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第49話: グロリアとヴィオランテの最後の悪あがき

 「天穹の祭典」を数日後に控え、帝都アヴァロンの街は祝祭の準備で大いに賑わいを見せていた。


 色とりどりの旗が街路を飾り、楽隊の奏でる陽気な音楽が響き渡り、人々は笑顔で祭りの到来を待ち望んでいる。


 だが華やかな喧騒の裏では、世界の運命を賭けた熾烈な戦いの準備が着々と進められていた。


 私、レオルガン、イヴァール、ミーア、ライル、そしてアランは、来るべきアスクレピオスとの最終決戦に向けて、不眠不休で最後の準備に追われていた。


 アスクレピオスの計画と儀式を確実に阻止する。そのためには寸分の隙もない、完璧な作戦が必要だった。


 張り詰めた空気の中で、全く予期していない、実にくだらない邪魔が入った。


「——なっ……何ですって!?」


 私はあまりの意外性に、普段よりも3オクターブは高い声が脳天から勝手に出てきたような気がした。


 完全に失脚し、ケルベロス家の領地で蟄居していたはずの二人の姉、グロリアとヴィオランテが、密かに帝都に舞い戻り、しかもアスクレピオスの手先として暗躍し始めたという噂だった。


「グロリア姉様とヴィオランテ姉様が

 アスクレピオスと密会を重ねているですって……?」


(あの懲りない姉たちが、またしても……!?

 何が起きたら、そことそこが繋がるって言うの?)


 私は人生最大級の呆れと怒りを覚えた。あの姉たちは一体どこまで愚かで、救いようがないのだろうか。


(おそらく——

 アスクレピオスは姉たちの私への逆恨みと

 失われた地位への執着心を利用して

 甘い言葉を囁き、手駒として取り込んだんだわ。


 だからって、そんな言葉を鵜呑みにして

 再び私を破滅させるなどという目的のために

 浅はかな悪だくみに手を染めるだなんて……)


 どう情報を整理しても、もはや哀れとしか言いようのない二人の姉の所業に、深いため息をついた。とはいえ事態が事態なので、レオルガンに報告した。


「お姉様方は——またしても

 誰かの操り人形になっているようです。

 けれど、今回は

 その糸を断ち切って差し上げましょう。

 ……裏で糸を引いている輩も、いずれ必ず」


「ああ……多少気が引けるが

 気遣いは無用と言うことだな?」


「もちろんです」


 私はレオルガンと心を一つにし、姉たちの動きを探るよう、ミーアとリリアに命じた。もちろん「心の声」を聴ける私も同行した。



 皇宮、街中、酒場、裏路地……ミーアとリリアに連れて行ってもらい耳をそばだてた「心の声」によるとアスクレピオスの計画は、こうだった。


 姉たちは、祭典当日の陽動で使い捨てる駒。祭典会場で何らかの騒動を引き起こさせ、私の評判を貶めつつ、警備の目を大聖堂最深部での儀式から逸らす。そういう筋書きだ。


 グロリアは持ち前の悪知恵と、かつてのケルベロス家の影響力を利用し、偽造した皇太子の勅命を使って、レオルガンの側近や騎士団の一部を欺き、祭典当日の警備体制を意図的に手薄にさせようと画策していた。


 一方、ヴィオランテは彼女の得意とする「芸術」を悪用し、呪いを込めた特殊な絵の具で描いた禍々しい絵画を、祭典会場の目立つ場所に複数飾り、人心を僅かでも乱そうと企んでいた。


 姉たちは哀れなことに、自分たちが『蛇』の組織とアスクレピオスにただ利用されているだけだということに、全く気づいていない。


 帝都の高級ブティックで物色中の姉たちを見かけたが、もちろん、彼らの計画の本当の恐ろしさも知る由もなかった。


『見てらっしゃい、ロマンシア……。

 今度こそ、アスクレピオス様のお力で

 貴女に相応しい無様な舞台を用意して差し上げるわ』


 彼女たちの「心の声」は私への逆恨みと、一発逆転への浅はかな期待、そしてアスクレピオスへの盲信で満ち溢れている。


(ああ……)


 恥ずかしさのあまり、私はブティックの裏路地をミーアと共にいそいそと速足で駆けた。


(本当に救いようのない人たちだわ……。

 けれど愚かな行動も

 アスクレピオスの計画の一部。


 ということは、うまく逆手に取れれば

 彼や『蛇』の組織の油断を誘うための

 絶好の機会になるかもしれない)


