第54話: 逆転の糸口
帝都アヴァロンからの「仲間たちの想い」と情報という名の希望の光。それは、アスクレピオスの圧倒的な力の前に絶望しかけていた私の心に、再び不屈の闘志を灯してくれた。
私はまず、アスクレピオスの仕掛けてくる精神攻撃——私を過去のトラウマと悪夢に縛り付けようとする卑劣な幻術を打ち破る必要があった。
「あなたのくだらない幻術は
もうわたくしには通用しないわ、アスクレピオス!」
歯を食いしばり、心の奥底から湧き上がる全ての力を振り絞って叫んだ。
「わたくしは過去の亡霊でも
誰かの操り人形でもない!
この二度目の人生を
自分の意志で未来を掴むために生きている
ロマンシア=ケルベロッサなのだから!」
この想いが、私の【心の声を聞く者】の能力を、これまでにないレベルまで極限に高めてくれたような気がした。
私の精神はまるで鍛え上げられた鋼のように強靭になり、アスクレピオスの精神干渉を逆に力強く跳ね返した。
私を苛んでいた断頭台の幻影や、ケルベロス家での屈辱的な記憶、両親から愛情を受けられなかった孤独感といった黒い霧が、一瞬にして霧散し、かつてないほどクリアで冷静さを取り戻した。
「なっ……!?
我が精神干渉を自力で打ち破っただと……!?
馬鹿な……ありえない……!」
アスクレピオスは、精神攻撃が破られたことに驚きと動揺の色を見せた。彼の「心の声」もまた焦りと私の底知れない精神力への僅かな恐怖の響きを帯び始めている。
(好機は今しかない……!)
私はアランが命懸けで伝えてくれた情報——アスクレピオスの力の源泉である「蛇眼の紅玉」を無力化するための「古き民の古代呪文」を詠唱し始めた。
エレオノーラ妃の日記や、月の谷での学びを通じて、私の魂に深く刻み込まれていた、力強く、神聖な響きを持つ言葉。
「眠れる竜よ、その眼を閉ざせ
紅き星影、力を失い、虚無へと還れ
古き魂の契約のもとに
汝の魔力、ここに封じる——」
私の声は、地下祭壇全体に響き渡った。
「殿下! ミーア! ライル!
今です! アスクレピオスと石柱を!
祭壇の北東の角にある
蛇の紋章が刻まれた石柱を破壊して!」
「……分かった!」
「承知いたしました!」
レオルガンとミーア、ライルも力を振り絞って再び立ち上がった。彼らの瞳には「この戦いに全てを賭ける」という強い覚悟が宿っている。
二人は呼吸を合わせてアスクレピオスに飛びかかり、同時にライルが祭壇へと、渾身の一撃を叩き込もうとする。
「小賢しい真似を……!
だが、間に合わんぞ!
我が儀式は、もう完成する!」
アスクレピオスは、私の詠唱をどうにか阻止しようと強力な魔術を放とうとする。——が、レオルガンとミーアの捨て身の妨害と、祭壇への予想外の攻撃によりアスクレピオスの魔力制御に僅かな乱れが生じた。
そして。
私の詠唱する古代呪文が力を増していくにつれ、アスクレピオスの胸元で禍々しい赤い光を放っていた「蛇眼の紅玉」の輝きが、徐々に弱まっていく。
アスクレピオスの全身を覆っていた強力な魔術的オーラにも揺らぎが生じ、表情には初めて焦りの色が浮かんでいる。
(効いている……! あともう少し……!)
最後の力を振り絞り、呪文の最終節を詠唱する。
「——虚無に還れ、蛇眼の紅玉よ!」
(——!)
私の言葉が地下祭壇に響き渡った瞬間。
パリン。
「蛇眼の紅玉」は乾いた音を立てて砕け散り、赤い光は完全に消滅した。
「ぐっ……!
わ、我が力が……!
馬鹿な、この私が……!?」
アスクレピオスは、苦悶の声を上げてよろめく。その魔力は大幅に減少し、周囲を覆っていた鉄壁の魔術障壁も、まるで陽炎のように消え失せた。
ライルが力を振り絞って攻撃していた祭壇の弱点——蛇の紋章が刻まれた石柱も、大きな音を立てて砕け散り、魔法陣へと供給されていた邪悪なエネルギーの流れが途絶える。同時に、祭壇の魔法陣の禍々しい光もまた、不安定に明滅する。
「今よ!
アスクレピオスの力は弱まったわ」
この絶好の機会を逃さず、魔法陣の中で恐怖と絶望に震えていたイヴァールに、【心の声】で強く、優しく呼びかけた。
「イヴァールあなたの力を借りたいの……
あなたの清らかな魂の力と
古き民から託された聖具『魂の鏡』を使って
邪悪な儀式を、完全に終わらせましょう!
もう何も恐れることはないわ。
私たちが、必ずあなたを守るから!」
イヴァールは、私の言葉と仲間たちの決死の奮闘、そしてアスクレピオスの弱体化を目の当たりにし、緑の瞳に、再び強い意志の光を宿した。
小さな体からは、恐怖に打ち勝ち、純粋で強い「魂の共鳴」のオーラが放たれ始めている。
(みんなの想いを……僕が……!)
古き民の聖具「魂の鏡」を胸にしっかりと握りしめ、弱体化したアスクレピオスと祭壇を見据えた。
逆転の糸口は確かに掴んだ。あとは全ての力を結集し、アスクレピオスの野望を完全に打ち砕くだけ——そう信じていた。




