第12話 明かされる秘密
「ママ、ごめんなさい。武蔵、壊されちゃった」
私はヒビがはいってしまった武蔵のリングをママに手渡す。
ランスロットとの戦いで何度も剣の直撃を受けた武蔵は、完全に壊れはしなかったものの、私では起動が出来なくなってしまっていた。
「いいのよ、これはママが直すから。エクスカリバーはどうするの?」
「パパに渡そうとしたんだけど『さすがに三刀流は出来ないよ』って言われちゃった」
「そうねぇ、アーサーとの戦いで水星が元に戻ったから…」
これもまた不思議なことで、武蔵を失った私の元には従者の一人であるアーサーが使っていた剣、騎士王の聖剣が飛んできて、それを使って私はランスロットを倒すことが出来たのだけど……
『エクスカリバーはあなたが持っていてはどうですか?』
「ティア?」
『確かに虹の翼には攻防の能力があるけれど、どちらも使うとなるとあなたの精神力の消費が激しいの。基本は防御に使って、いざというときにだけ攻撃に転用する…という使い方が今のあなたには合っていると思うわ』
「ティアの言う通りかもしれないわね。彩はまだ魔力を十分に持っているわけではないから、無理をするとすぐにどこかの誰かさんみたいに倒れちゃうかも」
「え~と、どこかの誰かさんってもしかしなくても…」
「そ。パパはよく倒れたのよ、すーぐ無茶するからね」
『虹の翼の防御能力であれば私もサポートすることができます』
「ならこのまま私が持っていようかな?パパと同じ二刀流だ!」
「今度パパに話を聞くといいわ。今日は遅いからもう寝なさい、明日は普通に学校あるんでしょ?」
「うん、宿題もばっちりだし。おやすみなさーい」
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悠里は自室の窓から、月を眺めていた。
明日は学校だからと早くベッドに入ったというのに、今日は一段と目が冴えてしまう。
ふと、その視線の先に4つの星が輝いた。
「星……。そう、あなたたちでさえ『彼ら』には勝てなかったのね」
悠里の表情が段々と重くなっていく。
「あなたたちならばと思っていたけれど、そもそも彼で成し得なかったこと、簡単に進むわけはないわね」
その表情は誰かを思い偲ぶような、それでいてある種の覚悟を決めた顔つき。
その眼は夜空よりも黒く、漆黒の炎を思わせる覇気が宿る。
「…彩。私は、あなたと…」
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次の日は雲一つない快晴。
私たちは校庭で1500m走の真っ最中だ。
「最近なんか体力ついてさ、速くは走れないけど前より長く走れるようになったって感じするよ」
「そう…」
「悠里ちゃん?」
それまで走っていた悠里ちゃんの足取りが急に重くなる。普段なら私よりもずっと速く、長く走れるはずなのに。
足をもつれさせた悠里ちゃんは、そのまま地面へと倒れこむ。顔には大粒の汗が流れ、息も荒くなっている。
「ど、どうしたの!?」
「だめ…だめだったの…」
悠里ちゃんがうわ言のように呟く。だけど、何がだめなのかさっぱり分からない。
「とりあえず保健室に…!」
「だめ、離れて…彩、私から…離…れて…っ!!」
ふらふらと起き上がった悠里ちゃんは私を突き飛ばして後ずさりする。
私は、その背中に何かの影を見たような気がした。
「悠里ちゃん、後ろ!!」
使徒だとすれば悠里ちゃんが危ない。今は授業中でみんな見てるけど、そんなこと構っている場合じゃない。悠里ちゃんを助けなければ…
と、翼を広げかけた時だった。
世界が緑がかって、みんなの動きが止まる。動いているのは私と悠里ちゃんだけだ。
「今助け…」
「来ないで!!!」
足をがくがくと震わせながら、悠里ちゃんは私を拒んだ。
顔に手をあて、空を仰ぎ見るようにして悠里ちゃんは苦しんでいる。
もう我慢できない、私は翼を広げて悠里ちゃんを受け止める。
「悠里ちゃん、悠里ちゃん!!」
「だめだって…言っているでしょ…彩、私から離れて…じゃないと…」
次に続く言葉を、私は聞き取ることが出来なかった。
獲物を狩るような速度で、悠里ちゃんが私の首を掴んでくる。
「悠里ちゃ…どして…」
「言ったでしょう、離れないと…殺してしまうって」
殺す?悠里ちゃんが私を?
