第17話 奇跡の力
「まさか……私たちが……また負けるなんて……」
血溜まりの中でユーリがゆっくりと口を開く。
私は左腕に最低限の治癒魔法をかけ、なんとか立ち上がってユーリを見下ろす。
「……近しい人間なら、斬れないと思ったの……?」
「貴様……」
「悠里ちゃん!?」
「彩はそんなに弱くない……少なくとも、あなたなんかに存在を渡してしまった私よりずっと強いわ……」
「悠里ちゃん、喋らないで!今手当てするから…!」
「彩もボロボロじゃない……私より先にあなたが助けてもらいなさい。下の階に仲間がいるんでしょう?」
「私より悠里ちゃんの方が先だよ!」
悠里ちゃんの横に座り込み、治癒魔法を試みる。
けれど「アヴァランチ・ブレイザー」で魔力を使い切ってしまったのか、どんなに力を込めても悠里ちゃんの傷は治らない。
「もう、いいわ……私よりも、彩が生き残らないと。そうでしょう?世界を救ったのはあなたなんだもの」
「世界を救えても悠里ちゃんを救えなきゃ意味が無いよ!」
「私が生きていれば、ユーリはこの世に残り続ける。そうすればまた、戦わなくちゃいけない時が来るかもしれないのよ…?」
悠里ちゃんのその言葉に、私はすぐに答えを出せなかった。
それが分かっていたから、私は悠里ちゃんをユーリごと倒そうとしたんだ。
「ね、だから私はこのままでいいの。彩が守りたかった世界に私が出来る、最後の事だから……」
悠里ちゃんの手が、私の頬を撫でる。
その手はもう冷たくなり始めてて、私はたまらず手を握る。
「彩の手は温かいわね……」
「悠里ちゃんの手も温かいよ、すっごく、温かい……」
「……そう、なら、よかっ……た……」
私の手から、悠里ちゃんの手が力なく滑り落ちる。
「悠里……ちゃん……?」
悠里ちゃんは答えてくれない。
「ねえ、起きてよ」
悠里ちゃんは目を覚まさない。
「う……うぅっ……うわぁぁぁぁぁぁ!」
ユーリという存在と一緒に、若草悠里は死んだ。
「どうして!どうして悠里ちゃんが死ななきゃならないの!?どうして悠里ちゃんを助けられないの!?」
泣いたって、叫んだって、悠里ちゃんは帰ってこない。そんなことは分かってるのに、私は泣くのも叫ぶのも止められない。
「友達一人助けられないで何が英雄の娘よ!私は…悠里ちゃんと一緒に過ごしたかっただけなのに!翼なんてなくたって……悠里ちゃんといれればそれでよかったのに!」
ツインタワーの屋上から、浜ノ宮の街に聞こえるくらいの声量で、私は思いっきり叫んだ。
「悠里ちゃんを、助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ー時が止まる音がしたー
私と悠里ちゃんを囲うようにして虹色の輪が現れ、視界の先に朧気ながら女の人の姿が浮かぶ。
「何……これ……」
『彩、あなたのこれまでの勇気と決意に敬意を』
「この声…ティア?」
『あなたはこれまで誰もが成しえなかった事を成し遂げた、その強さが、虹の翼に隠された最後の扉を開きました』
「最後の…扉…?」
『あなた達を囲う輪は「奇跡の輪」と言って、善なるものの願いを一つ叶える輪。今それが使えるのは彩、あなただけです』
「願いを…一つだけ…」
『あなたが何を望んでも、私にそれを止めることは出来ません。どうしますか?』
どんな願いでも一つ叶えてくれる、こんな言葉を聞いて人は何を願うんだろう。
何を望んでも、私の周りにある輪はそれを叶えてくれるという。
それを聞いて、今まで考えていた願いを変えてしまうこともあるだろう。
それでも、私は……
「私は……悠里ちゃんに生き返って欲しい」
そう願った。
『……この子が蘇れば、この子の中にいるユーリもまた別の場所で蘇り、いずれまた戦いが訪れる事になります。彩はそれでも……いいのですか』
