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第40話: 毒婦への断罪と社交界追放、そして新たなる手がかり

 帝都アヴァロンで催される様々な夜会の中でも、特に格式高いとされる、ヴァリスガル皇宮主催の夜会。


 大広間は煌びやかなシャンデリアに照らされ、壁一面に飾られた高価な絵画やタペストリーが、壮麗さを一層引き立てている。


 優美なメヌエットの調べに乗って、着飾った貴族たちが優雅に踊り、会場のあちこちで楽しげな談笑の声とグラスの触れ合う音が響き渡る。まさに華やかさの頂点とでも言うべき光景。


 だが華やかな仮面の下には、様々な思惑と陰謀が渦巻いていた。もちろん今宵その中心にいるのは間違いなく私、ロマンシア=ケルベロッサと——社交界の毒婦、アビゴール侯爵夫人だ。


 アビゴール夫人はこの夜会を、私を完全に失脚させるための最高の舞台と決め込んで意気揚々と会場に現れた。


 彼女は孔雀の羽根をあしらった深緑色の豪奢なドレスに身を包み、首元にはこれ見よがしに巨大な宝石のネックレスが輝いている。


 表情は自信に満ち溢れ、まるで自分が主役であるかのように、取り巻きの貴婦人たちにかしずかれながら女王のように振る舞っている。


「今宵この帝都の社交界は

 真の支配者が誰であるかを知ることになるでしょう。

 皆さま楽しみにしていてくださいませ。


 あの生意気なケルベロスの小娘が

 泣いて許しを乞う姿を

 特等席で見せてさしあげますわ」


 彼女の「心の声」は勝利への確信と、私への嘲笑で満ちている。


 一方で私は、レオルガンにエスコートされて会場を訪れた。身にまとったのは夜空の星々を思わせる、銀糸の刺繍が施された深い藍色のドレス。


 黒い鳥の羽根を飾ったシンプルな銀細工の仮面もつけることにした。私の落ち着き払った態度はアビゴール夫人の目には、敗北を悟った者の諦観あるいは最後の虚勢のように映っているのかもしれない。



 会場の雰囲気は表向きは華やかだが、どこか不穏な空気が漂い始めている。多くの貴族たちが、今夜、間違いなく何かが起こると、固唾を飲んで私たち二人を見守っているのだ。


 夜会の盛り上がりが最高潮に達した頃、ついにその時が来た。


 音楽が止まり、スポットライトが会場の中央に踊り出たアビゴール夫人を照らし出す。芝居がかった仕草で周囲の注目を集めると、甲高い声で叫んだ。


「皆様! ご注目ください!

 この喜ばしき夜に

 大変申し上げにくいことではございますが

 我がヴァリスガル帝国を揺るがす

 重大な事実が明らかになりましたの!」


 彼女の言葉に会場は水を打ったように静まり返る。


「この場におられる皇太子妃候補

 ロマンシア=ケルベロッサ様!


 あなたが恐るべき黒魔術を使い

 レオルガン皇太子殿下を惑わし

 さらには我が帝国を裏切ろうとしていたという

 動かぬ証拠をこの私が掴みましたのよ!」


 アビゴール夫人は、そう叫ぶと懐からエルミーラが「盗み出した」という例の「証拠品」——中身はガラクタと白紙の帳簿、それとアビゴール夫人の筆跡で書かれた偽の計画書——を高々と掲げた。


「皆様、ご覧ください!

 これこそが

 ロマンシア様が皇太子殿下を呪縛するために用いた

 禁断の魔道具ですわ!


 そして——これは彼女が不正に蓄財した

 財産の隠し場所を示す帳簿!


 さらにこちらは

 ご覧くださいな……

 彼女が『蛇』の組織と交わした

 帝国への反逆を誓う血判状でございます!」


 会場は大きなどよめきと、非難の声に包まれた。全ての視線が私に突き刺さる。アビゴール夫人は勝ち誇ったような、恍惚とした表情で私を見ている。


 しかし私は——


(さあショーの始まりよ、アビゴール夫人。

 あなたのための、最も惨めな舞台が始まるわ……)


 ——少しも動じることなく、静かな笑みを浮かべて彼女に向き直った。


「まあ、アビゴール夫人。

 それは一体、何の茶番ですの?

 あなたのその『証拠品』

 少々出来が悪すぎやしませんこと?」


 私の予想外の冷静な反応にアビゴール夫人の表情が僅かに強張る。


「な、何を言っているの!?

