第15話 最後の戦い Side 悠&由乃
白と黒の翼には、特殊な使い方がある。
一つが「能力のかけ合わせ」、これは各色の特性を合わせて使うことで単色では出せない能力を発揮するもの。
そしてもう一つが…
「はっ!!」
「んぐっ!」
今、ゼロが使ったような「能力特化」だ。
「赤」の能力が乗った一撃をまともに受け、僕は大きく吹き飛んでしまう。
各翼の能力を持っているいうことは、単色の翼として使うこともできるということで…
「7色の力を全部使えるなんて、チートもいいところじゃないか?」
「最初にかけ合わせを披露したのはキミだろう?」
ゼロの翼に紫色の波紋が広がる。
「紫の翼」は特殊攻撃に長け、隊長が使えば一騎当千という程の能力を発揮する翼だ。
いくらゼロでも隊長程の使い方は出来ないだろうが、油断は禁物だ。
「ふっ……」
僕は「蒼天の翼」で一気に後ろへ飛翔する。
その瞬間、幾重にも分身したゼロが僕を取り囲んだ。
「!?」
「キミのその機動力も、数で囲んでしまえば優位性は失われる!それに…」
「先輩!!」
「こうしてキミを中心に置けば、紅蓮の翼は同士討ちを嫌って砲撃が撃てなくなる!」
隊長とは違う特殊能力の使い方、剣技でなく自らの動きに特殊能力を与えることで相手を撹乱するなんて
「全く、どれだけ経っても変わらない厄介さだな、ゼロ!!」
ゼロの分身から繰り出される斬撃を避けながら、僕は由乃に合図を送る。
常に動いて分身による包囲を解かないようにするゼロ。対する僕は「蒼天の翼」での飛翔を止め、翼の色を緑に変えてビットを放つ。
砲身から魔力の刃を伸ばしたビットに、紫の翼でとある能力を付与させ、それらを僕の周りを飛び続ける分身達に突撃させる。
「そんな小さいのでどうにかなると?」
「なるんだな」
ビットの突撃を受けた分身達の動きが止まる。全ての分身にビットを当て終えた僕は一気に上に飛び上がり、残された分身達は由乃の砲撃が一瞬で消し去る。
「なるほど、紫の能力で麻痺を付与させたんだね?」
「確かに特化は強い。だけどそれも本来の持ち主の能力を再現出来る訳じゃない。なら掛け合わせを有効に使った方が戦いやすい、それだけさ」
先ほどの膠着状態が終わり、僕と由乃そしてゼロとの間に距離が生まれる。
僕は両手に剣を、由乃は大和を構えてゼロの様子を窺う。
「くくくくく、ははははは!!」
「何がおかしい?」
突然笑い出したゼロには面食らったが、剣を握る力を緩めることなく聞き返す。
「やっぱりキミはおもしろい、さすがは一度ボクを倒した人間なだけある。だけどね悠、キミも知らない能力がこの翼にはあるんだよ」
「知らない…能力?」
それを聞いて、ピンとくるものは何もない。そもそも黒と白の翼は7色の翼を束ねたもののはず。かけ合わせと特化以外に一体何の能力があると……
「分からないって顔だね、悠。なら見せてあげよう、しっかりとその目に焼き付けるといい、これが黒の翼の真の力、ボクの真の姿さ!」
ゼロは背の翼を全開に広げ、そして翼で自分自身を包み込む。
一見球の様に見える形状に変わったゼロ、だが変化はすぐに訪れた。
不思議な模様が球体を走り、紫色の光を発しながら球体が解けていく。
そこから現れたゼロは、僕らの知っているゼロではなかった。
「これが『暗黒の翼』、全てを黒に塗り潰し無に帰す翼」
「『暗黒の翼』……」
ゼロの全身は黒い闇に包まれ、その姿は人の形をしたゆらぎとしか認められない。その見た目に怖気すら走るが、ここで退くわけには行かない。
両手の剣を上段と下段に構え、僕は翼を『白銀の翼』に変える。
「さあ、始めようか。いや、終わらせようか。この長きに渡る滅びへの旅を」
ゼロの手のひらから、黒い砲撃が放たれる。
直線的な軌道ゆえ、横に飛んでそれを避けるが、驚くべきはその砲撃が当たった場所の変化だった。
「当たった所が黒くなってる……?」
「言っただろう、全てを黒に塗り潰すと。ボクの攻撃が当たった所は建物だろうが地形だろうがその色を黒に変え、そこにあるものは『無』になる。うっかり踏み外して無に落ちないように気をつけなね」
