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第42話: ゼノビア——その桁外れの戦闘能力と非情な攻撃

 ゼノビア率いる刺客集団との最初の戦闘は、熾烈を極めた。騎士隊長のライルとミーアは私たちを庇いながら奮戦したが、敵の数は多く、連携も巧みだった。


 特にリーダーであるゼノビアの戦闘能力は桁外れで、彼女の振るう鞭は、生き物のようで予測不可能な軌道を描きながら襲いかかってくる。


「くそっ! この女、強い……! 動きが読めない!」


 ライルはゼノビアの鞭を剣で受け止めながら、苦悶の声を上げる。ミーアも複数の刺客を相手に一歩も引かない戦いを繰り広げているが、額には汗が滲み、呼吸も荒くなっている。二人とも既に傷を負っている。


「ロマンシア様、ここは危険です!

 我々が食い止めますので

 殿下とイヴァール様と共に先へお進みください!」


 ミーアが、切迫した声で叫んだ。


「だけど……!」


「迷っている暇はございません!

 どうか、ご決断を!」


 レオルガンもまた、苦渋の表情で頷いた。


「ロマンシア。ミーアとライルを信じよう。

 我々は

 イヴァールを安全な場所へ導くのが最優先だ」


「くっ……!」


 私たちは断腸の思いで、その場を後にした。背後からは剣戟の音と、ゼノビアの高笑いが聞こえてくる。


(ミーア、ライル……どうか、無事でいて……!)


 私たちは追手を振り切るため、エレオノーラの日記に記されていた険しい獣道を選んで「月の谷」を目指した。


 イヴァールは戦いで仲間が傷ついたことに責任を感じ、自分の力の無力さに打ちひしがれているようだった。緑の瞳には涙が滲んでいる。


「僕のせいで……僕が、もっと強ければ……

 みんなを、助けられたのに……」


「いいえ、イヴァール。あなたのせいではないわ。

 あなたは私たちを守ろうと勇気を出してくれた。

 ありがとう。お礼を言いたいくらいよ」


 私は彼の肩を抱き寄せ、優しく慰めた。彼の内面の変化——仲間を守りたいという強い想い——は、いつか彼の力を正しく導くための重要なきっかけとなるはずだ。


 しかし——ゼノビアの追跡は私たちの想像以上に執拗だった。彼女の部隊は猟犬のように、私たちの僅かな痕跡を辿って徐々に距離を詰めてきているようだ。


 しかも私の想像を超えて、彼らはこの森の地理に詳しいうえに、動物の力を使うような特殊な追跡術を使っているようだった。


「逃げても無駄よ、子ネズミちゃんたち。

 あなたたちの匂いは

 どこまでも私を導いてくれるわ。


 さあ……観念して。

 お姉さんのところへいらっしゃい?」


 ゼノビアの嘲るような声が、風に乗って聞こえてくるかのようだ。ただの風の音さえも、じわじわと恐怖と絶望を植え付けてくる。


 私たちは敵の追跡をかわすために、様々な策を講じた。偽の痕跡を残して攪乱したり、急流の川を渡って匂いを消したり、あえて危険な獣の縄張りを通り抜けたり。だがゼノビアの部隊は巧みにかわし、確実に私たちに迫ってきていた。


「何とか距離を保たなければ——」


 しかも、断崖絶壁の難所、深い霧の森、底なし沼の湿地帯。私たちの逃走劇は追っ手だけでなく自然との戦いでもあった。


「大丈夫か? イヴァール」


「はい!」


 私だけでなく、レオルガンとイヴァールも幾度となく互いを気遣いながら必死に駆け抜けていた。その間、何度か追いつかれそうになり、小規模な戦闘もあった。その度に体力と精神力を消耗していった。


 そんな絶望的な状況の中、イヴァールの内に眠る力が少しずつではあるが開花し始めていた。


 恐怖と戦いながらも、私やライルが教えた自己防衛術や、徐々に発現し始める自身の「力」の片鱗を使って必死に抵抗し、仲間を助けようとし始めていた。


「危ない! あそこの岩陰に何か光るものが……!」


 霧の中でイヴァールが突然叫んだ。その言葉に私たちは咄嗟に身を伏せる。次の瞬間、指差した場所から数本の毒矢が飛んできた。


 待ち伏せていた刺客の罠だ。イヴァールの危険察知能力が私たちを救ったのだ。


「イヴァール……ありがとう。

 あなたのお蔭で皆が助かったわ」


 またある時、レオルガンが刺客の攻撃で腕に傷を負った際、イヴァールが泣きながらその傷口に手を当てると傷の痛みが和らぎ、出血が僅かに止まったかのような不思議な現象も起こった。


 まだ不完全ではあるが、力が治癒の方向にも作用することを示唆していた。


「イヴァール! すごいわ……!

 あなたの優しさが、傷を癒しているのよ」


 私は頭を撫でながら心からの感謝を伝えた。彼の成長は絶望的な状況の中で、私たちにとって唯一の希望だった。


 だがゼノビアは、私たちをなかなか捕らえられないことに業を煮やし、ついに、大規模で非情な罠を仕掛けてきた。


 ゴオオオオオ……! それは、音と共にやってきて、私たちの視界を塞いだ。


「ロマンシア! イヴァール!

 この煙は——!」


「山火事……?

 いいえ、この燃え方、煙……まさか!?」


 そう。ゼノビアは、私たちが逃げ込んでいる森の一部に火を放ったのだ。乾燥した木々は瞬く間に燃え広がり、黒煙が天を覆い、私たちの逃げ道を塞いでいく。


「くそっ! 囲まれる前に逃げるぞ!」


「しかし殿下! ——あれは毒霧です!」


 私たちは一歩遅かった。風下の広範囲に毒霧を発生させ、逃げ場を残さない作戦のようだった。


「さあ、もうどこにも行けないわ!

 大人しく出てきなさい!


 それとも、焼け死ぬか、毒で苦しみながら死ぬか

 ——好きな方を選ばせてあげるわ!」


 ゼノビアの高笑いが、燃え盛る炎の音と私たちの咳き込む声に混じって、不気味に響き渡る。


 何とか逃げようとするも、炎が壁のように立ちはだかる。次の瞬間、メキメキと音を立てて木々が巨大な炎の柱となって襲い掛かってきた。


 咄嗟にレオルガンが私とイヴァールを庇い、炎の壁の向こう側へと押し出した。


「ロマンシア! イヴァールを頼む!

 君は先に行け! ここは私が——!」


「殿下! いけません!

 あなたを失うことはできません!」


「いいから行け! 行くんだ!

 必ず、後から追いつく!

 ——イヴァール、ロマンシアを頼んだぞ!」


「——父上!」


 レオルガンはそう言いながら微笑み返すと、燃え盛る炎の中に飛び込み、追ってくる刺客たちに一人で立ち向かっていった。彼の背中が、炎の中に消えていく。


 私はイヴァールの手を強く握り、涙をこらえながら、必死に前へと進んだ。


 走った。


 駆け抜けた。


 ——ミーアとライル、今度はレオルガンまで……。私は、またしても他人を犠牲にして生きているのだろうか。罪悪感と絶望感が、心を押し潰してくる。


 だが今は立ち止まるわけにはいかない。イヴァールを守り、「月の谷」へ辿り着かなければ。それが、皆の想いに応える、唯一の方法なのだ。


 炎と煙の中を、私たちはひたすら走った。背後からはゼノビアの追撃の気配が、依然として迫ってきている。


 私たちの運命はまさに尽きてしまおうとしていた。

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