表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/17

011 再会の晩餐

 執務室の窓から、王家の紋章を掲げた馬車と、武装した騎士団の列が見えました。

 ついに到着しましたね。


「ふふ。前菜だけでお腹いっぱいになるかと思いましたが……やはり、メインディッシュが来ないと締まりませんね」


 私は口角を上げ、最後の仕上げに取り掛かりました。

 戦うつもりなんてありません。

 せっかくのお客様なのですから、最高のおもてなし(トラウマ)をプレゼントして差し上げないと。


「ポチ。お客様がいらっしゃいましたよ。盛大に歓迎してあげなさい」

「ワンッ!」


 私は首輪を外し、彼を大広間へと放ちました。


          ◇


 王国の監察団――アリス王女と近衛騎士団は、異様な静けさに包まれた村を進んでいました。


 村人たちの姿はあります。しかし、誰も騎士たちに助けを求めようとはしません。

 家の中から、あるいは物陰から、ただ怯えた目でこちらの様子を窺っているだけです。

 それは圧政に苦しむ民の目ではなく、何か恐ろしい「ルール」に縛られ、思考を停止した家畜の目でした。


「……様子がおかしいですね」


 アリスが呟きます。

 彼女の隣を歩く騎士団長が剣の柄に手をかけました。


「殿下、警戒を。罠かもしれません」


 一行は領主の館に到着しました。

 正門は大きく開け放たれ、守衛の姿もありません。

 まるで、自ら口を開けて獲物を待つ怪物のようです。


「……行きます」


 アリスは毅然と顔を上げ、館の中へと足を踏み入れました。


「――王国監察団だ! 領主はいるか!」


 騎士たちが大広間の扉を蹴破り、一斉になだれ込みます。

 しかし、彼らは即座に足を止め、言葉を失いました。


 そこには、戦いの準備など微塵もありませんでした。

 大広間は、豪華絢爛なパーティー会場と化していたのです。

 テーブルには山盛りの料理と最高級のワイン。

 そして、美しいドレスを着た女性たちが、虚ろな笑顔を貼り付けたまま、機械人形のように楽器を奏でています。


「あ、あぅ……きゃく……おきゃく、さま……」


 上座にいた男――領主が、ふらふらと這い出てきました。

 四つん這いです。

 彼は騎士たちの足元まで這いずると、媚びるように靴を舐めようとしました。


「うわっ!? な、なんだ貴様は!」


 騎士の一人が思わず後ずさります。

 領主はヘラヘラと笑いながら、自分の首を指差しました。


「ワンッ! ……ポチ、いいこ……ごはん、ちょうだい……?」


 その異様な光景に、騎士たちは毒気を抜かれ、同時に寒気が走りました。

 一国の領主が、人間の尊厳を完全に破壊され、ただのペットに成り下がっている。


「……ッ、許せない」


 アリスは怒りに震えながら、奥の階段を見上げました。

 そこに、その元凶がいると直感したからです。


「出てきなさい、『アマリリス』! この村を裏で操っているのは貴女でしょう!」


          ◇


「まあ。せっかくのお料理が冷めてしまいますわ」


 私は大階段の上から、ゆっくりと姿を現しました。

 かつての侍女服ではなく、領主代行としての豪奢なドレスを纏って。


 騎士たちが一斉に私に剣を向けます。

 ですが、アリスだけは動きませんでした。

 いいえ、動けなかったのです。


 私と目が合った瞬間、彼女の時が止まりました。


「……う、そ……」


 カラン、と乾いた音が響きました。

 アリスの手から、王家の紋章が入った「査察許可証」が滑り落ちたのです。


 彼女の瞳が大きく見開かれ、唇がわなないています。

 無理もありません。

 目の前にいるのは、数年前、自分の身代わりとなって死んだはずの侍女なのですから。


「アンナ……? どうして……?」

「ようこそお越しくださいました、アリス様」


 私はスカートの裾を摘み、優雅にカーテシーをしました。


「アンナ、なの……? でも、貴女は死んだはずじゃ……!」

「ええ。私はあの日、確かに死にました」


 私はゆっくりと顔を上げ、妖艶に微笑みました。


「ですが……『あの方』が、私を蘇らせてくださったのです」

「……あの方?」


 アリスが息を呑みます。

 私は両手を広げ、この狂った宴会場を示しました。


「アリス様。この村はいかがでしたか?

 私が手塩にかけて育てた『花(女性たち)』と、調教しつけをした『ポチ(領主)』……。

 とても美しい庭園でしょう?」


「……何を言っているの? ここは地獄よ! アンナ、貴女は何をされたの!? 誰に操られているの!?」


 アリスが涙を浮かべて叫び、私に駆け寄ろうとします。

 騎士団長が慌てて彼女を制止しました。

 

「殿下! いけません! あれは死霊術か何かで操られているのです! 不用意に近づけば……!」


 正解です、騎士団長さん。

 これ以上近づかれては、私が逃げにくくなります。


「ふふ。……残念ですが、私はまだここで捕まるわけにはいきません」


 私は一歩、後ろに下がりました。

 同時に、周囲の空間がぐにゃりと歪みます。

 事前に設置しておいた転移魔法の起動です。


「待って! アンナ! 行かないで!」


 アリスが必死に手を伸ばします。

 私は消えゆく光の中で、テーブルの上に置かれた『分厚い革張りの本』を指差しました。


「アリス様。そちらに、彼女たちが毎日書いていた『日記』を置いておきますね」

「にっ、き……?」


 私は困ったように眉を下げ、心配そうに告げました。


「私は忙しくて、中身までは管理しきれませんでしたから……。

 もしかしたら、『手掛かり』が書かれているかもしれませんよ?」


 私は人差し指を口元に当て、祈るように囁きました。


「どうか、隅々まで読んでくださいませ。……そこに、真実がありますから」


「アンナァァァッ!!」


 彼女の悲痛な叫び声を置き去りにして、私の視界は白光に包まれました。


          ◇


 転移した先は、館から遠く離れた森の中。

 私は亜空間ポケットから回収したボトルを確認し、満足げに頷きました。


 アリスちゃん、いい顔をしていましたね。

 死んだはずの侍女が生きていて、しかも悪の手先になっている。


 これで、彼女は確実にあの日記を読むでしょう。

 「アンナを救う手掛かりがあるかもしれない」「アンナがどうしてああなったのかがわかるかもしれない」と期待して。


 けれど、そこに書かれているのは被害者たちの悲鳴ではありません。

 

 『今日もアマリリス様に褒めていただけた』

 『隣のあの子が落ちて清々した』

 『もっと私を見て、私を愛して』

 

 そんな、自発的に堕ちていった女たちの、粘着質な『崇拝』と『狂気』の記録です。


 救おうとした被害者が、実は喜んで加担していたと知った時。

 そして、その元凶であるアンナが、被害者たちから神のように愛されていたと知った時。


 彼女の正義感は、どう歪み、どう熟成するのでしょうか。


 数年後、再会する時が楽しみですね。


「さて。次の農場へ向かいましょうか」


 私はカトレアに渡した地図とは全く別の方向へ向かって、軽やかに歩き出しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