第48話: 帝都への帰還とアランからの報告
月の谷での激戦と多くの犠牲を乗り越え、私たちは古き民から託された聖具「魂の鏡」と、『蛇』の組織の計画に関する重要な情報を持って、帝都アヴァロンへの帰路を急いだ。
大賢者ルミナリアは私たちに、古き民だけが知るという山脈を貫く秘密の地下道と、その先にある転移ゲートの存在を教えてくれた。これで通常よりも遥かに早く帝都へ戻ることができる。
薄暗く湿った地下道を進む間、私たちの心はゼノビアとの闘い、仲間たちの安否、月の谷での出来事で重く沈んでいた。——賢者エルローンの最期の言葉、犠牲になった古き民の戦士たちの顔。
(私たちが行かなければ、あんなことには……)
そして、イヴァールの力の覚醒と、それに伴う責任の重さ。
「僕……もっと強くならなきゃ……。
エルローンさんたちのために……
僕の力で、みんなを守れるように……」
イヴァールは聖具「魂の鏡」を胸に抱きしめながら、小さな声に固い決意を込めて呟いた。緑の瞳には以前のような怯えはなく、自身の運命と向き合って戦い抜こうとする、強い意志の光が宿っている。
「私たちは、本当に多くのものを失ったわ。
ミーアも、ライルも……」
「お義母様! 皆も、父も生きています! 必ず」
「イヴァール……そうね。私も信じているわ。
でもエルローンも、多くの戦士たちも
もう帰ってこない。
彼らの死を無駄にしないためにも
私たちは生きていかなければなりません。
それが、生き残った私たちの責務です」
◇
数日間の困難な道のりを経て、私たちはついに秘密の転移ゲートにたどり着いた。石の廟の様なものの前に立つと、聖具「魂の鏡」がイヴァールの手の中で光を放ち始め、次の刹那——私たちは帝都の外れ、小高い丘に渡したちは立っていた。
(ああ、懐かしい景色……帰ってきたんだわ!)
思わず、しゃがみこんでイヴァールを抱きしめ、私は涙した。
◇
帝都は「天穹の祭典」の準備で、以前にも増して華やかな雰囲気に包まれていたが、その喧騒の裏では、確実に『蛇』の組織の邪悪な計画が進行しているはずだった。
「急ぎましょう、イヴァール」
私たちが皇宮に戻ると、まず気づいてくれたのは書記官のアランだった。
「ロ……ロマンシア様! イヴァール様……!
皆さん! お二人がお戻りになられました!
殿下に早く報せてください!」
「アラン……! 殿下って、もしかして——」
「ええ、ええ……!
レオルガン殿下は、ミーア様、ライル様と共に
身を寄せ合うようにしているところを
救援部隊と合流されて
しばらく静養されていましたが
今はもうお元気です」
「父上……!」
「ええ、ご無事ですって……!
私たちの願いが通じたんだわ」
私は急に力が抜け、その場にふらふらと倒れ込んでしまった。アランが膝をついて抱きかかえてくれた。
「まずは、ゆっくりなさってください」
「——いいえ。アランのことだもの
ずっと『蛇』を調べていてくれたのでしょう?
そして、わたくしたちには
休む間も残されていない……
きっと、そういうことでしょう?」
「ははは……ロマンシア様には敵いませんね」
しかし私はこの時既に、アランの腕の中で気を失っていた。
◇
「ん……!」
私が目を覚ますと、そこは自室だった。隣にはレオルガン、ミーア、それにライル、アランもいる。
「目を覚ましたようだな、ロマンシア」
「——殿下! ご無事で何よ
……ウッ!」
私が体を起こそうとすると、全身のあらゆる部位に痛みが走った。
「無理はするな——
だが、時間もない。
そのままで良い。
アランの話を聞いてくれ。
——アラン、頼んだぞ」
促されるまま、アランは膨大な量の資料や図面を私の部屋へ持ち込んできた。
(す、すごい量だわ——)
◇
準備が整うと、アランは淡々と話し始めた。私は「日常」に帰ってきたのだと、妙に安心した。
「私が調査した結果、『蛇』の組織は
『天穹の祭典』の準備に巧妙に紛れ込み
祭典の中心となる大聖堂の地下にある祭壇を
彼らの儀式の場として選定した模様です。
既に警備兵の買収、秘密通路の確保、
儀式に必要な道具の搬入などを
着々と進めています」
アランの報告は私たちの予想を裏付ける、衝撃的な内容だった。大聖堂の地下……。ヴァリスガル帝国の最も神聖な場所の一つであり、同時に、古き民の伝承にも関わる、古代の力が眠る場所であるとも言われている。
