第13話 塔
悠里ちゃんがいなくなった次の日、私は隊長さんに全てを話すために一航戦の作戦室に来た。
悠里ちゃんがユーリとなったこと、1か月後に戦いが訪れること、私の翼には奇跡を起こす可能性があること、昨日の会話を事細かに隊長さんにお話した。
「そうか…君の親友が最後の敵とは…」
「隊長さんは気づいていましたか?」
「いや、私にも全く分からなかった。そもそも倒したはずの使徒がどうして復活したのかも分かっていなかったんだ。不意を突かれたと言えばそうなるな」
「隊長さんは…奇跡があるって思いますか?」
ティアの事を信じていないわけではない、けど正直怖い部分もある。奇跡が起きなければ、私は親友をこの手で殺すことになるのだから。だから隊長さんに聞いてみたかった。
「…普通に考えれば、奇跡など起こらない。なぜなら「ありえないこと」が実現することが奇跡なのだからな。だが…私はこの目で奇跡としか言いようのない場面を見てきた。だから、奇跡があるのだとすれば、それは自ら引き起こすものなのかも知れないな」
隊長さんは笑みを浮かべて私の頭を優しく撫でる。
「怖さを恥じるな。それを受け入れて、自分が叶えたいことのために全力で立ち向かえ。そうすれば、奇跡は掴めるかもしれない、かつて君のお父さんがそうしたようにな」
奇跡を起こしたのが篠宮悠であるならば、その娘である私にもそれを起こせるだけの力がある?
隊長さんの言葉はそう予感させるようなものだった。
「…最後は私次第…か」
私はティアのペンダントをぎゅっと握り締めて部屋を後にする。
残り1ヶ月、その間に出来ることをしなくてはならない。
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「結局、君の手を煩わせてしまったねユーリ。本来ならボクだけで滅びを実行する手筈だったのに」
「いや、人間の力を甘く見ていた私にも敗因はある。あなただけの責任ではないよ、ゼロ」
「それで、この18年で特に変わったことは?」
「一航戦は健在。一人はアルトリウスとの戦いで瀕死になっているけれど……新たなる翼を持つ者も現れた」
「キミの知り合いかい?」
「…っ!」
真相を突かれたユーリは一瞬言葉に詰まる。
「その反応を見るところ、仲の良かった人物のようだね?」
「…今はもう関係ない。私はユーリとしてこの星に滅びをもたらすだけ。それを邪魔するならたとえあの子でも容赦しないわ」
「そうでなくては困る。それとユーリ、一航戦は健在だと言ったが、それはつまり悠もまだ戦っているということかな?」
「ええ。篠宮悠と篠宮由乃、あの子の両親はアーサーを倒したわ」
「篠宮由乃…ふむ、ボクとの戦いの後に結婚したということか…まあこれでボクが戦うべき相手は決まったよ」
「塔の4階層まではすでに埋まってるわ」
「5階層に祭壇があっただろう?ボクはそこで彼らを待つとするよ。キミはどうするんだい?」
「私は屋上で滅びを完結させる。ゼロ、篠宮彩以外は誰も屋上へ通さないで」
「ユーリ直々の命とあれば」
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それからの1か月はとても早く感じた。
パパは仕事の合間を縫って二刀流の感覚を取り戻そうとして、ママは壊れた武蔵を直すのに作戦室へ通ったり、他の一航戦のみんなも最後の戦いに向けて準備を進めていた。
悠里ちゃんの言う滅びがどうやってもたらされるか分からないけど、次に会った時に悠里ちゃんを止められるのは私しかいない。
そして、その時はやってきた。
浜ノ宮駅、その直近にそびえるツインタワーが禍々しい形の塔へと姿を変えたのだ。
まだ帰宅時間の真っただ中であることから周辺の混乱は相当なもので、警察による周辺の封鎖が行われるまで、塔の周囲は恐怖の声で包まれた。
塔の出現から1時間ほど経ち、封鎖された地区に私たち7人は降り立つ。だけどそこに海斗さんの姿はなかった。
アルトリウスとの戦いで瀕死に陥った海斗さんは、その後意識を取り戻したけど、今回の戦いには間に合わなかった。
「さあ、これが最後の戦いになるだろう。塔の内部が分からない以上、こちらは探索をしながらユーリを探し出さなければならない。各自消耗は出来るだけ抑え、ユーリを叩け」
