メイド MasCombat
「どれ、すこしお嬢さんの隠された素質を見てみようかのぅ」
だから俺は女じゃねぇって。
街の隅まで案内された先にあった一軒家にドカドカと入り込んで(主にマリリンが)縁側で優雅にお茶をすすっていたお爺さんに話し掛ける。やたらと長いどうでもいい話をされた後、ようやく本題へと至り、どこかへと飛ばされた。恐らくはチュートリアル用の別空間だろう。
と思っていたら、兵士さん達がずらっと立ち並ぶ戦場だった。
「隊長! ご指示を!」
あーと……これもイベント? なんか遙か先の方で人と人とが争っている様子がうっすらと見える。今まさに戦争している最中のようだった。
訳が分からず右往左往してると、突然に世界が灰色に染まって時間が止まる。ぬ、なんか出てきた。
「やっほー、綺麗なおねぇさん。どうやら困ってるようだねー。僕ちゃんが助けてあげよっかー?」
「……頼む」
ホワンとした光から出てきたのは羽根の生えた小人のような小さな存在だった。名前はポックル。手に指差し棒を持った悪戯好きそうな妖精。当然、宙に浮いていた。という所まで自分で自己紹介してきやがった。
「んじゃ、サクサクっといってみよっかー。時間をちょっと巻き戻して、また最初から始めるねー。ちなみに僕の姿は彼等には見えないし僕の声も聞こえないから、そのつもりでね。僕にもいちいち受け答えしなくていいから。おねぇさんも、変な人に思われたくないだろー?」
「ああ、分かった」
「だぁかぁらぁ、受け答えはいらないって。質問したい時は心で念じるだけでいいからね。んじゃ、いっくよー!」
妖精ポックルがそう言った瞬間、世界がギュルンっと巻き戻された。ぐ……TV画面とかで見るのとは違って、見える全てが巻き戻される光景って凄く気持ち悪い。
「隊長、ご指示を!」
目の前に整列してた兵士達は微動だにしてなかったので一向に変わらず、言葉だけがまた投げかけられる。
「さぁ、ここからがおねぇさんの出番だ! 手早く指示を出して、この戦場を勝利へと導こう!」
『いや、指示を出せって言われてもな。状況がまったく分からないと指示の出しようもないんだが……』
「ちっちっちっ。焦っちゃいけないよー。そのために僕ちゃんがいるんだから。でもあんまりのんびりもしてられないから省略していくね! 全ウィンドウオープン!」
ポポポポポンッと軽快に音を鳴らせながら、色んなウィンドウが視界の端に現れる。
それとは別に、視界中央のやや下辺りに、何だか選択肢のような文字の羅列が並ぶ。
「両端に出ているのが、今おねぇさんが把握する事の出来る情報すべて。中央にあるのが指示可能な命令文。ここまで言えば分かるよね?」
『いや、分かんないから』
「察して」
『無茶言うな!』
そう言っている合間にも、ウィンドウ上に表示されている色んなデータが目まぐるしく更新されていく。全体マップやら味方の配置図だったり、味方の戦力値や敵方の予想戦力値、細かな戦況報告、部隊名、人員、個々の名前と戦闘能力などなど。ストップボタンがあれば絶対に押したいと思う程の膨大な情報量。
「もぅ、おねぇさんったら我が儘だなぁ。戦況を見て、適切だと思われる命令文を口に出して言えばいいだけなんだけどねぇ。とりあえず、何でも良いから命令してあげたら? 兵士さん達、凄く困ってるみたいだし」
『口に出して言えばいいのか? ふむ。なら……』
「右翼、前進」
「はっ! 右翼前進!」「右翼前進!」「右翼前進!」
お……なんか伝言ゲームのように命令が伝わっていき、右の方にいた人達が前進し始めた。と同時に視界中央の選択肢も一気に増える。しかも細かく、長文すらある。試しに言ってみよう。
「左翼前衛1陣、左から回り込み敵右翼を突け。2陣3陣は前進。左翼後衛は1陣接敵前に矢を射かけよ」
「はっ! 左翼前衛1陣、左から回り込み敵右翼を突け。2陣3陣は前進。左翼後衛は1陣接敵前に矢を射かけよ」「左翼前衛1陣……」「左翼前衛1陣……」
おお、凄い。あんなに長いのに全部覚えてる。俺の命令に従って、左翼の人達が二手に分かれる。更に後衛っぽい人達は弓を構え始めた。
暫く待っていると、左翼後衛が前方中空へと弓矢を放ち、敵と思われる兵士達に矢の雨を降らせた。遅れて、左から回り込んでいた少数の味方兵士が敵陣へと突っ込んでいく。
これはすごい……というか、これって本当にRPGなのか? 明らかに戦術SLGじゃ……。まぁこの際、そんな些細な事は忘れよう。
「おねぇさん、感動するのもいいけど、右翼の人達がやばい事になってるよー?」
『なに?』
お、やばい。前進させたままだったから、右翼の奴等、ほとんど無策で敵に真正面からぶつかって蹴散らされてる。ウィンドウの一つに表示されていた数値がみるみるうちに減っていた。
「右翼、中衛前進、前衛下がれ! 重防御陣をしきつつ後退! 後衛、援護せよ!」
「はっ! 右翼、中衛前進、前衛下がれ! 重防御陣をしきつつ後退! 後衛、援護せよ!」
今度の復唱は一回のみ。残りの二回分は、さっき走っていった者がたぶん伝令役なのだろう、現場指揮官に伝える際に一回。現場指揮官による兵士達への命令が一回。これで復唱三回分になる。
なら、こんな命令を出すとどうだろう?
