仲間
「はぁっ!」
……何も起こらない。
「もう、どうしてそうも出来ないのよ!」
「ゴメン……僕も分からない」
「じゃあ、もう一回やって」
「わ、分かった」
ゆうしゃは目を閉じる。
(まずは何も考えずに精神を統一する。体全体に力が伝わってくるのを感じ、そして一気に放出する)
「はぁっ!」
……乃々が頭を抱える。
一行は大阪を出発し東へ向かっていた。その間もゆうしゃは直や乃々から魔法を教わるが全く改善していなかった。
「二人とも、少し休憩してください。もうすぐ、出発しますから」
直は気を利かせて練習しているゆうしゃと乃々に話しかける。
「全くどうしてこんなこともできないのかしら?」
「ゴメン……」
「雪さんはゆうしゃさんに質問したいのですが自分のタイプもわかっていないのですか?」
魔法には水、火、地の魔法があり、水は火に強く、火は地に強く、地は水に強い。
「実は……全然分かってないんだ……」
雪とゆうしゃの話を聞いていた乃々が口を挟む。
「でも、授業であったでしょ。自分のタイプを判断するためにそれぞれのタイプの通常魔法を受けるってやつ」
「う……うん」
通常魔法とは攻撃する時に用いる魔法として一般的に使われている。
「で、結果はどうだったのよ?」
「実は……全属性苦手って言われた……」
「え?」
乃々は驚きのあまり固まってしまった。
「な、何よそれ?そんなの聞いたことないわよ」
「そうだよね。僕もどういうことなのか……」
「うーーん。直は何も知らないわけ?」
「ええ、テスト結果のことは知ってたけど……」
「そう、雪さんは?」
「もちろん雪さんは知りませんよ。そんなに知識は豊富ではありませんから」
「そ、そう。弘子は?」
「え、ああえーっと知ら……ないかな」
「そう、つまりやっぱりゆうしゃは才能ないんじゃないの?」
ゆうしゃは何も言わずにうつむく。
「そんなわけないでしょ!!」
何もない草原に怒声が響き渡る。それは直の声だった。
「ゆうしゃなら絶対に使えるわよ、絶対!」
「ど、どうしてそう言えるのよ!」
乃々も負けじと大声を張り上げる。
「私は昔からゆうしゃを知ってるのよ」
「じゃあ、なおさらよ。どれだけ練習しても使えないじゃないの」
「そんなことないわよ。昔は……あ、とにかくそれは人としてどうなのよ」
「べ、別に他意はないわよ。事実を述べただけ」
「それでも、ゆうしゃを……」
「ああ、もうわかったわよ。もういい、私は一人で行くから」
「え、ちょ……」
「それで文句ないでしょ!」
「ま、待ってよ。そんな一人なんて危険だよ」
ゆうしゃが引き止めようとする。
「それじゃ」
しかしそれを振り切り乃々が走っていく。
「あ、ちょっと待って」
ゆうしゃはその後を追う。
「あ……」
直は何故か置いていかれたような気分になっていた。
「さあ、直さんはどうしたいんですか?」
悲しげな背に雪は話しかけた。
「俺たちは直についていくよ。これはお前が決めるべき問題だと思うから、なあ雪さん」
「ええ、雪さんもその意見に賛成です」
「みんな……」
直は勢いよく振り返る。
「二人を追いましょう。二人とも私達の大事な仲間なんですから」
「はぁ……はぁはぁ……はぁ」
(どうしよう……走って逃げてきちゃったけど)
一目散に走った乃々は昼間だというのにとても薄暗い森の中に入り込んでしまっていた。
(てかここどこなのよ?もう……最悪。全部……自分のせいなのよね)
乃々は自分の頬を張る。
(しっかりしなさい。私だって昔は学年一位だったんだから)
彼女は再び歩き出した。
しかし、いくら歩いても出口が見えない。
(全くこればっかりはどうにもならないわね)
その時、
「グワァン」
彼女の背後の草むらから大型犬のような体格の獣が飛び出してきた。
「しまった」
判断が一瞬遅れる。
「痛っ」
噛まれはしなかったが尖った牙が彼女の太股にかする。
(やっちゃったみたいね。とりあえず逃げないと……)
逃げるために振り向いた彼女の目に五匹ほどの獣が立ちはだかっていた。
「嘘?囲まれた?」
(こうなったらやるしかないわね)
乃々は辺りを見回す。
「ざっと十匹ね。大人数は得意じゃないけど、これくらいなら……」
乃々は通常魔法を回転しながら獣めがけて打つ。
しかし、敵はかなり機敏だった。
その結果、殺せたのは十匹中三匹だった。
「え?正確だったはずなのに三匹だけ?どんだけすばしっこいのよ」
残りの七匹のうちの一匹が飛び掛かる。
「ハァッ」
何とか防御魔法で防ぐ。
「仕方ないわね。あまり使い慣れてないけど……必殺魔法{大地裂断}」