「その時はまた、戦うよ。だってこの世界には私だけじゃなくて、パパやママ、隊長さんたちがいる。私たちがいる限り、この世界を滅ぼさせたりしないから」
それが果てしない戦いだとしても、人間はきっと勝つ。
滅びなんて運命は、書き換えられるはずだから。
『そうですか……やはりあなたは、強さと勇気を兼ね備えた立派な戦士ですね。ならば願いを叶えるとともに、私も最後の一仕事をしましょう』
「最後の……?」
『8つの翼の力を集め、この子の中にいるユーリという存在を翼ごと消し去ります。二度とユーリが目覚めないよう、そして、この世界に翼が必要なくなるように』
「それじゃ、ティアも……」
『お別れ、になります。けどあなたは強くなった。私や翼ががない世界でも、きっと色んなことに立ち向かえるでしょう、幸運を』
「うん。短い間だったけど、私と一緒に戦ってくれてありがとう。ティアがいなかったら、私はきっとここまで来れなかった」
『お礼を言うのはこちらの方です、彩。あなたは長い長い戦いの連鎖を終わらせてくれた、あなたこそ真の「英雄」です』
「それは言い過ぎだよ、私は英雄の子供ってだけ」
『ふふふ。…ああ、お別れの時間です』
「さよなら、エクスティア」
『さようなら、彩』
私と悠里ちゃんを囲う輪が虹色の光になって、私たちを包み込む。
すると、悠里ちゃんの胸の辺りから黒い塊が浮き上がって、それを私の背から伸びた腕がしっかりと握りしめる。
背中から何かが抜けていく感覚と共に、虹色の光が空いっぱいに広がっていく。
私の斬り落とされた左腕はいつの間にか元に戻っていて、悠里ちゃんの傷もどんどん癒えていく。
「…………ぅ」
「悠里ちゃん!!!」
固く閉じていた悠里ちゃんの瞼が少しだけ開く。
それだけで、私は涙を浮かべてしまう。
「私……生きて……」
「うん!生きてる!生きてるよ!!」
悠里ちゃんをぎゅっと抱きしめ、私は何度も頷く。
虹色の光の中で、私は悠里ちゃんの温もりをずっと感じていた。
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ゼロとの戦いを終え、少し時間が経った頃。
異様な圧迫感があった最上階から重い気配が消えた。
「この感じは……」
「彩が何かしたのかしら」
「行ってみよう、最悪の事態は免れていると思うけど」
消えたのは重い気配だけだから、彩が死んだなんてことはないと思いたい。隣を走る由乃も同じ気持ちなのか、自然と脚が速くなる。
屋上へ辿り着いた僕たちの視界に、不思議な光景が入ってきた。
虹色の光と、その中心にいる2人の人影、そして禍々しいほど黒い塊と、それを掴む腕。
「何だ…何が起こってる……?」
次の瞬間、塊を掴んだまま、光が人の形を成していく。
女性のような輪郭を成したそれは、光の中にいる人影と会話をしているようだ。
ほどなくして、光は空一杯に広がり、黒い塊とともに霧散していく。
『終わったな、長きに渡る戦いが』
「エクス……」
『姉上と共に、貴様の娘は奇跡を起こした。この世界から遂に使徒らが消え失せた』
「僕にさえ出来なかったことを、彩は成し遂げたのか」
『無論、18年前の貴様の戦いが無ければこの結果にはなっていない。そこは胸を張れ、英雄』
「エクスに英雄って言われるとなんかこそばゆいな」
『ふん、最後の時だ。褒めても罰は当たるまい』
「エクスも消えるんだね」
『我だけでない、この世に残る7色全ての翼が役目を終えて消える。もうこの世界で戦う必要はない』
「長い間お疲れ様、エクス」
『貴様も最後の使い手として申し分ない活躍だった。この世に残る、全ての命に幸あらんことを』
僕の背中から、青い光が空へと伸びていく。
隣の由乃からは赤い光が、そしてタワーの階下から紫・藍・橙・黄・緑の5色の光が同じように空へと伸びて、先に広がっていた虹色の光と共に二重の虹を浜ノ宮の空に架けた。