「悠…里ちゃ…ん…」
「今まで何も分からなかった、どうしてここ最近ずっと苦しかったのか。でもようやく分かったの。みんながまた現れて、気配が強くなったから目覚め始めてたのよ」
悠里ちゃんが一体何を言っているのか私にはさっぱり分からない。分かるのは、悠里ちゃんがいつもと違う異様さを放っていることだけ。
「私が力を分け与えた彼らが成し得てくれれば、こうなることもなかった。けれどあなたたちは彼らを倒してしまった。分け与えられた力は元の場所に帰ってくる。そうして私は「私」になった」
目の前の悠里ちゃんが、悠里ちゃんでなく思えてくる。声も、姿も悠里ちゃんそのものなのに、言っていることが私を混乱させる。
「あなたは…誰なの?」
「私はユーリ、彼らの主であり。彼…ゼロを継ぐ存在」
私は言葉を失った。悠里ちゃんが、昔からずっと一緒にいた悠里ちゃんが「ユーリ」であるなんて
「嘘だよね…?」
「嘘だったらこんなことしてないわ。だって私が「滅び」を実行するのに最大の障害となるのは彩、あなただもの」
首を掴む力が徐々に強くなっていく。でも、悠里ちゃんを傷つけるなんて私には…
『その手を離しなさい、ユーリ!』
私の意志とは関係なく、虹の翼からの斬撃が悠里ちゃんに向かう。
悠里ちゃんは私の首から手を離し、それを難なく避ける。
「虹の翼のティア…」
『私の認識が間違っていたわ。まさか従者を倒すことであなたに魔力が還るだなんて』
「それは私にとっても予想外。だけれど思わぬ福音だったわ」
「悠里ちゃん…やめて…」
『彩、もう彼女は若草悠里ではありません。彼女はユーリ、ゼロを継ぐものであり、私たちを滅ぼす存在です』
「そんなの何かの間違いだよ!あの優しくて頼れる悠里ちゃんが、私たちを滅ぼすなんて!!」
「残念だけど彩、これが現実よ」
突き刺さるような悠里ちゃんの言葉と冷たい視線。受け入れたくない、受け入れられない。
「私はあなたたち人類を滅ぼすための存在。そしてあなたは私を止められる唯一の存在。あなたと私が殺し合って、生き残った方がこの星の運命を決めるのよ」
悠里ちゃんは私を指さしてそう言い放った。
「そんな…出来ないよ…悠里ちゃんと戦うだなんて、悠里ちゃんを殺すなんて!」
「なら私があなたを殺して人類を滅ぼすだけ」
悠里ちゃんは何処からともなく1本のレイピアを出現させて、私に向けて構える。
目にも止まらぬ速さで突き出される切っ先を、私は避けることが出来なかった。
直撃はしなかったものの、剣が掠めた左肩からは赤い血が流れだす。
「あ…あぁぁ…」
ぶるぶると震え出す体、そこで私はようやく悟った。
悠里ちゃんは本気なんだ、本気で私を殺すつもりなんだ、と。
だから私は、白雪と騎士王の聖剣を握った。
「やっと、やる気になったみたいね。本当は今すぐ決着をつけたいけれど、まだ私にも力は戻り切ってないし、なにより私の最後の騎士が待っているから…ここはお預け」
「悠里ちゃん!!」
私は一気に踏み込んで、両手の剣を振るっていた。
けど、そこにあったのは影のような揺らぎだけだった。
「次に会うのは1か月後、その日が終焉の日よ」
悠里ちゃん、いや、ユーリの声だけが響く。
両手から剣が落ちる。それはユーリの言葉に動揺したからじゃない。
「今…私…」
あまりに夢中になって斬り込んだから実感がなかった。
今の私はユーリの急所めがけて剣を振っていた。
つまり…悠里ちゃんを殺そうとしていたんだ。
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いつの間にか結界は解けて、いつもの風景が戻ってきた。
肩の傷は元々なかったように消えている。
まるでさっきのやり取りが夢のようだ、けど…隣に悠里ちゃんはいない。
クラスメイトに訊ねても、最初から悠里ちゃんなんていなかったような口振りで、出席簿からは悠里ちゃんの名前が消えていた。
「初めから…いなかったことになってるの…?」
『恐らくユーリが目覚めたことで彼女の存在そのものが無くなってしまったのでしょう、彼女を取り戻す方法は無いに等しい』
「そんな…」
『でもあなたが、彩が本当に彼女を取り戻したいと、この世界を守り彼女を取り戻すためなら彼女を傷つけることも厭わない、と覚悟出来るなら…奇跡が起きるかも知れません』
「奇跡?」
『彩、悠里ちゃんを助けるために、悠里ちゃんの体を支配するユーリを倒すために、親友を斬る覚悟はありますか?』
ティアの言葉は重かった。それでも、悠里ちゃんを助けられるなら、やることは一つしかない。
「私、やる。相手が悠里ちゃんの体でも剣を止めない。たとえ親友だって…斬ってみせる」
「あなたのその選択にはきっと幸運が訪れる。神から虹を授かった者として、それは約束するわ」
従者編も終わり、この話以降から最終章へと入ります。
薄々感づいていた方もいると思いますが、悠里ちゃんがラスボスということで、彩は親友と命を懸けた戦いへと望むわけです。
さらに、壊れた武蔵が由乃の元へと戻り、これは熱い戦いの予感…!というところで次回に持ち越しです。
ここまで読んでいただいてありがとうございます、あともう少しだけこの物語は続きます!