つなぐ気持ち‐冬のお話
「こより」
名前を呼ばれてこよりが振り向くと、陽一がこちらに向かって近づいて来るところだった。待ち合わせ場所の公園に立つ時計に目を向けると、針は約束した時間の五分前を指している。
「待ったか?」
「ううん、全然」
首を横に振りながら、普通の恋人同士のようなやり取りがくすぐったくて、こよりは笑ってしまった。
「なんだか妙だな」
陽一も、どこか落ち着かない顔で笑っている。
たまには映画でも見に行こうと誘った陽一に、外で待ち合わせをしようと提案したのはこよりの方だった。
結婚して同じ家に暮らしているというのに、物好きな。そう呆れる陽一に、たまには違ったこともしてみたい、とこよりが言うと、渋々ながらも彼はうなずいた。
でも、やっぱり言ってみてよかった、とこよりは思った。
まだ年が明けたばかりの冬の街は、空は晴れ渡っていても風が冷たい。だが、陽一を待つこよりは、寒さなど少しも感じていなかった。
やって来た陽一を見つけた時の気持ち。
思わず手を振りたくなるような、あの気持ち。
好きな人との待ち合わせが、こんな気持ちになるものだということを、こよりは久しぶりに思い出していた。
「……行くか」
「うん」
陽一が、革の手袋をはめた左手を差し出す。こよりが右手を出すと、陽一が目を見開いた。
「おまえ、手袋は?」
「あ。……忘れてきちゃって」
興奮なのか緊張なのか、たぶん両方なのだろうが。待ち合わせ場所に着いて初めて、こよりは自分が手袋を忘れて来たことに気づいたのだった。
約束の時間までには間があったけれど、取りに戻れるほどの余裕は無かった。それほど寒さも感じていないこよりは、まぁいいかと思ったのだ。
「しょうがねぇな、おまえは」
そう言うと、陽一は自分の左の手袋をはずし、こよりの左手にはめた。
「いいよ、それじゃ陽一さんが寒いでしょ」
「大丈夫だよ」
慌てるこよりの右手を、陽一が左手で握る。そのつないだ手を、陽一は自分のコートのポケットにしまった。
「これでいいだろ?」
陽一の顔は、照れているようだが、どこか得意げで、こよりはつい笑ってしまった。
「何がおかしいんだよ」
「ううん、なんでも」
ポケットの中で手をつないだまま、二人は歩き出す。
「陽一さんの手、大きいよね」
「おまえが小さいんだ」
ぶかぶかの手袋をはめた手を、こよりが冬の陽にかざし、そんな他愛ない言葉を交わしながら。
つながれた手のぬくもりを感じながら。
【終】