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鬼門

 三人で飲む時は、離れていた間に受けた仕事の話を披露するのがお決まりとなっていた。

「この前、大阪でのヤマを受けたんスよ」

 アオがその日五本目となるビールに手を伸ばして言った。すぐにべろべろになってしまうクズハとは違い、彼はいわゆるザルだった。飲んでも飲んでも色がでない。おまけに翌日もけろっとしているもんだから、羨ましいをとおりこして、しばしば殺意を覚えるほどである。

「いやね、交通費もあっち持ちで、なにより大阪ってのがやばいじゃないッスか。飯がやばい。行く店はどこもハズレがない上に、こっちより三割は安く済むなんて、命が危険ッスよね。だから、一も二もなく飛びついたんスが」

「なんだ、グルメ自慢か」

「そうなんです――じゃなくて、先輩、あのね。それに気づいたのは三ヶ月が経って、いざ荷物をまとめて、こっちに帰るぞーって日だったんス。スーツケースをひいて、ある公園のそばを通りがかったところでした。そこで妙なものを見つけて」

「妙なものー?」

 ひとり日本酒に手をつけて頬を染めているクズハに、アオがナッツを指ではじいた。

「痛い……。どうしていじめるの……?」

「それはクズちゃんが可愛いからさ」

「この人、頭がやばいデス」

 いいから話をすすめろよと、おれはジッポーで煙草に火をつけた。

「見つけたのはね、小さな赤い鳥居のマークでした」

「鳥居って、神社とかの?」

「そうッス。その公園は道路と多少の高低差がありましてね。周囲をブロック塀で囲んでいて、そこに赤い鳥居が描かれていたんスよ。しかも一つだけじゃない。見れば、等間隔にいくつもいくつもあって……この時点で妙な雰囲気だったんスが」

 JPSの渋味が舌に触れる。この二人は室内で煙草を吸っても怒らないからいい。

「もう一周して、法則に気づきました。鳥居のマークは決まって排水溝のそばにあったんス。等間隔にあったのもそのためッスね。これはあれかと。鬼門というやつなのかと。僕は知らずにとんでもないところを歩いていたんだと、急に怖くなってしまって」

 それでほうほうの体でこっちに帰ってきたというわけッス、と話し終えた彼に、クズハがへらへらと笑った。

「アオくんはいくじなしデスねー。だから、女の子に残念マンって呼ばれるんデスよ」

「えっ?! 僕、そんな風に呼ばれてるの? っていうか、ザンネンマンってなんか強そう!」

「弱そうじゃないデスか……。この前、ロッカクちゃんと一緒に仕事したんデスけど、彼女も言ってましたよ。『アオくんは、性格以外はいいひとなんだけどな』って」

「それ僕のこと全否定じゃね?!」

「アオは性癖以外はいいひとなんだけどな……」

「それ違う話ッスよ、先輩!」

 笑って煙草の灰を落とし、あらためてきりだした。

「確かに鳥居は門だ。だけど、あれの役割は神の居所への入口なんだよ。そいつを鬼門といったら怒られちまうぜ」

「お、モグリさんが、モグリさん的なことを言いはじめましたよ」

「だぁほ、ちゃかすな。……あのな、鬼門は文字どおり、鬼の出入り口だ。鳥居とは正反対だろ。しかも方角は北東って決まっていて、その公園みたいに四方八方に描くもんじゃない」

 うん?とクズハが真の猫のように小首を傾げる。

「なら、その赤い鳥居のマークはなんだったんデスか? 神様をひっぱりだすなんて、相当なことでしょ。まさか、なにかの封印とか」

「封印といえば近いような、いや遠いような。っていうか、クズハも見たことないのか、あれ」

「ええ、先輩。初耳デスけど」

 子どもの頃にむこうの祖母に聞かされて以来、そういうものなのだと疑問すら抱いてこなかったが、そうか。そう言われると、あれは西を中心とした文化なのかもしれない。

 煙草をおいて、クズハから日本酒をもらいうける。

「鳥居って、ほら、見るとなんだか、おごそかな気分になるだろう」

「まぁ、そうッスね」

「あれの前だと、悪いことはできないなって思ったりは」

「するかもッスが」

 まだ要領を得ない顔をしているアオに、おれは口の端をあげた。

「ところで、だ。夜、人気のない公園で、たらふくビールを飲んで歩いてると、あることをしたくならないか」

「へ?」

「特に排水溝なんて見るとな。誰も見てないし、いいだろうって気にさ。ほら、なるだろう」

「なにを……って、ああ。まさか」

 隣を見やれば、まだクズハはわかっていない様子だ。が、それも当然か。考えてみれば、こういう発想は男にしか浮かばないのだろう。

「小便だよ。赤い鳥居は、立ち小便禁止のマークなのさ」

 二人はしばし口をあけはなし、ややあってから、ほへーっと吐息を漏らした。

「神聖な鳥居になら、まさか悪さはできまいという、昔の人の偉大な知恵だよ。おまえらもいい勉強になったろう」

 注いでもらった日本酒を一息であけると、おれは再び煙草をくわえた。

 二人もそれぞれ杯を乾かし、自然と笑いだす。

「立ち小便は重罪ですしね。クズちゃんも赤い鳥居を見たら気をつけるッスよ」

「ほんとアオくんって、性癖以外はいいひとデスね」

 これにて今夜の小話はおしまいだ。

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