第50話: 姉妹の最後の大芝居と地下祭壇への潜入作戦
祭典前夜。私の突きつけた現実と最後の選択に直面した姉たち——グロリアとヴィオランテは、一夜にして憔悴しきっていた。
その「心の声」は、後悔、恐怖、自己嫌悪、そして僅かながらも残るプライドと、私への複雑な感情がないまぜになった、不安定な「ノイズ」を発し続けている。
「わ、分かったわ、ロマンシア。
……何でも言ってちょうだい」
『悔しいけれど、最早……
私たちに後はないわ』
「お姉様の言う通りよ。
本当にこれで、恨みっこなしなんでしょうね?」
「ええ。
わたくしは、約束は守りますわ」
最終的に彼女たちが選んだ道は、破滅ではなく、妹である私への協力だった。これは、彼女たちなりの、最後の贖罪の形だったのかもしれない。
◇
祭典当日。グロリアとヴィオランテは約束通り、アスクレピオスから指示された陽動作戦の全ての詳細を私たちに託した。
偽勅の受け渡し場所と時間、警備体制が具体的に手薄になる箇所、ヴィオランテが描いた呪いの絵の設置場所と効果、さらにはアスクレピオスの部下たちの配置や連絡手段。
「これが……アスクレピオスに指示された全てよ。
私たちは……本当に、愚かだったわ……
だけど、これすらも偽物かもしれない。
——せいぜい、注意することね」
「お姉様!
——お願い、ロマンシア……。
私たちの罪は、どんな罰でも
受ける覚悟はできているわ。
でも……ケルベロス家の名前だけは……
どうか、汚さないで……」
憎まれ口を叩きながらも二人は、やつれた顔で深々と私に頭を下げた。かつての傲慢な面影はもはやなかった。
私はメモを受け取り、静かに頷いた。
「分かりましたわ、お姉様方。
あなた方の協力には感謝します。
約束通り極刑だけは免れるよう
殿下にお願いしましょう。
……ですが、あなた方が犯した罪が
消えるわけではありません。
償いは一生かけて
行っていただくことになりますわ」
私の言葉に、姉たちは静かに涙を流した。
「——さあお姉さま方、最後のお仕事ですわよ」
◇
姉たちから得た詳細な情報を元に、私は皆と共に、アスクレピオスの陽動作戦を逆手に取るための最終的な計画を練り上げた。
グロリアが手配した偽勅の受け渡し場所には、事前にライル率いる騎士団を配置し、アスクレピオスの部下を一網打尽にする。
ヴィオランテが設置しようとしていた呪いの絵は、ミーアが事前に無害な風景画とすり替え、パニックを防ぐ。
警備が手薄になるとされた箇所には、逆に信頼できる兵を増員し、アスクレピオスの目を欺きつつ、私たちが地下に隠された祭壇へ潜入するための経路を確保する。
一方、アスクレピオスには、姉たちの行動が計画通りに進んでいると思い込んでもらう必要があるので、陽動が成功していると判断するように、姉たちには予定通りに動いてもらうことにした。
「一世一代の大芝居。
これまでのような三文芝居では承知しませんわ。
——よろしくお願いしますよ」
『くっ……屈辱的だけど
従うしか生き残る道はないわ』
「え、ええ。ロマンシアの言う通りにやるわよ!」
◇
ほどなくして「天穹の祭典」の荘厳なファンファーレが、帝都アヴァロンに鳴り響いた。
大聖堂には皇帝陛下をはじめ、帝国の内外から多くの貴族や民衆が集まり、帝都中が祈りの熱気と、神聖な期待感で満たされている。
大聖堂では色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、大理石の床に美しい模様を描き出し、パイプオルガンの重厚な音色が、天にも昇るかのように響き渡る。
——その華やかで平和な光景のまさに真下。
私、ロマンシア、レオルガン、イヴァール、そしてミーアとライルは、エレオノーラ妃の日記に書かれていた、大聖堂の最深部の祭壇へと続く、狭く暗い秘密の通路を息を殺して進んでいた。
アスクレピオスの陽動作戦が成功しているかのように見え、警備の目が完全に地上に注がれている今この瞬間こそが、地下祭壇へ潜入するための唯一無二のチャンスだったのだ。
通路は、古代文明の遺跡を思わせる古びた石造りの壁に囲まれ、湿った空気と、どこからか漂ってくる何かの匂いが鼻をつく。
時折、不気味な水滴の音や、遠くで何かが蠢くような気配が、私たちの緊張感を高める。
「いよいよだな。
恐らく、アスクレピオスがこの先の祭壇で
準備を進めているはず。
世界を救える最後のチャンスかもしれない——」
レオルガンが確かな決意を込めて言った。
「ええ。
例え絶望しか待っていなくても
私たちの手で、必ずや希望に変えて見せましょう」
イヴァールは、古き民から託された聖具「魂の鏡」を胸に、緊張した面持ちながらも、緑の瞳には恐怖を乗り越えた勇気の光が宿っている。
だが地下祭壇への道は、簡単には私たちを通させてはくれなかった。
最初の広間に出ると、古代の魔術で強化された巨大な石のゴーレムが二体、私たちを待ち構えていた。
その目は不気味な赤い光を放ち、私たちを侵入者と認識したのか、重々しい足音を立てて襲いかかってきた。
「来るわよ!
イヴァール。
あなたの力で、動きを少しでも止められる!?」
「は、はいっ! やってみます!」
最初の戦いが始まった。ゴーレムの強靭な拳が振り下ろされ、石畳が砕け散る。ミーアの短剣が、ゴーレムの僅かな隙間を正確に突き、ライルの剣も縦横無尽にゴーレムの気を逸らしている。
レオルガンが的確な指示を飛ばし、イヴァールが「魂の共鳴」の力で眩い光を放ち、ゴーレムをかき乱す。
そして——これは意外だったが——私の能力でゴーレムの「思考」までも読むことが出来た。
『ミギ……次ハ ヒダリ……
コノ侵入者タチ 簡単ニ 倒レナイ——』
「これは使えるわ……!」
私の能力で次の攻撃パターンを予測し、回避を指示する。完璧ではないにせよ、十分戦えるはずだ。
しかし攻撃が多少読めたとて、敵はゴーレム。硬く強い。だが私たちは、これまでの戦いで培ってきた絆と、それぞれの能力を最大限に発揮し、何とか勝利を収めることが出来た。
「この調子で、進みましょう」
最終決戦の舞台である地下祭壇に確実に迫っているはずだ。