「左翼、前衛1陣はそのまま敵中央を横切り、敵左翼を突き抜けよ。前衛2陣後退、3陣前進。後衛は味方右翼の後退を援護。中衛は敵の突撃に備えよ」
「左翼、前衛1陣は……」
おー、伝令が三人出た。各部隊のいる場所が異なるためか。
「結構むちゃくちゃな命令だすね、おねぇさん。僕ちゃん真っ青だよ」
無視して、逐次変わっていく戦況を眺め続ける。突破しようとした左翼1陣の兵士数がガクッと減り、突破する頃には一桁になっていた。代わりに、生き残っていた兵士達のステータスは若干の上昇を見せる。命令が伝達されるまでの時間に加えて、リアルタイムの成長要素まで戦術の枠に組み入れる必要があるという事か。随分と面倒な。
「左翼前衛1陣、右翼1陣と合流。以後、右翼1陣とする。右翼、中衛後退……」
なんとなくこの戦争ゲームのシステムが読めてきたので、早速バリバリと命令を出していく。戦況はすこぶる悪い。初期ステータスからして味方の方が劣勢の模様だった。チュートリアルにしては珍しい悪条件だな。
左翼が突破され、中央軍と衝突。右翼も劣勢を強いられており、壊滅間近か。本陣からも兵を出し、何とか戦況を維持しようと努力してみる。無理そうだ。
仕方ないので、右翼から成長している者達を中央へと戻し、残った者達だけで右翼を兎に角守らせる。突破された左翼の残存兵力は、嫌がらせのように敵中央軍を牽制。
く……右翼壊滅。中央の軍へと殺到されると負けが確定しそうなので、本陣の軍を動かして敵左翼を抑える。俺だけは本陣に残っているので、攻め込まれた時点で終わるな。
いよいよ敵中央軍も残り少ない左翼残存兵力の牽制を無視して突撃を仕掛けてくる。たった数名では挟み撃ちにはならないので、左翼残存兵力は手薄となった敵本陣を左から攻めさせた。いわば特攻。一応、彼等のステータスはちょっと高めになってたので、もしかしたらを起こしてくれるかもしれない。
ああ……もしかしたらで本当に終わりそう。残り1名。
敵中央軍が合流したため、それまでなんとか持ちこたえていた味方中央軍が瓦解する。敵左翼の相手をしていた味方本陣軍も手一杯なので、もう無理だ。引き返したとしても、敵がここ本陣に殺到する方が早い。
最後の伝令が本陣を離れ、残っていた全員が抜刀する。俺の命令を復唱していた側近も覚悟を決めたようだった。だが、その彼を合わせても、ここ本陣には数名しかいない。しかも伝令だった者がほとんどなので、そのステータスは味方兵士の中ではほぼ最低値。
「ちなみに、おねぇさんはそこから動く事は出来ないからね。攻撃も防御も出来ない。攻撃された時点で、負けけってー」
『だと思ったよ』
少しして、木枠で囲まれた本陣に敵がわらわらと入ってくる。手には剣だったり槍だったり、やたらと危ない物が握られていた。あれで味方兵士の命を奪ってきたのだろう。血がついていた。
「隊長、ご指示を!」
命を賭してなんとしてでも俺の身を守れ、とでも言って欲しいのだろうか? もはや命令すべき選択肢すら視界中央部には表示されていない。端に表示されているウィンドウもそのほとんどが役目を終えて、数値を更新していなかった。
「チェックメイト、だね。残念、おつかれさまー」
妖精ポックルの中でも、勝敗が確定されたようだ。
『そうだな……チェックメイトだ』
俺の中でも、勝敗が確定された。
「よし、間に合った。俺の勝ちだ」
一瞬遅れて、この戦争の勝敗を告げる勝ち鬨の声があがる。味方からの。
「ええっ!?」
何故か素っ頓狂な声あげた妖精ポックルが、大袈裟に驚いていた。
ん? 御前はいったい何を見てたんだ? ずっと俺と一緒に戦況を見て、俺の出した命令を聞いてたんじゃないのか?
