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第47話: ゼノビアとの決戦と大きすぎる犠牲

 月の谷の聖域は、今や血と硝煙の匂いに満ちた壮絶な戦場と化していた。


 賢者エルローンが倒れ、怒りと悲しみに震えるイヴァールの体から金色のオーラが激しく迸り、周囲の自然すらもそれに呼応するかのようにざわめいている。


「よくも……よくもエルローン様を……!

 許さない……絶対に許さないぞ!」


 イヴァールの声は幼いながらも、底知れぬ怒りと決意に満ちていた。「魂の共鳴」も、かつてないほど増幅され、私たちにも不思議な勇気と力を与えてくれているかのようだった。


「いいわ……! その怒り、その力……!

 それこそ私が求めていたものよ!

 さあ、もっと楽しませてちょうだい

 おチビちゃん!」


 ゼノビアは狂気的な笑みを浮かべ、イヴァールに向かって鞭を構える。赤い瞳はイヴァールの放つ強大な力に、さらに強い執着と興奮の色を宿している。


「行かせないわ!」


 私も加わり、古き民の精鋭戦士たちとともに一斉にゼノビアとその残党に最後の総攻撃を仕掛ける。


 まさに死闘。ゼノビアは追い詰められながらも、戦闘狂としての本領を遺憾なく発揮し、変幻自在な鞭で次々と私たちの攻撃を捌き、反撃してくる。


 その動きはまるで悪夢の中の踊り子のようで、予測不可能だった。


「なんだ、なんなんだこの動きは——!」


 古き民の戦士たちが、一人また一人と、ゼノビアの鞭の前に倒れていく。戦士たちの悲鳴とゼノビアの甲高い笑い声が戦場に不協和音のように響き渡る。


(何て圧倒的な力なの——)


 私も必死に補助魔法で仲間たちを支援しようとするが、ゼノビアの攻撃はあまりにも激しく、なかなか有効な手立てが見つからない。


 その時、古き民の中でも最も勇敢な二人の戦士——ルーデンとコーウェンが、互いに視線を交わし、何かを決意したかのように頷き合った。


「ロマンシア様! イヴァール様!

 ここは、我々にお任せください!」


「我々が、必ずやあの女狐の動きを止めてみせます!

 その隙に、イヴァール様の全力を……!」


「そんな、それじゃああなたたちが——!」


 制止を振り切り、二人は示し合わせたかのように、左右から同時にゼノビアに向かって決死の特攻を敢行した。自らの身を盾にしてでも、ゼノビアの動きを一瞬でも止めようというのだ。


「馬鹿な真似を……!

 そんなもので、私が止められるとでも!?」


 ゼノビアは嘲笑しながら鞭を振るうが、ルーデンとこーウェンの覚悟は固かった。


 二人は鞭による深手を負いながらも、怯むことなくゼノビアに組み付き、動きを完全に封じ込めた。


「今です、ロマンシア様! イヴァール様!」


 二人の戦士が、血を吐きながら叫んだ。


 その一瞬の好機を、私たちは見逃さなかった。


「イヴァール、今よ!

 あなたの魂の全てを解放して——!」


「うああああああーっ!」


 イヴァールの体から金色のオーラが、太陽のように眩い光となって放たれた。「魂の共鳴」の力が、怒りと悲しみ、そして仲間を想う心によって極限まで増幅されており、まるで魂そのものの叫びのようだった。


 その金色の光は、凄まじい破壊力を持った波動となって、動きを封じられたゼノビアの胸を正確に貫いた。


 バシュウウウウウ……


「がっ……はっ……!?」


 ゼノビアの赤い瞳が、信じられないというように大きく見開かれる。胸からは鮮血が噴き出し、顔は苦痛に歪んでいる。


「こ……こんな……馬鹿な……。

 私が……この私があっ……!」


 ゼノビアは信じられないという表情を浮かべ、次の瞬間、狂気的な喜びと、どこか寂しげで満足げに話し始めた。


「ああ……楽しかったわ……。

 ありがとう、少しは……

 退屈を、紛らわせてくれて……。

 もっと……もっと、強い奴と……戦いたかった……」


 そう血を吐きながら呟くと、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ち、二度と動かなくなった。


 ゼノビアの様子を見て、残っていた組織の刺客たちも戦意を完全に喪失してその場に崩れるか、あるいは森の奥へと逃げ去っていった。



 戦いは、終わった。


 月の谷に静寂が戻ってきた。だがそれはあまりにも多くの犠牲と、深い悲しみに彩られた重苦しい静寂だった。


 谷のあちこちには、倒れた古き民の戦士たちの姿があった。亡骸を抱きしめ、泣き崩れる家族や仲間たちの嗚咽が、静寂の中、谷間に響き渡る。


「エルローン様! エルローン様!!」


 そして賢者エルローンもまた、イヴァールの腕の中で、静かに息を引き取ろうとしていた。だがせめてもの救いは、エルローンの表情に苦痛の色はなく、どこか安らかな表情が浮かんでいることだった。


「イヴァール殿……。見事だった……。

 あなたのその力……それこそが、我ら古き民の……

 最後の希望……。

 どうかその力を……正しく……

 そして優しく使い……

 この世界を……守って……くだ……」


「エルローン様……!

 いやだ……死なないで……!」


 イヴァールは声を殺して泣きじゃくった。私もまた、涙を止めることができなかった。この戦いの勝利は、あまりにも多くの、そして尊い犠牲の上に成り立っていたのだ。


(ミーア、ライル、——レオルガン。

 あなたたちは、どこかでまた会えるわよね?)


 ……勝利の喜びよりも、失ったものの大きさと戦いの悲惨さが、私たちの心を重く覆っていた。だがこれが、私たちが選んだ道の現実なのだ。


 大賢者ルミナリアは静かに私たちの傍に近づき、エルローンの亡骸にそっと手を置いた。

 

「多くの勇者が逝ってしまいました……。

 エルローンもまた最期までこの谷を

 そしてイヴァール殿を守ろうと……。

 しかし彼らの犠牲が

 この谷と世界の未来を守ったのです。

 私たちはその想いを胸に刻み

 前へ進まなければなりません」


 彼女の言葉は現実の厳しさを説きつつも、優しさに満ちていた。


 私たちは多くの犠牲を胸に刻みながら、そして彼らの想いを背負いながら、帝都での「天穹の祭典」で『蛇』の組織の本体と戦う決意を新たにした。


 大賢者ルミナリアは、エルローンから託されていたという、月の光を宿したアミュレットに似た「儀式を封じるための聖具」を預けてくれた。


「ロマンシア殿、イヴァール殿。

 これを世界の未来のために。

 我ら古き民の最後の希望を、あなた方に託します」


「はい、必ずや……!」


「そして——今は離れている人たちと

 近く、再び出会えると、そう占いが出ています」


「お義母様……!」


「本当ですか、ルミナリア様……!

 ミーア、ライル、レオルガン——!」


 私は思わず安堵に涙した。そして古き民たちもまた、谷の再建と私たちの戦いの成功を祈りながら、涙で見送ってくれた。


「エルローン様。そして谷の皆さん……。

 あなた方の想い、決して無駄にはいたしません。

 必ずや『蛇』の野望を打ち砕いてみせます!」


 私はそう心に誓い、イヴァールの手を引きながら、再び戦いの待つ帝都へと歩みを進めるのだった。

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