 これは紛れもない真実の証!

 あなたの侍女エルミーラが

 あなたの部屋から持ち出してきてくれた

 動かぬ証拠ですわ!」


「エルミーラ?

 それに——侍女が主人の私室から

 『持ち出した』ですって?」


 アビゴール夫人の顔がハッと曇る。口を滑らせたことに気づいたようだが——もう遅い。


 私はわざとらしく首を傾げながらも、()()した。合図に従ってエルミーラがレオルガンの隣から、静かに前に進み出る。彼女の顔にはもう怯えの色はなく、強い決意の光が宿っている。


「アビゴール様。

 あなたがわたくしに命じて盗ませようとしたのは

 これのことではございませんか?」


 エルミーラは、アビゴール夫人が掲げている「証拠品」と瓜二つだが、明らかに別の包みを夫人の目の前に突きつけた。


「な……!? そ、それは……!?」


 アビゴール夫人は言葉を失って顔面蒼白。エルミーラは涙を浮かべつつもはっきりとした声で、アビゴール夫人から脅迫されて偽の証拠品を盗むよう強要されていたこと、そして今アビゴール夫人が掲げている「証拠品」は、実は私と協力して用意した偽物であることを、会場の全ての貴族たちの前で証言した。


「そしてこれが

 アビゴール様がわたくしの家族を人質に取り

 わたくしを脅迫していた手紙の写しです!


 さらにこれは、アビゴール様ご自身が

 ロマンシア様を陥れるための計画を

 詳細に記した覚え書きでございます!」


 エルミーラは次々と動かぬ証拠を提示していく。会場は、アビゴール夫人の卑劣な悪事に対する怒りと軽蔑の囁きで満たされた。


 そこにミーアが、拘束された一人の男を引きずり出してきた。その男はアビゴール夫人と『蛇』の組織の間を取り持っていた連絡役の男だった。


 すかさず私が続ける。


「この男の証言によれば、アビゴール夫人は

 この帝国の裏で暗躍する『蛇』の組織なる連中から

 多額の資金提供を受ける見返りに

 わたくしを失脚させ、皇太子殿下の信用を

 貶めるための工作を行っていたとのことです。


 つまりアビゴール夫人。

 あなたはただの嫉妬深い女ではなく

 国家への反逆にも加担していた

 ということになりますわね?」


 私の言葉にアビゴール夫人は、ついにその場に崩れ落ちた。彼女の美しい顔は絶望と恐怖に歪み、もはや何の反論もできない能面の様だった。


 全ての悪事が白日の下に晒され、アビゴール侯爵夫人は完全に孤立無援となった。レオルガンは厳粛な声で彼女の罪状——皇太子妃候補への名誉毀損、脅迫、そして『蛇』の組織との内通による国家反逆未遂——を読み上げ、貴族社会からの永久追放と全財産没収を言い渡した。


 アビゴール侯爵夫人はその場で衛兵に捕縛された。ヒステリックに泣き叫びながら、夜会の会場から無様に引きずり出されていく。彼女の社交界での権勢は、一夜にして完全に崩壊した。


 その後の捜査によって彼女の私室からは、『蛇』の組織と交わしていた連絡文書の一部まで発見され、押収された。そこにはこれまでの情報よりもさらに具体的で恐ろしい言葉が記されていた。


『天穹の祭典、近づけり。

 器の選定と覚醒を急がれよ。

 月の谷の聖域にて

 古き神々の力が解放されるであろう』


(「天穹の祭典」……

 「器の選定と覚醒」……

 「月の谷の聖域」……!

 やはりイヴァールと古き民の力が狙われている!

 そしてその日はもう間近に迫っている……!)


 この新たな情報は、私たちに勝利の余韻に浸る暇を与えず、次なる大きな危機への警戒感と使命感を抱かせた。


 「天穹の祭典」という具体的な時期が示されたことで、私たちは否応なくその渦の中へと巻き込まれていった。


 帝都での小さな戦いは、アビゴール夫人との諍いをもってまた一段落したと言えるかもしれない。だが間違いなく、本当の戦いは別のところで起きつつある。


 私はレオルガンと共に、アビゴール夫人が残した『蛇』の組織への手がかりを元に「月の谷」への旅を急ぐことを決意した。


 イヴァールとこの帝国を見えざる敵の毒牙から守るために。私たちの未来はまだ誰にも分からない。だが私たちは決して諦めない。


 その誓いを胸に次なる戦いの舞台へと、歩みを進めるのだった——。

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