俺はニヤッとほくそ笑んで、遙か彼方にある敵本陣の方を見た。敵将はさぞかし悔しんでいる事だろう。まぁ相手がNPCだったら、そんな感情はないとは思うが。
でもなぁ……。これって、本当にRPGなのか?
♪御意見、御感想をお待ちしています♪
リン「リンちゃんと」
チー「チーちゃんの」
「「あとがき劇場!!」」
リン「わー、わー、ぱちぱちぱちぱち」
チー「ドンドン、ぱふぱふ」
リン「今日もはりきっていってみよー。第5話だよー♪」
チー「あれ? 名前戻しちゃうんですか?」
リン「うん。だって今回、私達の出番ないみたいだから」
チー「あ、本当ですね。ダブル主人公なのに、二人とも出さないなんて酷いです」
リン「え? このお話しってダブル主人公だったの? てっきり私だけかと……」
チー「マリリン。思っても良い事と悪い事がありますよ?」
リン「あ、チーちゃんがいきなりセンねぇモード第二段階に進んでる」
セン「ちなみに第三段階だと名前まで変わっちゃいます」
リン「第三段階にあげなくていいから。元に戻してよ、チーちゃん」
チー「はい。これでいいですか、リンねぇ」
リン「オッケー。暫くそのモード維持しててね、チーちゃん」
チー「はい♪ 実はこの第一段階の方が燃費が良いんですよ」
リン「チーちゃんモードの時よりも?」
チー「です」
リン「不思議だねー。あ、そういえばチーちゃんはチュークエどうだった?」
チー「チュートリアルクエストですか? 普通にクリアしましたけど?」
リン「そうなんだー。私は最初の奴でちょっと手こずっちゃってねー」
チー「失敗したんです?」
リン「ううん、なんとかクリアは出来たよー。でもちょっと危なかった……」
チー「おかしいですね。初回限定超豪華デリシャス特典優待版だと」
リン「楽に勝てる筈なんだけどねー。どうしてだろ。相手の人、凄く強かったよー」
チー「運悪く、ああいうのが得意なプレイヤーさんに当たったんですね」
リン「そうみたい。チーちゃんの相手はどうだったの?」
チー「私の相手はNPCさんでした。何も命令しなくても勝てそうでした」
リン「いいなー。私も慣れてない最初はそんな相手の方が良かったなー」
チー「あれ? 燃えないんですか?」
リン「流石に最初はねー。しかも頭使う奴だと、燃える前に熱暴走しちゃう」
チー「まっしぐらにも弱点はあるんですね」
リン「そりゃねー。弱点だらけだよー。頭使うの嫌いー」
チー「でもリンねぇが選んだ魔法使いって、結構頭使いませんか?」
リン「使うよー。だから最近ずっと脳味噌フル回転ちぅ」
チー「全力回転まっしぐらですね。流石リンねぇ」
リン「うれしくなーい」
チー「その点、私は剣士ですから脳筋です。ハラハラドキドキの接近戦です」
リン「いーなー。私もそっち系にすれば良かったかなー」
チー「今からでも変えます?」
リン「ん~、やめとく。このままで暫く頑張ってみる。まっしぐら頑張ってみる」
チー「はい。まっしぐら頑張って下さい♪」
リン「みんなもまっしぐらにまた見に来てねー」
セン「それでは今回もそろそろ失礼致します。御機嫌よう、皆様方」
リン「あ、第四段階だ」
セン「フフフッ……」
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