表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

003 刹那の無限地獄

 弟子入りから数ヶ月。季節は巡り、春の暖かな風が吹き始めていました。

 私はすっかり、この村の風景の一部になっていました。


「ヴィーナねぇちゃーん! あそぼー!」

「こらこら、ヴィーナ姉ちゃんは仕事中だぞ!」

「ふふ、大丈夫ですよ。薪割りくらい、すぐに終わりますから」


 私は子供たちに微笑みかけながら、大人の男性でも担ぐのがやっとの丸太を、小枝のように軽々と持ち上げました。

 村人たちは最初は驚いていましたが、今では「ヴィーナちゃんは力持ちだなぁ」で済ませてくれます。

 平和で、温かくて、肥料かんじょうの質もいい。最高の牧場です。


 ――そんな私の平穏な庭に、土足で踏み込んでくる害虫が現れたのは、そんなある日の午後でした。


          ◇


「おいババア! もっとマシなポーションはねぇのかよ! 水みてぇに薄めやがって!」


 診療所から怒鳴り声が聞こえ、私は作業の手を止めました。

 入り口には、派手な装備に身を包んだ四人組。

 いわゆる「勇者パーティ」というやつですね。


「うちは混ぜ物はしないよ。嫌なら街で買いな!」


 マルサ師匠が毅然と言い返しますが、リーダー格の剣士の男――勇者が、腹いせに棚の商品を薙ぎ払いました。


 ガシャーン!!


 瓶が砕け散り、薬液が床に広がります。

 ……あーあ。それ、私が昨日作った新作なんですけど。


「あ? なんだこの姉ちゃん、美人だな。俺たちの仲間になるか?」


 診療所に入ってきた私を見て、勇者が下卑た笑みを浮かべました。

 私の身体を上から下まで、舐め回すように視線が這います。

 気色が悪いですね。殺虫剤を撒きたい気分です。


「いいねぇ。回復職か? 俺の『専属』にしてやるよ」


 勇者が私の手首を掴みました。


「やめな! その子は私の弟子だよ、勝手に連れていかれちゃ困る!」


 師匠が慌てて割って入ろうとします。


「あぁ? なんだ、ばばぁ。邪魔すんじゃねぇよ!」


 勇者が乱暴に師匠を突き飛ばしました。

 ドン、と鈍い音がして、師匠が作業台に腰を強打し、床に倒れ込みます。


「――ッ、うぅ……!」

「師匠!」


 私は駆け寄り、師匠を抱き起こしました。

 ……腰の骨にヒビが入っていますね。高齢者には致命傷になりかねません。


(……ほう?)


 私の中で、何かが冷たく凪いでいきました。

 私の大切な生産拠点おばあちゃんを。私の許可なく傷つけた?

 

 私はゆっくりと立ち上がり、勇者に向き直りました。

 にっこりと、聖女のような微笑みを浮かべて。


「……わかりました。ですが、私に勝てたら、私をパーティに入れてもかまいません」

「はあ? 勝負だと?」


 私はキョロキョロと辺りを見回し、野次馬の中にいた男の子たちの集団に声をかけました。


「ボクたち。戦士ごっこで使っていたその棒、お姉ちゃんに貸してくれませんか?」

「え? う、うん……」


 男の子たちが差し出したのは、ただの木の棒です。

 私は二本受け取ると、その一本を勇者に向かって放りました。


 カラン、コロコロ……。


 木の棒が勇者の足元に転がります。


「これで戦いましょう」

「はあ!? おまえ、馬鹿かよ。俺は『剣技スキル』高めなんだぞ? 女だからって手加減しねーぞ、あとで嘘と言われても困るからな」


 勇者は呆れたように棒を拾い上げました。


「構いませんよ。さあ、始めましょう」

「おいおい、ちょっと待てよ田舎娘」


 勇者が鼻で笑いました。


「『誓いの儀式』もなしか? 常識知らずにも程があるだろ」

「……ちかいのぎしき?」


 私が小首を傾げると、勇者とその仲間たちがゲラゲラと笑い出しました。


「マジかよ、そんなことも知らねぇのか! これだから田舎モンは困るぜ」

「しょうがねぇなぁ。俺が教えてやるから、こっち来て手を出せよ」


 勇者がニヤニヤしながら私の手を取り、自分の手と重ね合わせました。


「いいか? この状態で互いに勝利条件を宣言するんだ。そうすりゃ、神様・・が証人になって、負けた方は約束を破れなくなる。そういうシステムだ」


(へえ。神様、ですか)


 元・神の使い(わたし)の前で、人間が作った都合のいいルールを、さも絶対の理のように語る。

 なんて滑稽で、可愛いんでしょう。


「わかりました。……じゃあ、武器を落としたほうが負け、ということで」

「はん。いいぜ。俺が負ければ二度とこの村には来ない。お前が負ければ、俺のモノになる」


 勇者の宣言と共に、二人の手が淡く光りました。

 誓約完了、ということらしいです。


「よせ、ヴィーナ! 相手は腐っても勇者だ、勝てるわけがない!」


 師匠が痛みに顔を歪めながら叫びます。


「もうおせーよばばぁ、儀式は完了した! ……へへっ、棒の握り方も素人だ。こりゃ俺の勝ち確だな」


 勇者が棒を構え、嘲笑うように言いました。


「行きますよー。えいっ」


 私がへっぴり腰で棒を振ると、勇者は鼻で笑ってそれを避けました。


「おっそ!」


 ブン! ヒュン!

