第07話: 謎多き侍女と裏切る侍女 ——そして新たな協力者
腕の怪我が癒えて宮殿内を自由に歩き回れるようになると、私は本格的な情報収集に着手した。
ヴァリスガル帝国の内情、宮廷内の権力構造、姉たちの動向、そして——レオルガン皇太子の前妻の死の真相。
知るべきことはあまりにも多い。だが時間は限られている。いつ、姉たちが本格的な罠を仕掛けてくるか分からないのだから。
情報収集において侍女ミーアの存在は、ますます不可欠なものとなっていた。
彼女の収集能力と分析力はやはり尋常ではない。
宮廷内の噂話から、侍従たちの個人的な情報、貴族たちの派閥動向まで、私が指示した以上の情報を的確かつ迅速にもたらしてくれる。
「ミーア。
あなたは一体何者なの?
あなたの情報収集能力は
普通の侍女の域を超えているわ」
ある日、私は改めて彼女に尋ねた。【心の声を聞く者】が受け取る「心の声」も、変わらず私への強い忠誠心を示している。
だがその奥にある固く閉ざされた扉は、依然として開かれる気配がない。
私の問いにミーアは一瞬だけ、無表情な仮面の下で動揺したかのように見えた。だが、すぐに平静を取り戻して静かに頭を垂れた。
「……申し訳ございません、ロマンシア様。
今はまだ、お話しできないことがございます。
ですが、一つだけ申し上げられるのは
私は決して、ロマンシア様を
裏切るようなことはしない、ということです」
彼女の声には、嘘偽りのない強い意志が込められていた。心の声も、その言葉が嘘ではないことを告げている。
(今はまだ話せないこと……か。
無理に聞き出すのは得策ではないわね。
彼女の過去が何であれ、今の彼女は私の味方。
——それで十分だわ)
私は追及を諦め、話題を変えた。
「分かったわ。詮索はしないでおきましょう。
それよりも、宮殿内の他の侍女たちの動きはどう?
私に敵意を持っている者は?」
「はい。何名か——
ロマンシア様に対して好意的でない感情を
抱いている者がおります。
特に筆頭侍女のマルティナは
宰相派の貴族と繋がりがあり
ロマンシア様の動向を
探っている様子が見受けられます」
ミーアは淀みなく報告を続ける。
「彼女は他の侍女たちに、
ロマンシア様に関する根も葉もない噂——
例えば『ケルベロス家から
莫大な持参金を持ち込んだが
それを独り占めしようとしている』
とか
『皇太子殿下に取り入るために
媚びを売っている』といった
——そんな噂を流している可能性があります」
「マルティナ……」
思い当たる顔があった。常に笑顔を浮かべているがどこか計算高い印象のある、中年の侍女だ。
「彼女が何か具体的な動きを?」
「今のところ、目立った動きはございません。
しかし注意が必要かと。
彼女のような人物は直接手を下さず、
他人を利用して事を運ぼうとすることが
多いですから」
ミーアの警告は的を射ていた。そしてその警告が現実のものとなるのに時間はかからなかった。
◇
数日後、私の元に一人の若い侍女が怯えた様子で、こっそりと接触してきたのだ。名をリリアという、以前マルティナの後ろに控えていた侍女だった。
「ロ、ロマンシア様……!
お、お願いがございます……!」
リリアは私の部屋の隅で震えながら懇願してきた。その心の声は、恐怖と罪悪感、そして後悔の念で激しく乱れていた。
話を聞くと、やはりマルティナがリリアの家族の弱みを握り、彼女を脅迫して私に不利な情報を流させようとしていたらしい。
具体的には「ロマンシア様が、夜な夜な怪しげな魔術の研究をしている」という偽の噂を広めるように、と。
おそらく前皇太子妃の死と結びつけ、私が何かよからぬ術を使っているかのように印象付けようという魂胆だろう。
「わ、私……断れなくて……
一度だけ、他の侍女に
そんな話をしてしまいました……
でも、すぐに後悔して……!
どうか、お許しください……!」
リリアは涙ながらに訴えた。能力によれば、その言葉が真実であることも分かった。彼女は脅されて犯した過ちを、深く悔いていたのだ。
(マルティナ……!
やはり、卑劣な手を……!)
怒りが込み上げたが、同時にリリアへの同情も感じた。彼女もまた被害者なのだ。
「……顔を上げなさい、リリア」
私は静かに言った。
「あなたが脅されていたことは理解しました。
一度の過ちは許しましょう」
「ほ、本当ですか……!?」
リリアの顔に安堵の色が浮かぶ。
「ただし——」
私は続けた。
「これからはわたくしのために働きなさい。
マルティナの企みを
全てわたくしに報告するのです。
そうすれば、あなたの家族の安全は
わたくしが保証しましょう。
……できますか?」
「は、はい! 喜んで!」
リリアは迷わず頷いた。
「このご恩は決して忘れません!
ロマンシア様のために働かせてください!」
心の声からも迷いや恐怖の響きは消え、代わりに私への感謝と忠誠を誓う強い決意が聞こえてきた。
こうして、私は図らずも新たな協力者——敵陣営に食い込むための内通者を手に入れた。
マルティナやその背後にいるであろう姉たち、そして宰相派に対する反撃の重要な一手となるだろう。
この一件はミーアへの信頼をさらに深めることにもなった。彼女の警告は正しかった。そして彼女の忠誠心も本物だ。
「ミーア、ありがとう。
あなたの警告のおかげで先手を打つことができたわ」
「とんでもないです。
ロマンシア様のお役に立てたのであれば幸いです」
ミーアは静かにそう答えた。彼女の謎は依然として残るが、私たちは主従として、そして共に戦う仲間として、より強い絆で結ばれた気がした。
(さて、マルティナ……そして、お姉様たち。
あなたたちの企みは筒抜けよ。
次はどんな手で来るのかしら?)
私は静かに闘志を燃やしていた。敵の悪意を感じ取るこの力は、苦痛をもたらすだけではない。
使い方次第では、敵の動きを読んでその裏をかくための強力な武器にもなるのだ。