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第53話: アスクレピオスの圧倒的な力と絶望——奇跡の可能性は……

 アスクレピオスとの闘いは、絶望的な状況の中で火ぶたが切られた。


 魔法陣の中央で苦悶するイヴァールを(にえ)に、世界の理を歪める儀式を進行させながらも、私たちをホフランとする攻撃を繰り出し続けている。


「どうした? その程度か?

 お前たちのその、ちっぽけな『正義』とやらも

 我が『主』の御力の前には

 かくも無力で滑稽なものだということを

 証明して終わりか?」


 アスクレピオスは嘲笑を浮かべながら、次々と強力無比な魔法を繰り出す。


 空間そのものを捻じ曲げ、私たちの回避を不可能にする不可視の攻撃。そして魂に直接作用し、肉体的苦痛以上の絶望を与える邪悪な邪呪術。


 さらに地下祭壇全体を焼き尽くさんばかりの、広範囲を対象とした炎や風の元素魔法のストーム。その力は、まさに規格外であり、これまでのどの敵とも比較にならないほど強大だった。


 レオルガンは剣を振るい、果敢にアスクレピオスに斬りかかる。しかし剣筋はことごとく見切られ、逆にカウンター魔法を食らい、何度も何度も吹き飛ばされてしまう。


「イヴァール! イヴァールは渡さない!

 絶対に助ける! 待っていろ!!」


 ミーアもまた、超人的な体術と短剣で奇襲を試みるが、アスクレピオスの周囲には常に不可視の魔術障壁が展開されており、攻撃が届くことすらない。


「くっ——! ロマンシア様……!

 申し訳ありません……」


 ライルも立ち向かおうとするが、なすすべもなく打ちのめされている。


「レオルガン様……!」


 文字通り、手も足も出ない状況。アスクレピオスの圧倒的な力の前では、私たちの抵抗は、嵐の前の木の葉のように無力だった。


「イヴァール……! しっかりするのよ!」


 魔法陣の中央で、邪悪なエネルギーに小さな体を蝕まれ、苦悶の声を上げ続けるイヴァールに、私は必死に呼びかける。


 だがイヴァールもまた、アスクレピオスの強力な魔力によってその「古き民の力」を完全に封じられてしまい、身動き一つ取れない状態だった。


 イヴァールの緑の瞳からは涙が溢れ、表情には絶望の色が濃く浮かんでいる。


(このままでは……

 本当に、世界が終わってしまう……!)


 私は【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】に全精力を注ぎこんでいるが、やはりアスクレピオスの精神の深層には辿り着けない。


(なんて強固な障壁なの——!)


 と、次の瞬間。アスクレピオスは、私の能力に気づいたのか、逆に私の精神に対して直接的な攻撃を仕掛けてきた。


『お前の少々厄介な『力』も

 我が前では無力だということを教えてやろう』


『お前の心の最も柔らかな部分 

 最も暗い闇を、白日の下に晒そうではないか』


 その言葉と共に私の脳裏に、強烈な負の感情と過去のトラウマが洪水のように流れ込んできた。


 断頭台で処刑された瞬間の恐怖。


 ケルベロス家で姉たちから受けた屈辱的な仕打ち。


 両親から愛情を受けられなかった孤独な記憶……。


 それらが鮮明な映像のように私の精神を苛み、心を内側から破壊しようとしてくる。


「くっ……!

 ああ……!

 やめて……!」


 私は頭を押さえてその場に蹲り、苦痛に喘いだ。肉体的なダメージによる絶望以上に、精神的な攻撃は心を折ろうとしてくる。


 暗い霧のように私の意識が覆われていく……。


(もう……だめなの……?

 これが、私の……二度目の人生の結末……?)


 諦めの言葉が脳裏をよぎった、その時。


 私の心の中に、ふと、エレオノーラ妃が遺した日記の一節が啓示のように蘇った。


『古き言葉は魂を縛り

 真の名は力を解き放つ。

 蛇の眼が見つめる時

 虚無の心が弱点となる……』


(「蛇の眼」…… 「虚無の心」……?

 まさかこれは……

 アスクレピオスの……!?)


 苦痛の中で、必死にその言葉の意味を反芻した。そして、アスクレピオスの胸元で禍々しく赤い光を放つ、蛇の眼のような形のブローチに目が留まった。


(あれは——? 妙に目につくわ。

 力の源泉、あるいは

 何か弱点めいたものの可能性が……)


 次の瞬間。まるで運命の糸が繋がったかのように、地上に残してきた仲間たちからの最後の希望の光が、『心の声』として私の魂に直接響いた。


 書記官のアランの「心の声」だ。どうやら、古き民に関する文献と、エレオノーラ妃の研究資料の最後の部分がついに解読できたらしい。


『ロマンシア様、聞こえていますか?』


(聞こえるわ、アラン。あなたでしょう?)


 しかし、私の返事は届いていない、一方的な「心の声」だった。だが、今は十分だ。


『ロマンシア様。

 邪な者が持つ「蛇眼の紅玉」。

 これは古のアーティファクトですが

 完全無欠ではありません』


『特定の古代呪文、特殊な音や光、魂の波動によって

 無力化できる可能性があります』


(ありがとう、アラン……。

 これを、皆に伝えなければ——!)


 と、その時、イヴァールに金色のオーラが宿った。


「あの光は——!?」


「セラフィナ……? カリクス……?」


(なんですって!?)


 そう、イヴァールの胸に光を灯したのは弟妹の力だったのだ。


 皇宮の安全な場所に避難していたセラフィナとカリクスが、兄・イヴァールの絶体絶命の危機を本能的に感じ取ったのだろう。


 セラフィナとカリクスは涙ながらに兄の無事を祈り、純粋な想いが、地下祭壇に張られた邪悪な結界を、僅かではあるが揺るがし、ほんの一瞬だけ乱したのだ。


 こうして、アランからの情報が私に届き、セラフィナとカリクスの想いがイヴァールに届いたのだ。


 絶望の淵にいた私たちの元にもたらされた奇跡——。


(やっぱり、諦めてはいけなかった!!)


 私の目に、再び、強い意志の光が宿った。


(アラン……セラフィナ、カリクス……。

 みんなの想いが……私に力をくれている……!)


 私はギュッと唇を嚙みしめると、自分を鼓舞するためにも宣言した。いや——気づくと、宣言していた。


「まだ、終われない……!

 終わらせないわ、アスクレピオス!

 あなたのその歪んだ野望はやはり

 ここで全て、打ち砕く——!」


「……ならば、存分に舞うがよい!

 ケルベロスの娘よ!」

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