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私的執筆考  作者: 花街ナズナ
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執筆考という名の独り言(12)

この「私的執筆考」もエッセイという体裁を取ってはいるものの、随筆ではあっても評論は出来る限りしないよう努力をしています。


あ、自分の作品に関してはこの限りではありません。何せ自分で書いたものですから、自分で自分をどう言おうと単なる自己申告というわけです。


さて、

当然ながら今回、私が書きたいのはそこではなく、ごく一般的な評論について思ったことを書いてみたいと思います。


しかしその前に、

定例ではありますが、また今回も先にお断りしておきます。


ここから述べることはあくまでも単なる私の私見です。


個人の極めて手前勝手な考えであり、そこには確かな裏付けなど何ひとつありません。


その辺りをご理解いただいた上で、どうか続けてお読みになるか、それとも止めるかのご判断を願いたく存じます。


実のところ、私は評論というものがどうにも苦手でして……当然、理由はあるのですが。


特に苦手なのは、絶対的な言い切り型の評論。これだけは恐らく私は一生、相容ることも理解することも甘受することもできないでしょう。


「私は正しい」、「だから私の言っていることも正しい」、「私の考えに間違いなど無い」。

直接にこう記述しているわけではありませんが、言い切る形で評論している以上、意味合いは同じです。


残念であり、同時に幸いなことに、私はそこまでお偉いお話を聞いて鵜呑みに出来るほど性格が純粋ではありません。


が、人間というのは弱いもの。


自分の思考、思想に信念が無く、人の意見に振り回される人を私は何人も見てきました。


だからすがるのでしょうね。


「ここまで自信を持って言っているのなら、きっとこの人は正しいんだ」とか、「これだけ自分を曲げずに評論できる強い芯を持った人なら、従ってみたい」とか。


自分に芯が無いから、簡単に押しの強い意見に迎合してしまう。


ただ、それを悪いとは言いません。

前述したように、人間は弱いもの。


何かにすがらないとつらい、苦しいと思ったとして、それを責めるのもまた大人げの無い話です。


ですが、


自分自身以外に何の根拠も無い言い切り型の評論をする方。

これだけは度し難いと断ぜざるを得ないでしょう。


評論。批評して論じること。是非や善悪を論じること。


そんな高尚なことを人間が「決めつけて」おこなうことが出来ると考えていることが、あまりに度し難いのです。


百歩譲るとして、「決めつけはしないが、こうした考えもある」という体裁であるなら許容もできますが。

何といっても、私自身がそれに準ずることをしているわけですし。


ゆえに、

私はどんな些細なことを論じるに当たっても必ず「これはあくまで私の私見です」としつこいほどに念を押します。


私は自分の考えを披露しこそすれ、それによってもし道を誤ってしまった人が出てきた場合、その責任を取ることなどできませんから。


「自分の言動に責任が取れないなら断言などするな」というのが私の考えです。


歴史を紐解けば分かる通り、昨日の常識が今日の非常識となるのがこの世の常。

そうした世界にあって、何かを断言するなど人間がして良い結果を生むはずがありません。


断言し、物事を確定させれば固定観念が生まれる。

固定観念は思考を硬直させる。


「できるかもしれない」という気持ちをくじいてしまう。


天動説と地動説などが良い例です。


正しくても間違っているとされる。

間違っていようと正しいとされる。


所詮、真実と虚偽の間には紙一枚ほどの差もありません。


真に求めるべきは是非、善悪、真偽でなく、経過と結果だけで十分なはずです。


望む経過と結果さえ得られれば、それが是であろうが非であろうが関係は無いはず。


単純な二元論を押し付け続け、二千年以上もの間、それも現在進行形で戦争の火種しか生まず、幸福にした人間より不幸にした人間のほうがはるかに多い某宗教を思えば、答えは自ずと明らかでしょう。


私には確固たる信念も、頑強な芯もありません。


あるのはただ、「誰もが幸せになれるわけではない」と勝手に諦めることで楽をしたくないという思いと、細い針金のようにどうとでも曲がれる芯だけです。


それだけに、こうしたことを語ること自体、私は身の程知らずだなと自らを嘲笑せずにはいられません。


それでも、


幼稚で結構。身の程知らずで結構。


私は単なる人間。

人間という動物。


望んで卑しくはなりたくありませんが、かといって偉くもなりたくはありません。


私は私であるだけで十分に幸せです。


というわけで、

今回の独り言はこれにて。


多少、切れの悪い感じがするかもしれませんが、つまりはそこが私の真意です。


白黒などというものをつけようとすること自体が無意味なのではないかと。


シーソーのように、白と黒との間を灰色のまま薄くなったり濃くなったりして過ごすのが実は最も自然なのではないだろうかと。


いつもながら下らない私見を長々と晒し、お見苦しい限りで申し訳ありません。

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