「この一連の計画を帝都で直接指揮しているのが
組織の最高幹部の一人であり
冷酷非情な策略家として知られる
アスクレピオス=メルクリウスという男
であることも突き止めました」
アランは一枚の羊皮紙を取り出し、一人の男の、目撃情報に基づくスケッチを私たちに見せた。
年の頃は四十代半ばだろうか、黒いローブに身を包み、知性と冷酷さが同居する、鋭い目つきをした男の姿だった。底知れない不気味さを漂わせている。
「アスクレピオス……。
その名には聞き覚えがあってな。
確か数年前に宮廷から忽然と姿を消した
天才的な魔術師だが、
どうやら彼が『蛇』の組織に
染まってしまったようだ——
味方であれば心強いが、敵に回るとは……」
アランのレクチャーを事前に受けていたレオルガンが、渋い表情で補足する。
「はい。
今の彼は、強力な古代魔術の使い手であり
組織の思想に深く染まっている
極めて危険な人物です。
『天穹の祭典』でイヴァール様を器とし
古き民の力を悪用して
何か恐ろしいものを
この世界に呼び出そうとしている可能性が
極めて高いと思われます」
「ありがとう、アラン。
アスクレピオス
——次は、その男を討たなければならないのね」
と、そこにイヴァールが来てくれた。
「お義母様——!
目を覚まされたのですね、良かった……」
その立ち居振る舞いを見てレオルガンは、改めて、苦しい旅が強く優しくイヴァールを変えたことに驚き、目頭を押さえた。私はその様子に優しく微笑むしかできなかった。
◇
アランの報告と、古き民から得た情報を総合すると、その恐るべき計画の全貌が、徐々に明らかになってきた。
「なるほど……
ロマンシア様が古き民から聞いた情報と総合すると
「天穹の祭典」当日
昼間なので見ることはできませんが
星々の配置が数百年に一度という
特殊な位置に来る瞬間がある——と。
『蛇』あるいはアスクレピオスは
その瞬間を狙って
イヴァール様を「器」として
地下にある祭壇で儀式を行い
この世界と異界を繋ぐ門を開こうとしている」
レオルガンが続ける。
「——そこで古き神々の一柱
あるいは、太古に封印された邪悪な力そのものを
この世界に召喚しようとしている」
儀式が成功すれば世界は破滅的な混乱に陥り、『蛇』の組織が望む「世界の再構築」が、最悪の形で実現してしまうことになる。
残された時間は僅か。「天穹の祭典」は、もう数日後に迫っている。
「そんな……!
僕の力が……僕のせいで、世界が……!」
改めて全貌を聞かされたイヴァールは、恐るべき計画に顔面蒼白で震え始めた。
「大丈夫よ、イヴァール。
あなたは一人ではないわ。
私たちみんなで
必ずあなたと、この世界を守る。
『蛇』——そしてアスクレピオスの野望なんか
絶対に阻止するの。……阻止してみせるわ」
私はベッドから起き上がってイヴァールの肩を抱き寄せ、力強く言った。
もちろん私の心の中にも恐怖はあった。だがそれ以上に、この絶望的な状況を覆して未来を掴み取ろうとする、不屈の闘志が燃え盛っていた。
◇
ミーア、ライルも加わり、私たちは、アランが用意してくれた大聖堂の地下図面を広げ、アスクレピオスの儀式を阻止するための、決死の作戦会議を開始した。
レオルガンとライルは、騎士団の信頼できる者たちに協力を要請し、祭典当日の地上での陽動や、上層階への突入支援体制を整え、ミーアは潜入に必要な道具や、組織の内部情報を集める。
アランは古き民から託された聖具「魂の鏡」の、より効果的な使い方や、アスクレピオスが使う可能性のある古代魔術への対抗策を、不眠不休で研究。
イヴァールは私と共に精神を集中させ、彼の「魂の共鳴」の力を、最大限に引き出しつつ安全に制御し、増幅させるための修練を試みた。
そしていよいよ「天穹の祭典」が近づく。帝都全体が華やかな祝祭ムードに包まれる中、その裏側では世界の運命を賭けた熾烈な戦いが、刻一刻と近づきつつあった。
(エレオノーラ様、見ていてください。
あなたの遺した想い、そしてイヴァールの未来。
わたくしが必ず守り抜いてみせますから)
私は自室の窓の外に広がる、祭りの最後の準備で賑わう帝都を見下ろしながら、改めて心に誓うのだった。