 勇者の棒が風を切ります。

 私は「おっと」「危ないですねぇ」「きゃあ」と気の抜ける声を出しながら、最小限の動きでそれを躱しました。

 棒は空を切るばかりで、私の服の端すら掠りません。


「ちょ、おい! 早く当てろよ!」

「パフォーマンスかよ、趣味悪いぜリーダー!」


 後ろで見ていた勇者の仲間たちが野次を飛ばします。

 村人たちや子供たちからは、「おねえちゃん、すごぉい!」「がんばれー!」と歓声が上がります。


 勇者の顔が、屈辱で真っ赤に染まりました。


「……ナメやがって! クソアマがぁぁ!!」


 勇者の全身が赤く発光しました。

 スキル『神速剣ヘイスト』。彼の動きが倍速化します。

 仲間たちが勝ち誇ったように笑います。


「あぁ、あの嬢ちゃん大怪我だな」

「まぁ怪我しても俺らが治してやるからよ、ギャハハ!」


 圧倒的な速度を手に入れた勇者は、私の目の前に立ちはだかり、最後の警告を突きつけました。


「今すぐ棒きれを捨てて俺に屈服するなら、やめてやる。……5秒以内にな!」

「……」

「5、4、3、2、1……!」


「あの時捨てなかったことを、後悔するんだなぁ!!」


 勇者の棒が、私の身体をボコボコにしようと迫ります。

 

 ――神技『思考加速クロックアップ』。


 私の思考が、世界を置き去りにしました。

 周囲の音が消え、舞い散る砂埃さえも空中で静止します。

 1秒が何万分の1という形で分割され、引き伸ばされていく。


 勇者の棒は、私の身体に届く寸前で止まっていました。

 彼の顔には、嗜虐的な笑みが張り付いたまま。


(なんです、この遅さは。あくびがでちゃいますよ)


 私は凍りついた時の中で、勇者の耳元へ顔を寄せ、恋人のように囁きました。


(これが限界なんですか? 私はもっと早く動けますよ)


 トン、と彼の膝を木の棒で突きます。


(とりあえず、あなたの足を折りますね)


 バキッ。

 加速した世界の中で、骨の砕ける音が響きます。

 本来なら激痛で絶叫するところでしょうが、彼の脳へ信号が届くより早く、私は次の行動に移ります。


(そして回復します。――ヒール)


 砕けた骨が、一瞬で元通りになります。

 そしてまた、木の棒を振り下ろす。


(これを、1万回繰り返します)


 バキッ。ヒール。

 グシャッ。ヒール。

 ボキボキッ。ヒール。


 1秒という刹那の間に、「破壊」と「再生」を叩き込みます。

 肉体的な傷は残りません。

 ですが、脳に刻まれる「痛み」の記憶と、魂に刻まれる「圧倒的な暴力」への恐怖は消えません。


 凝縮された痛みの奔流が、神技の解除と共に彼を襲うでしょう。


 5回目――いえ、50回目に到達したあたりでしょうか。

 勇者のこころから、「ポキッ」という小気味良い音が聞こえました。


 プライド、傲慢、自信。それらが粉々に砕け散り、代わりに生まれたのは――。

 絶対的強者への、底なしの『屈服』と『恐怖』。


(あ、実りましたね)


 私は勇者の胸元に手を差し込み、熟れきった漆黒の果実を引き抜きました。


 ――思考加速解除。


 ドサァァァッ……!!


 現実世界では、一瞬の出来事でした。

 私が棒を一振りしたかと思った次の瞬間、勇者は白目を剥いて地面に崩れ落ちていました。

 口から泡を吹き、身体を小刻みに痙攣させています。

 棒は手から離れ、私の後方に転がっていました。


「……え?」

「な、なにが……?」


 仲間たちも、村人たちも、何が起こったのか理解できていません。

 勇者は外傷ひとつないまま、ただ「心だけが破壊されて」気絶しているのですから。


「あらあら。貧血でしょうか?」


 私は木の棒を子供に返すと、倒れた勇者を冷ややかな目で見下ろしました。

 その手には、誰にも見えない『屈服の果実』が握られています。

 毒々しいほどに紫色をした、大ぶりの果実です。


 仲間たちが青ざめた顔で後ずさります。

 彼らの目には、私が「何か得体の知れないバケモノ」に見えていることでしょう。


「しょ、勝負あり……ですね! さあ、約束通りお引き取りください。……それとも、皆さんも遊びますかぁ?」


 私が小首を傾げると、彼らは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、動かなくなった勇者を引きずって逃げ出しました。

 二度と、この村の方角を見ることもできないでしょうね。


 静寂が戻った診療所の前で、私は師匠に駆け寄りました。


「師匠! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……。あんた、今なにを……」

「ただの偶然です。彼、足がもつれちゃったみたいで」


 私は師匠の背中をさすりながら、こっそりと手の中の『果実』を懐の「亜空間ポケット」へと放り込みました。

 

 (ジャンクフードですけど、たまにはこういう刺激的な素材も悪くありませんね)

 (いつか調合する時の、隠しスパイスとして取っておきましょう)


 村人たちが私に駆け寄り、口々に感謝の言葉を述べています。

 私はその歓声を聞き、ひっそりと満足げな笑みを浮かべました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