鈍重な瞬間
魔王の剣が振り下ろされた瞬間、勇者は駆け出していた。その瞬間、魔法使いの杖が輝き、勇者の動きが加速する。加速した瞬間、勇者は剣を抜き、魔王に向かって斬りつけていた。しかし魔王も瞬間的に勇者の動きに応じ、刀身を寝かせた瞬間に勇者の剣が魔王のそれと噛み合う形になる。
以上の文を読んで、なんてハイスピードの攻防だ! と思う人は、いるでしょうか。
多分、そう思っているのは書いた本人だけです。
短い間にひとつの動作が行われ、短い間にひとつの動作が行われ、短い間に……総体としては、ごく短時間なのでしょう。でも、言葉を飾りすぎると、速さを表現する言葉で場面が鈍重になってしまうのです。
素直に物事を書くのは、文章表現として正しい。正しい文はわかりやすい。
でも、ことスピード感に限って言えば、まとめてしまうことも必要になります。
勇者は駆け出す。ただでさえ常人離れした動きは魔法使いの杖が輝くと共に更に速さを増し、抜き放つ切っ先を魔王の雷速の太刀筋へ割り込ませる。
がちり、重く鈍い音はしかし刃と刃が噛み合ったものではない。
交差する一閃の最中、魔王は振り下ろす刀身をひねり、平たい部分で勇者の聖剣を受け止めていたのだ。
あえて「瞬間」を使わずに書いてみました。
これは速い動きだよ、これも速い動きだよ、全部速い動きだよ、と書く必要はありません。
見えることだけ並べてみたよ、結果(この場合は音)が出たよ、実は一瞬の間にこんな色んなことが起きてたよ。
そうした形式で書いても、速い動きは表現できます。
別の例示をすると以下のようになります。
1.加速モード始まるよ!(以降の動作は全部高速だよ!)
2.一連の動作
3.加速モード終わったよ!
2の動作は必然的に連続したものになりますね。思考をはさむにしても、恐らく長文にしている暇はない。
3が始まった(通常の時間の流れが再開した)際に、あくまでも通常の時間の尺度で動いていたものが動作を完了する(例えばコインが投げ上げられた瞬間に高速の動作が始まり、終了した後で床に落下し音を立てる)と、より「それっぽい」説得力がありませんか?
瞬間を始めとする、速さを表現する修飾詞は、メカで言うバーニア、推進機関のようなものです。
付ければ付けるほど、機体の体積はふくれ上がっていく。最高速は凄まじいものがあるのかもしれない。でも、瞬発力はなさそうですよね。文に必要なのはあくまで「スピード感」であって、瞬発力のある緩急ではないでしょうか。
何が起こったかを表すためには、言葉を飾る必要があります。でも、あえて飾らず、削ったりまとめたりしても、読みやすく、わかりやすくなります。