 こうして【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】によって、姉たちの哀れな企みと、背後で糸を引くアスクレピオスの冷酷な計算は既に丸裸だ。


 そこで私は逆手にとって、ミーアやリリア、そして宮廷内で新たに味方につけた侍従たちに指示を出し、姉たちの工作活動の具体的な証拠を掴み、未然に防ぐための準備を秘密裏に進めた。


 もちろん、レオルガン、ライル、アランにもこの情報を共有し、万全の体制を整えた。



 そして祭典前夜。様々なプランを比較衡量した上で、私はグロリアとヴィオランテに直接対峙することにした。


 姉たちが潜伏しているという、帝都の場末の寂れた宿屋の一室に、私はミーアだけを伴い、静かに乗り込んだ。


 コンコン……。一応ノックをする。


『こんな時間に誰かしら?』


「急ぎの報告がございます」


「……よくってよ」


 目の前に、久方ぶりに姉たちの姿が現れ、思わず私は笑ってしまいそうになった。が、平静を装った。


「——ご無沙汰しております、お姉様方」


「……ロマンシア!?

 なぜあなたがここに……!?」


 私の突然の訪問に、姉たちは驚愕と恐怖の表情を浮かべた。部屋には偽造された勅命の草稿や、呪いの絵の具、アスクレピオスからの指示書らしきものまで散乱している。動かぬ物証。


「お姉様方、まだ夢を見ているのですか?

 あなた方は、アスクレピオスという男に

 いいように利用されているだけです。


 事が終われば

 お命までも奪われることになりますが

 それでも良いのですか?」


「な、なんですって?」


「こちらをご覧ください」


 私は皆が総出で秘密裏に入手した、アスクレピオスが他の幹部と交わしていた密談を記録した羊皮紙を示した。


 記録には、姉たちを「使い捨ての駒」と呼び、儀式が終われば口封じのために「処理」するという、冷酷な内容が記されている。


『そんなバカな——』


「私たちを誑かそうとしたって無駄だわ!」


『ここを何とか取り繕わなければ——』


 「心の声」が丸聞こえとも知らずに、必死な姉たちに失笑を禁じえなかったが、私は続けた。


「アスクレピオスから受け取った資金も

 全て『蛇』の組織の不正な活動で得られた

 不浄な資金ですのよ」


「そ、そんな……嘘よ……!

 アスクレピオス様が

 私たちを裏切るはずがない……!」


 グロリアは震える声で否定しようとするが、瞳には絶望の色が浮かんでいる。ヴィオランテは、ただ泣き崩れるばかりだった。


 ようやく姉たちは、自分たちの愚かさと、利用されていたという現実に気づき、絶望と自己嫌悪に打ちひしがれた。


「私たちは……ただ、もう一度……

 ケルベロス家の栄光を……」


「ロマンシア……私たちどうすれば……

 どうすればいいの……?」


 泣きじゃくる姉たちに、私は冷ややかに、しかしどこか寂しげな表情で告げた。


「道は二つに一つですわ、お姉様方。

 このままアスクレピオスと共に

 帝国への反逆者として破滅するか


 それとも……


 最後にほんの少しだけ

 妹であるこのわたくしに協力し

 ケルベロス家の名誉だけは汚さずに済む道を選ぶか」

 

 私は最後の選択を迫った。自ら罪を認めアスクレピオスの計画に関する全ての情報を私たちに提供するならば、極刑だけは免れるようレオルガンに働きかける、と。


 もちろん彼女たちへの温情というよりは、アスクレピオスの計画を完全に把握するための、最後の情報収集という意味合いが強かった。


 だが破滅の淵に立たされた姉たちにとって、唯一残された、蜘蛛の糸だったのかもしれない。


 グロリアとヴィオランテは、しばしの葛藤の後、涙ながらに私の提案を受け入れた。


 アスクレピオスから指示された陽動作戦の詳細、彼の部下たちの情報、そして彼が儀式にかける異常なまでの執念について、知っていることの全てを私たちに語り始めた。


「この情報は——

 私たちの最終作戦を練り上げる上で

 最後のピースになるかもしれないわ」


 一体、この哀れな姉たちの人生とは何だったのか——私とて「ただの他人」なのに、他人に執着し続けた結果がこれか、と、いたたまれない気持ちにもなったのだった。

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