も諦めきれずに送り続けてしまった。
どうせだったら、もっと冷たくしてくれればよかったのに。
スライドして、フォルダを削除の画面を開く。
どうせ自分からは何も出来ず、最初から諦めていた恋だったのだ。少しでも夢をみれたのだから、儲けものじゃないか。
一つ息を吐いて、フォルダを消した。
鳳くんのアドレスも消さなければ。残しておいたら未練がましくメールをおくってしまいそうだ。
鳳くんの電話帳をひらいて、削除を押す。
「本当に削除しますか?」という警告文と選択肢が出てくる。
これを消せば、もう夢はおわり。
一つ息を吐いて、そろりと『はい』を押そうと指をのばしたが、その指が画面に触れることはなかった。手首をいつの間にか目の前に来た鳳くんが握りしめていたからだ。驚いて涙も止まる。
走ってきたのだろう、肩を大きく上下に揺らしている。握られた手首から、熱い体温が伝わってきて思わず手を引いたが、がっしりと握られて叶わなかった。
「あ、あの、鳳くん…?離してくれない、かな…」
そういっても力は緩むことはなかった。
泣きはらした顔なんて見られたくないから、必死に振りほどこうとしたけどびくともしなくて、私は俯くことしかできなかった。
大体何故追いかけてきたのだろうか。放っておいてくれてよかったのに。勘違い女なんて、追いかけてもいいことないだろう。
しかし彼は、不機嫌そうに眉を寄せるだけだった。
「何で消すの」
「へ?」
「もうメール、送ってくれないの」
「だ、だって迷惑でしょ…?」
恋人だと思っていたから、毎日送っていたのだ。
特になんの内容もない、ただ日常を連ねたメールだった。今日あんなことがあって、こういうものが好きで…なんてメール、罰ゲーム相手から送られてもいい気はしないだろう。
「…迷惑なんかじゃ、ない」
「気を使わなくてもいい、よ。ごめんね、罰ゲームだったなんて知らなくて、両思いだなんて勘違いしちゃって」
「桜庭さん、話を、」
「一ヶ月、私の勘違いに付き合ってくれて、ありがとう。すごく楽しかった」
「桜庭さ、」
「もう教室で話しかけたりしないし、迷惑かけないから――」
「だから迷惑じゃないってば!」
彼が声を大きく荒げた。
思わず呆然としたまま彼を見上げれば、怒気を孕んだ表情で顔を歪めていた。
掴まれたままの腕をひかれて半ば無理やり立たされたと思ったら、次の瞬間には腕の中に押し込まれる。
「お、お、鳳くん!?」
抱きしめられている。
そう認識したとたんに顔に熱が走る。抜け出そうともがいてみても、彼の両手がきつく私の体に巻きついて隙間をあけることすら叶わなかった。
なんなのだろうか、これも罰ゲームなのだろうか。ワケがわからない。
「……いやだから」
「へ?」
「僕、絶対別れないから」
「はぁ?」
それ、多分フられる私がいうセリフだよね?
むしろ罰ゲームで早く別れたいんじゃないの?
「メールも毎日してくれないといやだし、話しかけてもらえないのもいやだからね」
「あの、鳳くん、」
恐る恐る顔をあげてみると、存外顔が近くて鼓動が早くなる。
鳳くんは真剣な表情をしていて、心臓がはちきれそうだ。こんなことをされたあらまた勘違いしちゃうじゃないか。
「でも、罰ゲームだった、んでしょ…?」
「…確かに、告白したのは罰ゲームだったけど。好きな子に告白するっていう罰ゲームだったんだ」
「………嘘」
「嘘じゃないよ」
「だって、何にも恋人らしいことなんて……!」
おさまった筈の涙が、またこぼれだした。止めどなく溢れて、頬を伝って顎から滴り落ちる。私を抱きしめる腕が、さらにきつくなった。
「本当は、ちゃんと順序を踏んで告白するつもりだったから、いきなり告白したのにOK貰うなんて思わなくて。怖がらせたくないし、どうしていいかわからなくて迷ってたら何日か経ってて、今更ぐいぐい行ったら引かれると思って何もできなかったんだ」
「……一緒に帰るのを断ったのは?」
「遅くなるのに、人気のない校舎でひとりで待ってるなんて危ないし」
ぽかん、と思わず目を見開いて、唇は開いてしまった。きっとものすごく間抜けな顔になっているのだろう。
――断ってたのって、私のため……?
てっきり一緒に帰りたくないのだと思ってたので、驚きのあまり鳳くんを凝視していると、彼が困ったように眉を下げた。
「不安にさせてごめん。桜庭さんのこと好きなので、これからもお付き合いしたいです」
真剣な瞳だった。嘘ではないのだろう、ほんの少し彼の頬が赤くなっていた。
その事実に、体から余計な力がふっと抜けて。
「……はい。よろしくお願いします。」
思わず真っ赤になってそう答えれば、痛いほどにぎゅうぎゅうときつく抱きしめられたのだった。
「鳳くん、その、そろそろ、」
しばらく抱き合っていたが、だんだん冷静になってくると恥ずかしさで沸騰しそうだった。顔を見られたくなくて彼の胸板に額をすりつける。
しかし途中で言葉はさえぎられてしまう。
「蓮爾」
「へ?」
「蓮爾ってよんで。僕も柚子って呼ぶから」
「いやあの、鳳くん」
「呼ばないと返事しないから」
「鳳くん、」
「……」
「れ、蓮爾くん、離して…っ」
「えー?」
そういうと不服そうにではあるが体が離れた。今私はりんごのように真っ赤なのだろう。
いたたまれなくなって、誤魔化すように涙の跡を服の裾でこすっていると、不意に鳳くんが声をあげた。
「柚子。これからはちゃんと僕からアプローチするね」
にこり、と嬉しそうに彼が笑う。
蓮爾くんのキャラなんだか今までと違ってない…!?
素っ気ないクールなキャラだったよね…!?
恥ずかしくて思わずまた薄っすら涙目になると、それをみた蓮爾くんの目が悪戯に細くなり、口元を吊り上げる。
「あ、その顔かわいい」
「へっ」
「さっきの泣き顔も可愛かったし……やっぱりいじめたくなるなぁその顔」
「!!!?」
実はいじめっ子体質の鳳君なので、繊細な彼女をいじめたい欲求を我慢してたらクールだと思われていただけ。