「…ご忠告どうも……!」
長期戦は不利、そう悟った僕と由乃は一気に勝負を決めるため攻勢を強める。
だが、そのどれもが当たるのに通る感じがしない。まるで虚無を斬っているような、そんな感覚が走る。
「今のボクには身体という概念がない。いわば魔力のゆらぎのようなものさ。そんなものに斬撃は通らないよ?」
ゼロの言う通り、僕の斬撃よりも由乃の砲撃の方がまだダメージがあるように見える。
「だったら、あたしが倒せばいいだけです!!!」
由乃がまだ無になっていない床で踏ん張り、「大和」から特大の砲撃を放つ。
「そう、確かにその通りだ。だけど少し遅い」
砲撃の周囲をバレルロールで抜けたゼロは、手に持つ剣で「大和」の砲身を真っ二つに斬りおとす。
「こうして大和さえ封じてしまえばキミに戦う力はほとんど残されなくなる、終わりだよ『紅蓮の翼』」
砲身の爆発に巻き込まれた由乃は腕に火傷を負いながらも、魔法陣を展開してゼロを近づけさせない。
僕は広間の外周に沿って飛び、由乃を回収して着地する。
「ごめんね先輩、大和が…」
「いや、大丈夫だよ。でも、この状況は……」
僕らの置かれた状況は最悪だった。
そもそもゼロに剣戟の類は通用しない。逆にこちらの最大砲撃は失われた。そして……
「もうキミたちには逃げる場所も少なくなって来ただろう?」
ゼロは僕らとの戦いの中でもご丁寧に広間への攻撃を忘れなかった。
そのため床のほとんどが黒く無になってしまっている。
「『紅蓮の翼』を抱えたまま飛んで戦えるほどボクを甘く見てはいないだろうし、かと言って見捨てることも出来ない。だから……これが最後だよ」
ゼロの掌に真っ黒な魔力が集まっていく。
その色と強大な圧力は否応なく僕らに「終わり」を実感させてくる。
「怖いですか?」
僕の隣に立つ由乃が問いかける。由乃も怖いのか、僕の手をずっと握っている。
「うん、怖い。18年前よりもずっと」
「それでも、今は…あたしが最後まで一緒にいます」
キュッと、握られた手に力がこもる。その温かさは僕の心の恐怖を少しずつ和らげていく。
たとえ僕の命が尽きようと、彼女は、そして一人屋上で戦う最愛の娘は助けなければならない。
その気持ちが僕に最後の勇気を振り絞らせた。
白銀の翼で空を一打ちし、僕は「スターダスト・エクリプス」の構えを取る。
「最後まで足掻くわけか…いいよ、二人一緒にボクが消してあげよう」
凝縮された黒の魔力が迸る。何もかもを黒く無に飲み込むその奔流を、僕は真正面に睨みつける。
―ゼロの力が全てを飲み込む黒ならば―
―僕の力は全てを融け合わせる白―
―どんな闇も融かして照らせ―
―『白亜の翼』―
左手に握る黒焔が、その色を純白に変える。
迫りくる黒の魔力に一閃、そこには微かに光が覗く。
「馬鹿な、またしてもキミは僕を越えるというのか…?」
「ああそうさ、何度だって越えてやる。お前の黒が全てを飲み込むなら、その黒さえも融かす!!」
突き出した剣が、一条の光となって黒の魔力に道を開く。
その隙間を僕と由乃は真っ直ぐ飛び、ついにゼロに肉薄する。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
由乃の指から放たれる10本の魔力砲がゼロの身体を貫き。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
僕の両手から繰り出される最強の剣技が実体のないゼロを斬る。
今度は手応えを感じながら、最後の一閃。
振り抜いた剣はゼロの闇を切り裂き、ゼロはそのまま地へ倒れる。
「今度こそは…勝ったと…思ったんだけどね…」
「人の心に希望の光がある限り、僕らは負けない」
「ふふふ、さすがは英雄だ。だけどね、今回はユーリがいる。君たちが後を託したあの子供じゃ、きっと勝てないよ」
「彩は強い子だ、僕らの思いもよらない力で、きっと望みを叶えてくる」
「…信じているんだね」
「当たり前だ」
「ならボクはボクの王の勝利を信じるよ。滅びの世界でまた会おう、悠…」