「悪魔は蒼ざめた月のもとに」執筆考(3)
どのような題材、ジャンルであろうと、どうしても自分の好みは出てしまうもので、今回の作品にもそれは顕著です。
私の作品群を奇特にも読み通したことのある方ならお察しと思いますが、私は絶対に主人公を(普通)には勝たせません。
現実の世界で、人間が一番、自分という存在について絶望するのはどんな時でしょう?
毎度の私見ですが、私の経験上、「実力差で完膚なきまでに負ける」ことだと思っています。
恐らくだと思うのですが、自分の可能性に過大な期待をまだ残している人々……、
名づけるなら、
「死ぬまで本気を出さない人々」
その「死ぬまで本気を出さない人々」というのは多分、相手に対して「実力差で完膚なきまでに負ける」を味わわせたいのでしょう。
当然かもしれませんね。
現実で実現不可能なことを、フィクションの中で思い入れしたキャラクターに代理でやってもらうのは、これも立派なエンターテイメントです。
しかし、
私は現実を無視して夢だけに埋没することができません。
前述しました「死ぬまで本気を出さない人々」というのは、すなわち「もし本気を出してしまったら、自分の限界を知ってしまう。そうすると、本当はすごい才能を持っているかもしれないという自分に対する可能性が否定され、平凡な自分を認めざるを得なくなる」という恐怖から逃避していると、私は考えています。
無論、それを責めるつもりなど毛頭ありません。
人間は何も持たずに生まれ、何も持たずに死ぬ。
それなら、出来るだけ楽しく過ごそうと、心の安寧を求めようと、夢だけを見続けていきてゆこうとするのは決して悪いことではありません。
ただ、
私はもう絶望してしまっているのです。
自分が何の才能も持たない、平均以下のつまらない人間であると。
自覚してしまっているのです。
では、
そんな人間はどうやって自分より優れた人間に立ち向かえるかもしれないという希望を持てばいいのでしょうか。
運?
そんな不確定なものにすがるほど、情けないことはありません。
自分の矮小さを、なおさら痛感させられるだけです。
ならばどうするか?
答えは簡単です。
(どんな手を使ってでも)勝てばいいんです。
身体能力で負け、
技術で負け、
頭脳で負け、
最後に出来る凡才の手段は、とにかく考えられるすべての手段を使うことです。
ただし、
卑怯な手段は除きます。
それではせっかくのカタルシスが楽しめません。
カタルシス。
話の前半、意図的にストレスを感じる表現を続ける。
悪の横行。
悪人の乱行。
それに苦しめられる善人。
報われない善行。
無情にも是認される悪。
悪いものが得をし、良いものが泣く。
すべてが悪を味方し、善は踏みつけにされる。
これを見せ続け、大きなフラストレーションを受け手にもたらす。
が、一転、
後半に入り、状況が変わる。
今まで誰も手が出せなかった悪を、最後になって打ちのめす。
この緩急!
この谷と山!
これぞカタルシス!
見て育った作品からの影響でしょう。
私という人間はそれにこそ、究極のエンターテイメントを感じることができます。
自然、そんな私が書く作品は、そういったものを目指し……まあ実際にそれを出来ているかは別として……完成させてゆくところがあります。
個人的な好み以外の何物でもありません。
とはいえ、
好きでなければ書くこともできませんので、これについてはご了承を願うしかありません。
さて、
物語もいよいよ最終盤。
詰めの展開。
果たして勝てるはずの無い太知は、如何にして天使と戦うか。
さすがに、そこは見てのお楽しみとさせていただきましょう。
と、
ここまで、
こうして長々と書いてまいりましたが、
実は私、
この作品の完了をもって、筆を折らせていただこうと考えています。
いえ、別に深い事情などありません。
単に、
前述した通りのこと。
自分に絶望しただけです。
私には小説を書く才能は無い。
そう確信した。
それだけです。
自分は人に望まれていない。
自分の書く作品など、誰にも望まれてなどいない。
それを感じ続けながら執筆し続けられるほど、私は厚顔無恥でもありません。
ならば、せめて去り際は潔く、消えるように去るのが良いと考えたわけです。
急な話ではありますが、
この場を借りまして、今まで多少でも私の作品を楽しんでくださったかもしれない皆様に、心からの感謝とお詫びを申し上げます。
初投稿から約三年。
自分の実力を確認するには十分すぎる時間でしょう。
とはいえ、
この作品自体はまだ未完成。
終了は八月の終わりか、九月の始め辺りまでかかるかもしれません。
それまで、
苦痛だとは察せられますが、何卒、今しばらくのお付き合いをお願い申し上げ、最後の言葉とさせていただきます。