タイムカプセルに埋めたもの
「タイムカプセル?」
頓狂な声を上げた拓真に、俺は軽く頷いた。
「何だっけ、それ」
「小学校を卒業する時だよ。あの頃つるんでた五人で、学校のどこかに埋めただろう。覚えてないか?」
問うと、拓真は顔をしかめつつビールのジョッキを傾け、「どうだったかなあ」と記憶を探っているようだ。
「埋めたような、気もする……はっきり覚えてないんだけど。でも、それが?」
「確か、十年後に掘り出そうって話をしていたと思うんだ。でも俺らももう二十七だ。十年後どころか十五年経ってる。……俺も思い出したのはつい最近なんだけどな。とにかく、折角だから皆集めて掘り出さないか」
その話をするために、俺は拓真を呼び出したのだ。すぐに連絡のつくのは拓真だけだったから。実のところ、他の三人は俺では連絡手段がない。
ふむ、と拓真は頷く。興味は持ってもらえたようだ。
「あの頃の五人っていうと、俺と、お前と、博嗣と瑠奈と春だな。博嗣は役所勤めで地元にいるからすぐに連絡つくし、瑠奈も保険会社勤務だからこっちも大丈夫だとして……春だけはかなり難しいぞ」
「……ああ」
そこは、俺も知っている。何せ春は、
「フランス人と結婚して一緒にフランス行ったんだからな。よしんば連絡ついても、来るのはかなり難しいだろうな」
「まあ、それでいい。俺は誰の連絡先もわからないから、お前から連絡を取ってくれないか。日取りの調整は俺がするから」
「おう、わかった。話がついたら連絡するよ」
頼むよ、と俺も小さく笑って、ジョッキをカチンと打ち鳴らした。
集まる機会は、思いのほか早かった。中学卒業以来音信のなかった俺に対しても、博嗣と瑠奈は往時と変わらない態度で、正直少しほっとしたくらいだ。
集合場所は、俺たちが卒業した小学校。その校門に、四人で集合する。
四人だ。
「春はやっぱり無理だった。連絡はついて、皆によろしくってさ」
拓真の言葉に俺は頷き、瑠奈と博嗣は、フランスだもんなあ、と笑う。
「でも、よくタイムカプセル埋めたのなんて思い出したね。言われるまで思い出せなかったよ」
瑠奈が俺に向かって言えば、博嗣も横で頷きながら、
「僕なんて言われても思い出せなかったよ。だから、中に何を入れたのかなんてさっぱり」
覚えてるか? と話を振られて、俺は曖昧な笑みを返した。
「さあ……俺も、そこまでは覚えてない」
「なーんだ。それじゃあ、タイムカプセルというよりは宝探しだね、これは」
スコップを振り回しながら、瑠奈が言う。
成程、宝探しか。
そうかもな、と拓真も笑った。
「それじゃあ、早速発掘しに行こうぜ……って言っても、俺も埋めた場所は全く覚えてないんだよな。遼、お前は覚えてるのか?」
ん、と俺は頷いた。
「そもそもタイムカプセルを思い出したきっかけでな。昔のガラクタを整理してたら、地図が出てきた」
ポケットから抜いたそれを広げる。だいぶ傷んだ紙だが、判読できないほどではない。それは確かに地図だ。拙い線で描かれた小学校の俯瞰図と、バツ印。
「このバツ印の場所が、埋めた場所なんだろう」
「よっし、そうと決まればさっさと行こうぜ。何だか久々に童心に帰るみたいでわくわくするんだ」
言通り見るからに浮足立った拓真が先陣を切ると、博嗣と瑠奈も続く。皆、楽しそうだ。俺はその最後尾に続く。
高揚感は、ない。
卒業以来十五年、一度も足を踏み入れなかったにもかかわらず、意外と覚えているものだ。地図をほとんど確認することもなく、件のポイントに到着した。
「よし、掘るか」
用意してきたスコップは二本。それ以上はあっても余計だっただろう。拓真と博嗣が率先して刃先を地面に突き立てる。瑠奈はわくわくと、俺は無言でその様子を見守る。
所詮は小学生の手で埋められたものだ。大人ふたりの手で穿たれれば、五分とせずに地中から金属音が鳴った。そこからは手で掘り出す。
出てきたのは、ポリ袋に入れられた大学ノートサイズの金属缶。
「これか」
多少の緊張を滲ませながら袋からそれを取り出し、拓真が唾を呑む。
「――開けるぞ」
全員の頷きをもって、拓真はそれを開封した。一斉にそれを覗き込む。そこに入っていたのは、
「玩具がひとつずつ……と、手紙だな」
それぞれ人数分ずつ、入っていた。ああ、と博嗣が頷く。
「思い出した。それぞれの一番大切なものと、十年後の自分への手紙を一通ずつ。それを入れたんだな」
そうだったな、と頷きながらめいめいに自分の宝物と手紙を手に取る。俺が宝物として入れたのは、一枚のカード。
とっくに廃れたが、当時流行っていたカードゲームの一枚だ。
手紙を、開く。
十年前から十年後へ宛てられた手紙。――開くのはさらに五年を重ねたが。
そこには短く、これだけが書かれていた。
十年後の自分へ。
まあ、どうせこれを開くのはもっと経っているんだろうけれど。
で、ひとつ訊く。
まだ、好きでいるか?
それだけだ。
一見しただけでは意味が分からないだろう。生意気な文だ。けれど、それを書いた本人である俺には、わかる。
便箋を覗くと、思った通り、手紙とは別にもう一枚同封されていた。
それは、一葉の写真。
何かの記念撮影なのか、五人の少年少女が横一列に並んで、手を繋いで写っている。十五年前の、俺たちだ。拓真がいて、博嗣がいて、瑠奈がいて、俺がいて、
「…………」
「おう、遼のには何が書いてあった? 俺のにはバカなことが書いてあったぞー」
余程面白いことが書いてあったらしく、目じりに涙を浮かべながら拓真がやってきた。俺はさりげなく手紙と写真を隠しながら、浅く笑って返す。
「俺のも、バカなことが書いてあったよ」
今も変わらず、バカであるみたいだけど。
「よし、それじゃあいいもの見たし、折角こんなに集まったんだから、呑みにでも行くか!」
「お、いいねえ」
「行こう行こう」
瑠奈の号令に、拓真と博嗣も続く。ひとり、立ち止まっていた俺を、拓真が振り返る。
「おう、遼。お前も行くだろ?」
「……ああ、行くよ」
頷いて、俺も歩き始める。手紙と写真は、便箋に戻してポケットにしまった。
……ああ。
まだ好きでいるか、だって?
想うのは、かつて俺と手を繋いでいて、今この場にいない、あいつのことだ。
俺は、笑った。でもそれが嬉しかったからなのか、悲しかったからなのかはわからない。
まだ、好きでいるか?
ああ、好きでいるとも。
いつまでもずっと、未練たらしく、誰にも言わない秘密の宝物として、な。
時空モノガタリ投稿前の2000字越えです。