そう言って先陣を切る隊長さん。私たちはそのあとを追って塔の中へと侵入する。
意外なことに塔の門は開かれていて、何もなく中に入ることができた。でも、そこで待ち受けていたのは
「やっぱりこうなると思ってたぜ!!」
龍一さんが舌を打つのも仕方ない、私たちを待ち受けていたのはだだっ広い広間と、そこを埋め尽くす使徒の群れだった。
「広間の奥に階段がある、そこを上がれば上の階層にいけるはずだ!悠、由乃は彩を連れて先に行け!!」
「いや、ここは俺に任せて全員上へ行ってください!!!」
その場にいた誰もが後ろを振り向いた。それも無理はない、だってその声の主は…
まだリハビリ中の海斗さんだったんだから。
「あんた、まだ動けないはずじゃ…」
「みんなが戦ってるのに、俺だけ寝ていられないですって。それに、今まで寝ていた分の魔力が貯まってるんです。下層の使徒相手に遅れは取りません」
そういう海斗さんの体は確かにオレンジ色の魔力で包まれている。だけどまだ体には包帯が巻かれている部分がある。
「海斗さん…その包帯…」
「それ以上は言わなくていいよ彩ちゃん。友達と戦わなくちゃいけない彩ちゃんに比べれば、こんなのは軽いものさ。ほら、行きな。守りたい人、助けたい人が君にはいるんだろう?」
それだけ言って海斗さんは流星と彗星を握りしめて使徒の集団を見据える。
「海斗、ここまで来たら君を病み上がりとは扱わない。ここの階層にいる使徒を食い止めることが任務だ、やれるな?」
「任せてください、そのために俺はここに来たんですから」
ふっと微笑んだ隊長さんは踵を返して奥にある階段に向けて走り始める。
それに続いてみんなが走り始め、海斗さんとの距離がどんどん離れていく。
私はぎゅっとティアのペンダントを握りしめて、階段を上がっていった。
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他のみんなは上へ上がった。その事を見届け、俺は胸をなで下ろす。
これからの戦いは、誰にも見せられない。とても見せられるものじゃない。
なおも階段めがけて突撃する使徒を、俺は彗星で撃ち抜く。
「その先には一歩も行かせない。お前らの相手は、ここにいるぞ!!」
そう叫んで、俺は10はいるであろう使徒の一群に飛び込んでいく。
とにかく派手に暴れ回る、そうすれば使徒達は階段に行くという思考を捨て、俺を倒すことに集中するはずだ。
「さあ、俺が死ぬかお前らが全滅するか、結果はそれしかないぜ!」
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階段を駆け上がった私達の前には、またも同じように広い空間が現れた。
そこにはさっきのように多くの使徒が蠢いている訳では無い。
ただ、巨大な使徒が3体いるだけだった。
「3体。ここは2-2-3のフォーメーションで各個撃破するのがセオリーだな」
「うん、普通はそうだね。悠くん一家と僕と龍一、隊長と桜さん、っていったチーム編成が妥当だけれど」
「ここは、私と雅也さんに任せて行きなさい」
さも最初から決まっていたかのように、桜さんと雅也さんは翼を広げる。
「桜のビットには一気に相手を倒すほどの威力はないだろ?ここは僕か由乃が残ってサポートを…」
「何?悠は幼なじみの力が信じられないって言いたいの?」
「そういうつもりじゃ…」
「この先、どれくらいの階層があるか分からないけど、見た目と登った高さから察するに残り3階層くらいよ。一番上にはとてつもない気配もある。少なくともここであんたや由乃ちゃんを消耗させる訳には行かないわ」
「やれんのか?」
「君だって僕の力を甘く見ているわけじゃないだろう?」
「そんなら任せたぜ、副隊長さん」
「先は任せたよ斬り込み隊長さん」
それだけ言い合って龍一さんは奥の階段へと走って行く、私たちもそれに続くけど、私はどうしても後ろが気になってしまう。
「あいつなら大丈夫だ」
「え?」
「誰よりも注意深く、誰よりも冷静。そんな奴がそうそう簡単にやられたりしねぇさ」
龍一さんの、雅也さんを信頼する気持ちが伝わってくる。この人がそういうなら、きっとあの二人は大丈夫なんだろう。
そう思って、私はみんなを追いかけた。