お鍋の中の愛情
こと、こと、こと。
お鍋が小さな音をたてている。落とし蓋代わりのアルミホイルの下では、イカと大根が煮えている。
陽一さんと暮らし始めて、そろそろ二年。好みもわかってきた。今日のイカと大根の煮物も、陽一さん好みに、みりんとお醤油で少し濃いめの味付けにしてある。
もういいかな。
アルミホイルをめくって、煮え具合を見る。
うん、いい感じ。
火を止めて、お皿にイカだけを取り出す。煮過ぎるとゴムみたいになっちゃうからね。
大根はお鍋に残したまま、再びアルミホイルをかぶせる。
なんていうんだっけ。こうして温度が下がるのと同時に、味がじっくり染みていくんだよね。昔、科学の時間に聞いた用語があったと思ったんだけど。陽一さんが帰ったら、訊いてみよう。
そのことを知るまでは、外側ばっかりしょっぱくて、真ん中は真っ白なままの大根の煮物ばかり作っていた。でも、今は大丈夫。あとは、夕食前になったら、イカをお鍋に戻して温めればいい。陽一さんは、おいしいと言ってくれるかな。
こうして好きな人のためにごはんの支度をしている時、しみじみと幸せだなと思う。そりゃ、たまには失敗もあるし、何を作っていいかわからなくて困ることもあるけれど。
誰にも譲れない、あたしにとっての至福の時間。つきあい始めた頃のような、熱さとか激しさのようなものとはまったく違う、穏やかでやわらかな想い。
あたしの今の気持ちは、この大根と似ている気がする。ぐつぐつ煮えたぎるのではなく、静かにゆっくりと、でも、確実に心の芯まで想いが染みていく。飾りけの無い、毎日でも食べ飽きない、そんな愛情。
あ、車の音。
陽一さんが帰って来たのかもしれない。しまった、メインの方を急がなくちゃ。
慌てて包丁を動かしながら、考える。
今の思いつきを、後で陽一さんに話してみようかな。じっくりと味が染みた大根を添えて、それに例えてみたら、きっと言葉以上にうまく伝わる気がする。あなたのことが大好きだという、この気持ちが。
【終】