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第48話: 帝都への帰還とアランからの報告

 月の谷での激戦と多くの犠牲を乗り越え、私たちは古き民から託された聖具「魂の鏡」と、『蛇』の組織の計画に関する重要な情報を持って、帝都アヴァロンへの帰路を急いだ。


 大賢者ルミナリアは私たちに、古き民だけが知るという山脈を貫く秘密の地下道と、その先にある転移ゲートの存在を教えてくれた。これで通常よりも遥かに早く帝都へ戻ることができる。


 薄暗く湿った地下道を進む間、私たちの心はゼノビアとの闘い、仲間たちの安否、月の谷での出来事で重く沈んでいた。——賢者エルローンの最期の言葉、犠牲になった古き民の戦士たちの顔。


(私たちが行かなければ、あんなことには……)


 そして、イヴァールの力の覚醒と、それに伴う責任の重さ。


「僕……もっと強くならなきゃ……。

 エルローンさんたちのために……

 僕の力で、みんなを守れるように……」


 イヴァールは聖具「魂の鏡」を胸に抱きしめながら、小さな声に固い決意を込めて呟いた。緑の瞳には以前のような怯えはなく、自身の運命と向き合って戦い抜こうとする、強い意志の光が宿っている。


「私たちは、本当に多くのものを失ったわ。

 ミーアも、ライルも……」


「お義母様! 皆も、父も生きています! 必ず」


「イヴァール……そうね。私も信じているわ。

 でもエルローンも、多くの戦士たちも

 もう帰ってこない。

 彼らの死を無駄にしないためにも

 私たちは生きていかなければなりません。

 それが、生き残った私たちの責務です」



 数日間の困難な道のりを経て、私たちはついに秘密の転移ゲートにたどり着いた。石の廟の様なものの前に立つと、聖具「魂の鏡」がイヴァールの手の中で光を放ち始め、次の刹那——私たちは帝都の外れ、小高い丘に渡したちは立っていた。


(ああ、懐かしい景色……帰ってきたんだわ!)


 思わず、しゃがみこんでイヴァールを抱きしめ、私は涙した。



 帝都は「天穹の祭典」の準備で、以前にも増して華やかな雰囲気に包まれていたが、その喧騒の裏では、確実に『蛇』の組織の邪悪な計画が進行しているはずだった。


「急ぎましょう、イヴァール」


 私たちが皇宮に戻ると、まず気づいてくれたのは書記官のアランだった。


「ロ……ロマンシア様! イヴァール様……!

 皆さん! お二人がお戻りになられました!

 殿下に早く報せてください!」


「アラン……! 殿下って、もしかして——」


「ええ、ええ……!

 レオルガン殿下は、ミーア様、ライル様と共に

 身を寄せ合うようにしているところを

 救援部隊と合流されて

 しばらく静養されていましたが

 今はもうお元気です」


「父上……!」


「ええ、ご無事ですって……!

 私たちの願いが通じたんだわ」


 私は急に力が抜け、その場にふらふらと倒れ込んでしまった。アランが膝をついて抱きかかえてくれた。


「まずは、ゆっくりなさってください」


「——いいえ。アランのことだもの

 ずっと『蛇』を調べていてくれたのでしょう?

 そして、わたくしたちには

 休む間も残されていない……

 きっと、そういうことでしょう?」


「ははは……ロマンシア様には敵いませんね」


 しかし私はこの時既に、アランの腕の中で気を失っていた。



「ん……!」


 私が目を覚ますと、そこは自室だった。隣にはレオルガン、ミーア、それにライル、アランもいる。


「目を覚ましたようだな、ロマンシア」


「——殿下! ご無事で何よ

 ……ウッ!」


 私が体を起こそうとすると、全身のあらゆる部位に痛みが走った。


「無理はするな——

 だが、時間もない。

 そのままで良い。

 アランの話を聞いてくれ。


 ——アラン、頼んだぞ」


 促されるまま、アランは膨大な量の資料や図面を私の部屋へ持ち込んできた。


(す、すごい量だわ——)



 準備が整うと、アランは淡々と話し始めた。私は「日常」に帰ってきたのだと、妙に安心した。


「私が調査した結果、『蛇』の組織は

 『天穹の祭典』の準備に巧妙に紛れ込み

 祭典の中心となる大聖堂の地下にある祭壇を

 彼らの儀式の場として選定した模様です。


 既に警備兵の買収、秘密通路の確保、

 儀式に必要な道具の搬入などを

 着々と進めています」


 アランの報告は私たちの予想を裏付ける、衝撃的な内容だった。大聖堂の地下……。ヴァリスガル帝国の最も神聖な場所の一つであり、同時に、古き民の伝承にも関わる、古代の力が眠る場所であるとも言われている。