彼女がそう言うと彼女の目の前にあった大地が突如地響きを起こしながら崩れ去っていく。
しかし、獣達も何とか足場から足場へと跳び渡る。
それはかなりの時間の中での攻防だった。
「クッ、もう……魔力が……」
乃々はその場に崩れる。もう立てる程の力も残っていなかった。
「やっぱり……この技は……ハァ……あまり……使わない……ハァ……ぶん辛い……わね」
幸いだったのは残り三匹になっていたことだろう。
しかし、獣に囲まれているにもかかわらず、力が残っていない彼女の状況を考えれば最悪には違わなかった。
すると右前方にいた敵が襲い掛かる。
乃々は防御魔法で防ぐも弱った魔力では獣を抑えきれず防御魔法が貫かれる。
咄嗟に目をつぶり、腕で顔をガードした。それはどうこうしようというわけではなくただの反射だ。
『ドン』
何か鈍い音がしたが乃々にはそれが何か分からなかった。
「んん……」
次の瞬間見えたのは木々の合間から眩しすぎるくらいの太陽の光に照らされたゆうしゃの顔だった。
「どうして……ここに……」
乃々の口から自然とその言葉が漏れた。
「乃々の後を追ってきたからだよ」
「いや、そういう話じゃ……何それ?」
ゆうしゃは手にしていた棒状のものを構える。しかし、それは自然に作られたものではないということが一目瞭然だった。
「これはね竹刀っていうみたいなんだ、昔父さんから教わってね」
その言葉の中、飛び掛かってきた獣をはじいていく。
確かに魔法が使えない落ちこぼれには違わなかったが乃々にはどれだけ強くて勇敢で有能な人間に見えているのか、それは言うまでもないことだろう。それと同時に今、自分を守ってくれているのがついさっき自分が才能がないと言った当人であることに罪悪感を覚えないはずもなかった。
「……ゴメン……ゆうしゃ……」
消え入りそうな声で放った言葉は誰の耳にも届かなかった。
しかし、
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ」
いくら竹刀で獣を打っても奴らは死ななかった。むしろ、ただただはじいているだけで獣たちはすぐに起き上がれるくらいにゆうしゃの反撃は効いていなかった。
「ゆうしゃ、逃げて、それじゃあ倒せないよ」
「大……ハァ……丈夫」
「大丈夫じゃない、全部私の責任なの。私が勝手に切れて、勝手に逃げて、勝手にやられただけ。だからゆうしゃは逃げて、……もう……私の……」
「いやだ!」
「え……?」
「ゴメン、それは出来ないよ。もう僕の大切な人が死ぬのは嫌なんだ!だから絶対に守る」
その言葉は乃々がゆうしゃと出会ってから一番力のこもった声だった。
それからもゆうしゃは獣の攻撃を防ぎ続けた。
しかし、
「くっ……」
ゆうしゃの持っていた竹刀が弾き飛ばされる。ゆうしゃはとっさに乃々をかばった。
「ゆうしゃ、ダメ、あなたが死ぬのは」
乃々の言葉をゆうしゃはもちろん無視する。
獣は一斉に飛び掛かった。
「必殺魔法{風渦防衛}」
弘子の声の後に一瞬で二人の周りに暴風が吹き荒れる。襲ってきた獣たちはそれに飲み込まれ舞い上がり落とされた。
それは獣たちに効いたらしくかなり弱っていた。
「必殺魔法{火剣刺突}」
「この声は……直?」
「ゆうしゃをいじめるのは絶対に許しません」
無数の火の剣が獣に降り注ぐ。
それ以降、獣たちはピクリとも動かなくなった。
「ありがとう、直」
ゆうしゃは直に大きく手を振る。
「良かった……」
その直は安堵の表情を見せる。
三人のもとにゆうしゃと乃々が戻ってきた。
「みんな、ゴメン。わたし勝手に飛び出して勝手に一人で死にそうになって……みんなも巻き込んじゃって……それに……ゆうしゃのことバカにして……あんなに私のことを必死に守ってくれたのに…………本当に私がバカだった。もし、みんなが良いのなら……もう一度仲間に入れてくれないかな?」
みんなゆうしゃの顔を見る。判断はリーダーに任せるということだったのだろう。
「もちろん、乃々はもう僕たちの仲間だから」
「ゆうしゃ……」
「これからもよろしくね、のんのん」
直も笑って歓迎する。
「もう、だからなんでのんのんって言うんですか?」
「だって、かわいいもの?ね、ゆうしゃ?」
「え、えーと、うん」
「かかかかかかかかわいい?ゆ、ゆ、ゆうしゃにそんなこと言われ、れる筋合いはな、ないわよ」
そんな三人を雪さんと弘子は微笑みながら聞いていた。
「一件落着、やっぱり平和が何よりだな」
「ええ、雪さんもみんな楽しそうで嬉しいです」