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マンションの怪

 深々と頭をさげる老齢の管理人に背をむけて、おれたち三人は古びたエレベータへ乗りこみ、とあるマンションの一室を訪れた。

 埃を被ったドアノブは、おれたちがしばらくぶりの来客であると物語っていた。鍵を借り受けたアオが間をおかずそれに手をかける。だが、肩を叩いて彼を制した。

「なんスか、先輩。なんかありました?」

「いや、一応な」と言って、アオの代わりにインターホンを押した。

 傘を畳んでいたらしきクズハが「紳士さんだぁ」と呟く。この仕事をする以上、彼女にも淑女であってほしいと常々訴えているのだが、まぁ、彼女の学習能力は壊滅的だから仕方ない。なんの折かは忘れたが、二+二を五と答えられたときには鳥肌が立った。きっと授業中は筋トレでもしていたのだろう。だが、そうは言っても、過去仕事をともにした同僚たちを振りかえれば、二人ともこれでまだ理解のある方なのだ。

 ドアのむこうから返事を待つ間、アオがくるくると鍵をまわしながら話を振ってくる。

「この前メールしたとおりッスけどね。ここの住人は、まー最近よくあるあれッスよ。ほら、あれ。立てこもりってやつ?」

「そいつはやばいな」

「頭がやばいデスね」

 クズハにまでつっこみをいれられても、彼にはなにがおかしいのかわからない様子。憐れんだ彼女が「それはきっと、ひきこもりデスよ」と呟いて、ようやく得心がいったと手を叩いた。

 毎度のことながら、アオの頭にも深い悲しみをおぼえる。だが意外かもしれないが、これでも仕事についてはそつがないのだ。チームを組む回数の多さがそのまま彼への信頼の証でもあった。彼の役目は事前の調査で、先のとおり、今回も必要な情報はまとめて送ってくれていた。

「そういえば、重要なことを一つ伝え忘れてたッスわ」と、その彼が言う。

「なんだ、おまえにしては珍しいな」

「すんません、久しぶりに大ポカやらかしました」

 そいつはどれほどのことなのか、彼は似合わぬ深刻な声色でつづける。

「この部屋の主は、大学生の女の子でして」

「ん……いや、それはメールに書いてたぞ」

「おっぱいが、とても大きかったそうなんス」

 ……。

 おれは嘆息とともに首を振った。

「アオ。どうして――どうして、そんな大事なことを事前に教えてくれなかったんだ!」

「二人とも、いい加減にしてくれませんかぁ……」

 隣でクズハが胸元を押さえて「さいってー」と呟いていた。おれは起伏の少ない彼女のそこから視線を離すと、黙ってアオと右手を交わす。しばらくぶりに再会した三人の、お約束のようなやりとりだった。これをやらなねばどうにも調子がでない。

「さて、そろそろ行くか」

 アオから部屋の鍵を手渡された。ドアのむこうから返事がないのは、まぁ、どうせいつものことなのだ。それでもおれはいつだってベルを鳴らす。

「そういえば、モグリさん。今回の仕事っておいくらでしたっけ。私、この前かえってきたばかりで、ちゃんとメール読めてなくて」

「本当は読んだけど忘れただけだろ」

「バレてましたか」

 言って、クズハは苦笑い。これもまたいつものやりとりだ。

「毎回それでアオが泣いてるんだぞ」溜息をついて答える。「三ヶ月の仕事だ、いくらだと思う」

「百くらいデスかね」

「その倍だよ」

「わお」

 途端に瞳が輝きだした。お金の話をすると、女の子は誰でもいたいけな少女の顔をする。

「ふとっぱらデスねぇ! これでようやく貯金がたまりそうデスよ」

「しかも、今回は三人割りじゃない。ひとりあたり二百だ。」

「……わーお」

 クズハは目をまんまるにして「なんだか、がぜんやる気でてきましたよ」と呟いた。

 返答の代わりに肩をすくめてやる。今さらやる気をだしたところで、彼女の仕事は完了済だ。アオから送られてきたメールには、猿ぐつわを噛まされた男どもの写真が添付されていた。ならず者風で、腕には刺青。そんな出で立ちの三人が、真っ赤に顔を腫らしてぐるぐる巻きにされていた。荒事にめっぽう弱いアオだけでは、とうていできない仕事だ。

「しっかし、ひきこもりさんのお相手をするだけで二百万とはちょろいお仕事デスねぇ」

「おまえにとっちゃ、相手がゴリラでもちょろかろうに。まぁ、しかしな。今回は――」

 鍵を差しこみ、ノブを捻った。

「おれたちの前に三人死んでる」

 へえ、と漏らしたクズハの目はまだ笑っていて、おれはやれやれと首を振った。

「私たちの命は二百まんえーん」

「いや、クズちゃん。怖いこと言わないで。僕の命はもうちょっとお高いッスよ」

 二人のかけあいに構わず、ドアを開ける。

 その奥では腹のでた中年の男が、ひどく驚いた顔をして、全裸で立っていた。


「すみません、間違えました」

 ドアを閉じる。鍵をかける。エレベータのボタンを押し、階下に降りる。管理人を呼びだして訊くと、普通に部屋番を間違えたらしい。「がおおお!」と吠えてやれば、ボケ老人は慌てて頭をさげ、泡食って代わりの鍵を用意した。

 先ほどとは別の階で、本物の部屋の前に立つ。

「……さっきの人、なんで全裸だったんデスかね」

「わからん。アオに聞け」

「いや、さすがに僕でも」

 あらためてドアを開けた。

 その奥には青白い顔をした少女がおり、膝を抱えて、じぃとこちらを見ていた。

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