「この一連の計画を帝都で直接指揮しているのが

 組織の最高幹部の一人であり

 冷酷非情な策略家として知られる

 アスクレピオス=メルクリウスという男

 であることも突き止めました」


 アランは一枚の羊皮紙を取り出し、一人の男の、目撃情報に基づくスケッチを私たちに見せた。

 年の頃は四十代半ばだろうか、黒いローブに身を包み、知性と冷酷さが同居する、鋭い目つきをした男の姿だった。底知れない不気味さを漂わせている。


「アスクレピオス……。

 その名には聞き覚えがあってな。


 確か数年前に宮廷から忽然と姿を消した

 天才的な魔術師だが、

 どうやら彼が『蛇』の組織に

 染まってしまったようだ——


 味方であれば心強いが、敵に回るとは……」


 アランのレクチャーを事前に受けていたレオルガンが、渋い表情で補足する。


「はい。

 今の彼は、強力な古代魔術の使い手であり

 組織の思想に深く染まっている

 極めて危険な人物です。


 『天穹の祭典』でイヴァール様を器とし

 古き民の力を悪用して

 何か恐ろしいものを

 この世界に呼び出そうとしている可能性が

 極めて高いと思われます」


「ありがとう、アラン。

 アスクレピオス

 ——次は、その男を討たなければならないのね」


 と、そこにイヴァールが来てくれた。


「お義母様——!

 目を覚まされたのですね、良かった……」


 その立ち居振る舞いを見てレオルガンは、改めて、苦しい旅が強く優しくイヴァールを変えたことに驚き、目頭を押さえた。私はその様子に優しく微笑むしかできなかった。



 アランの報告と、古き民から得た情報を総合すると、その恐るべき計画の全貌が、徐々に明らかになってきた。


「なるほど……

 ロマンシア様が古き民から聞いた情報と総合すると


 「天穹の祭典」当日

 昼間なので見ることはできませんが

 星々の配置が数百年に一度という

 特殊な位置に来る瞬間がある——と。


 『蛇』あるいはアスクレピオスは

 その瞬間を狙って

 イヴァール様を「器」として

 地下にある祭壇で儀式を行い

 この世界と異界を繋ぐ門を開こうとしている」


 レオルガンが続ける。


「——そこで古き神々の一柱

 あるいは、太古に封印された邪悪な力そのものを

 この世界に召喚しようとしている」


 儀式が成功すれば世界は破滅的な混乱に陥り、『蛇』の組織が望む「世界の再構築」が、最悪の形で実現してしまうことになる。


 残された時間は僅か。「天穹の祭典」は、もう数日後に迫っている。


「そんな……!

 僕の力が……僕のせいで、世界が……!」


 改めて全貌を聞かされたイヴァールは、恐るべき計画に顔面蒼白で震え始めた。


「大丈夫よ、イヴァール。

 あなたは一人ではないわ。

 私たちみんなで

 必ずあなたと、この世界を守る。

 『蛇』——そしてアスクレピオスの野望なんか

 絶対に阻止するの。……阻止してみせるわ」


 私はベッドから起き上がってイヴァールの肩を抱き寄せ、力強く言った。


 もちろん私の心の中にも恐怖はあった。だがそれ以上に、この絶望的な状況を覆して未来を掴み取ろうとする、不屈の闘志が燃え盛っていた。



 ミーア、ライルも加わり、私たちは、アランが用意してくれた大聖堂の地下図面を広げ、アスクレピオスの儀式を阻止するための、決死の作戦会議を開始した。


 レオルガンとライルは、騎士団の信頼できる者たちに協力を要請し、祭典当日の地上での陽動や、上層階への突入支援体制を整え、ミーアは潜入に必要な道具や、組織の内部情報を集める。


 アランは古き民から託された聖具「魂の鏡」の、より効果的な使い方や、アスクレピオスが使う可能性のある古代魔術への対抗策を、不眠不休で研究。


 イヴァールは私と共に精神を集中させ、彼の「魂の共鳴」の力を、最大限に引き出しつつ安全に制御し、増幅させるための修練を試みた。


 そしていよいよ「天穹の祭典」が近づく。帝都全体が華やかな祝祭ムードに包まれる中、その裏側では世界の運命を賭けた熾烈な戦いが、刻一刻と近づきつつあった。


(エレオノーラ様、見ていてください。

 あなたの遺した想い、そしてイヴァールの未来。

 わたくしが必ず守り抜いてみせますから)


 私は自室の窓の外に広がる、祭りの最後の準備で賑わう帝都を見下ろしながら、改めて心に誓うのだった。

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