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第39話: 毒婦・アビゴール夫人——破滅の序曲

 数日後に迫った大規模な夜会は、帝都アヴァロンの社交界にとって今シーズン最大のイベントとなるはずだった。


 だが華やかな仮面の下では、私とアビゴール侯爵夫人の間での、静かだが熾烈な戦いが最終局面を迎えようとしていた。


 アビゴール夫人は私の侍女エルミーラを買収し、私を失脚させるための「偽の証拠品」を盗み出させるという計画の成功を、完全に確信しているようだった。


 私の【心の声を聞く者アンテナ・オブ・ソウル】は彼女の「心の声」から、勝利への高揚感と私へのサディスティックな嘲笑、そして夜会で私が破滅する様を想像して楽しむという、醜い喜びを捉えていた。


『もうすぐよ……。

 あのロマンシアとかいう小娘が

 私の足元にひれ伏すの……!

 あの女の絶望に歪む顔を早く見たいものだわ!』


 一方エルミーラは、罪悪感と恐怖に苛まれて心身ともに追い詰められていた。夜中にうなされ、食事も喉を通らない日が続いているという。


 それでも病気の弟と借金に苦しむ家族の安全のため、アビゴール夫人の命令に従うしかないと思い込んでいる彼女の絶望的な心の叫びは、私の胸を締め付けた。


『誰か……助けて……。

 私はどうすれば……。

 ロマンシア様を裏切りたくない……

 でも弟を見殺しにもできない……!』


 私はアビゴール夫人の高揚感と、エルミーラの絶望感、その両方の「心の声」を感じ取りながら、静かに、着実に反撃の準備を進めていた。


 夜会の前夜。私はあえてエルミーラを自室に呼び出し、二人きりで話をする機会を設けた。エルミーラは、私が全てを知っているのではないかと怯えて顔面蒼白で震えている。


「エルミーラ。顔色が優れないわ。

 何か悩み事があるなら

 わたくしに話してくれてもいいのよ。

 力になれるかもしれないわ」


 彼女を詰問するでもなく、できるだけ優しい声を作りつつも核心を突いて尋ねた。


「あなた。

 何か隠していることがあるのではないかしら?」


 私の言葉と、私の「心の声」から伝わるであろう誠実な響き——彼女への同情と「助けたい」という純粋な気持ち——に、エルミーラの固く閉ざされた心はついに決壊した。


「も、申し訳ございません!

 ロマンシア様……!

 わたくしは……わたくしは……

 アビゴール様に脅されて……

 あなたの部屋から

 偽造された証拠品を盗み出すようにと……!

 うっ……うっ……!」


 エルミーラは床に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくりながら全てを告白した。アビゴール夫人からの脅迫の内容、家族を人質に取られていること、そして明日、夜会で私を陥れるための計画の詳細まで。


 彼女は嗚咽を漏らしながら私に何度も何度も許しを請うた。


 私は泣きじゃくるエルミーラを静かに抱きしめた。


「もういいのよ、エルミーラ。

 よく話してくれたわ。あなたは何も悪くない。

 悪いのはあなたをそこまで追い詰めた

 あのアビゴール夫人よ」


 私の言葉と予想外の(ゆる)しに、エルミーラは顔を上げて信じられないという表情で私を見つめた。


「ですが……

 わたくしはあなた様を裏切ろうと……」


「いいえ。

 あなたは家族を守ろうとしただけ。

 その勇気と愛情は決して間違ってなんかないわ。

 ……さあ、涙を拭いて。


 これから一緒にあの女狐に

 目にもの見せてやりましょう。


 あなたの家族の安全は

 このわたくしが必ず保証するわ。

 だから少しだけ、わたくしに協力してほしいの」


 私の言葉と意志にエルミーラは心打たれたようだった。涙を拭い決意に満ちた表情で力強く頷くエルミーラ。


「はい……! ロマンシア様……!

 わたくし、何でもいたします!」


 絶望の淵から救い出されたエルミーラは、今や私の最も信頼できる協力者の一人となった。私たちはアビゴール夫人の計画を逆手に取るための、大胆かつ巧妙な作戦を練り始めた。


 筋書きはこうだ——。エルミーラは予定通りアビゴール夫人に「証拠品」を盗み出したと報告し、それを手渡す。ただし「証拠品」は私が用意した全くの別物であり、さらに別物にはアビゴール夫人の悪事を決定づけるための、ある「仕掛け」を施した。


 そして夜会の場で、アビゴール夫人がその「証拠品」を高々と掲げ、私を告発しようとしたまさにその瞬間、私たちは全ての罠を発動させ、彼女の罪を白日の下に晒す。


 信頼できる侍女であるミーアとリリア、そしてこの計画の全容を打ち明けたレオルガンも全面的に協力してくれることになった。


 ミーアは偽の「証拠品」に特殊な仕掛けを施し、リリアは夜会での段取りを整え、レオルガンは騎士団に密かに指示を出し、アビゴール夫人の取り巻きや彼女と繋がっている可能性のある『蛇』の組織の残党が不測の事態を引き起こさないよう、万全の警備体制を敷いてくれることになった。


「アビゴール夫人は

 自分が狩人だと思い込んでいるようだけれど……

 本当の獲物はどちらなのか。

 今夜の夜会ではっきりと思い知らせてあげるわ」


 私は確かな手応えを感じながらそう呟いた。計画の準備は着々と進んでいた。



 運命の夜会当日。


 エルミーラは緊張に顔を強張らせながらも、私の指示通り偽の「証拠品」——中身はただのガラクタと白紙の帳簿、アビゴール夫人の筆跡を真似て書かれた「ロマンシアを陥れるための計画書」の偽造品——を、あたかも本当に私の部屋から盗み出したかのように装い、アビゴール夫人に手渡した。


 アビゴール夫人は、エルミーラの迫真の演技に完全に騙され、「証拠品」を手に取って満足げで残忍な笑みを浮かべた。


 彼女は計画の成功を疑うことなど微塵もなく、今夜、私が社交界から完全に抹殺される光景を夢想しているのだろう。


「よくやったわ、エルミーラ。

 これであなたも解放される。

 ……そしてロマンシアは破滅するのよ!

 あの女が絶望に染まる顔を早く見たいものだわ!」


 アビゴール夫人はエルミーラにそう囁き、高笑いを残して去っていった。


 私は私で何も知らないふりをしつつ、アビゴール夫人がどのような形で私を告発しようとするのか、その瞬間を冷静に、そしてある種の期待感を持って待っていた。


 会場には帝都中の有力貴族たちが集まり、華やかな雰囲気に包まれている。しかしその裏では私とアビゴール夫人の、そしてもしかしたら『蛇』の組織をも巻き込んだ、戦いの火蓋が切られようとしていた。


(さあ踊りなさい、哀れな毒婦。

 あなたの最後にして最も盛大な舞台は

 このロマンシア=ケルベロッサが

 心を込めて用意して差し上げたのだから)


 私の心はかつてないほどの高揚感と、それを抑え込む冷静さで満たされていた。今宵、社交界の毒婦は、自らが仕掛けた罠によって、自滅することになる——!

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