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第36話: 若い外交官の破滅と失脚

 三日間の猶予期間が終わり、アルビレオン王国との外交交渉が再開された。ヴァリスガル皇宮の会議室は、前回にも増して重苦しい雰囲気に包まれていた。


 しかしその中心で、ボージャン=アデルスタン卿だけは勝利を確信したかのような、不遜な笑みを浮かべていた。彼の「心の声」は私たちの絶望と屈服を期待している。


『ふふふ。諦めの悪いヴァリスガルの連中も

 三日もあればアルビレオンの要求を呑むしかないと

 悟っただろう。


 これで私の手柄は確実なものとなる。

 本国に戻れば大臣の椅子も夢ではないわ』

 

 だがそんな甘い夢は、今日この場所で無残にも打ち砕かれることになる。


(あらあら……最後まで本当に傲慢だわ)


 交渉が始まるとボージャン卿は、前回同様に高圧的な態度でヴァリスガル側に回答を迫る。


「さて、レオルガン皇太子殿下。

 三日間の熟慮の末

 賢明なご決断をされたことと信じております。


 アルビレオンの要求は

 受け入れていただけましょうか?」


 彼の言葉に、ヴァリスガル側の交渉団は、一様に緊張した面持ちで黙り込んでいる。だが、それは絶望からくる沈黙ではない。反撃の狼煙が上がるのを、固唾を飲んで待っているのだ。

 レオルガンは、落ち着いた、しかし威厳に満ちた声で口を開いた。


「アデルスタン卿。

 貴殿の提示された『機密情報』——

 及びそれに基づく貴国の要求について

 我々も慎重に検討させていただいた。


 その結果いくつかの重大な疑念と

 看過できない事実が明らかになった」


 レオルガンの言葉に、ボージャン卿の眉がピクリと動く。彼の「心の声」に僅かな動揺と警戒の色が混じり始めた。


『く……揺さぶっているつもりか?』


「まず貴殿が提示された情報の多くが

 信憑性の極めて疑わしいものであることが判明した。


 一部は事実を誇張し、一部は完全に捏造されたもの。

 あるいは歪められた情報である可能性が高い。


 まるで誰かが我がヴァリスガル帝国を陥れるために

 貴殿に偽の情報を吹き込んだかのようだ」


 レオルガンは、アラン=セレスターがまとめた、ボージャン卿の提示した情報の矛盾点や不自然な点を詳細に記した報告書をテーブルの上にストンと静かに置いた。


「な、何を……!

 そんなものは言いがかりだ!

 我がアルビレオンは確かな情報に基づいて……!」


 ボージャン卿は狼狽しながらも強弁しようとする。だが彼の「心の声」は焦りと恐怖で激しく揺れていた。


 見かねて私が静かに口を開いた。


「アデルスタン卿。

 これがあなたが本国に送ろうとしていた

 報告書の写しですわね?


 どうやら私の侍女のミーアが

 あなたの侍従の方から

 ()()()入手して

 しまったようなのですけれど……」


 私はミーアが秘密裏に入手した、ボージャン卿がアルビレオン本国に送る予定だった虚偽の成果報告書の写しを目の前に突きつけた。


 そこには、ヴァリスガル側から過大な譲歩を引き出して外交交渉で大勝利を収めたという、妄想と願望に満ちた、事実とはかけ離れた内容が記されていた。


「随分と『輝かしい成果』が

 記されているようですけれど

 事実は少々異なるようですわ?


 あなたは情報操作によって

 我が国を不当に貶めようとしただけでなく

 ご自身の本国をも欺こうとしていた。


 これは外交官として、いいえ……一人の人間として

 決して許される行為ではございませんよ?」


 私の言葉と動かぬ証拠を前に、ボージャン卿は顔面蒼白となり言葉を失った。自信に満ちた仮面は完全に剥がれ落ち、野心に目が眩んだ哀れな若者の素顔が露わになっていた。


「そ、そんなものは……捏造だ!

 ヴァリスガルの陰謀だ!」


 彼は見苦しく取り乱し最後の抵抗を試みる。だがもはや彼の言葉を信じる者は誰もいなかった。


 その時、事前にレオルガンと私が接触し、事の真相を伝えていた老練な外交官——つまりアルビレオン王国の主席使節が、雷鳴のような怒りを込めた声をあげて立ち上がった。


「ボージャン=アデルスタン!

 貴様は我がアルビレオン王国の名誉を著しく傷つけ

 両国の友好関係を危機に晒した!


 のみならず国を欺き

 自らの功名心を満たそうとしたその浅ましさ——

 断じて許すわけにはいかん!」


 主席使節の顔は怒りに赤く染まっている。彼はボージャン卿の独断専行と越権行為に、心底憤慨している。


「アデルスタン卿。

 貴様の全ての権限を剥奪し

 直ちに本国へ強制送還する!


 帰国後、厳罰に処されることを覚悟するがよい!」


 こうしてボージャン=アデルスタン卿は、外交官としての信用とキャリアを完全に失い、その場で衛兵に取り押さえられて失意のまま会場から引きずり出されていった。


 彼の野心が無残にも潰えた瞬間だった。


 ボージャン卿が退場した後、アルビレオンの主席使節はレオルガンと私に対し、深々と頭を下げて謝罪した。


「レオルガン皇太子殿下。

 そしてロマンシア=ケルベロッサ様。

 ご臨席のヴァリスガルの皆様。


 この度の我が国の非礼、心よりお詫び申し上げる。

 あやつが提示した情報については改めて調査する。

 もし周辺に不当な利を得ようとした者がいるならば

 その者も厳正に処罰することをお約束する」


 その言葉に嘘はなく、瞳には誠実な光が宿っていた。


「そして……今回の件。

 開き直るわけではないが、

 どうやら単なる暴走では済まされぬ何かが

 背後にあるやもしれませぬな……。


 『蛇』の紋章の組織とやら……。

 聞き捨てならぬ名前です。


 もし、その組織が両国の仲を破壊しようと

 画策しているのだとしたら

 我々アルビレオンとしても

 いたずらに坐しているわけにも参りますまい」


 主席使節の言葉は私たちにとって予期せぬばかりか、むしろ歓迎すべきものだった。共通の敵の存在が、長年のライバル関係にあった両国の間に新たな協力関係の可能性を生み出したのだ。


 共通の敵——『蛇』の存在により、ヴァリスガルとアルビレオンは水面下で組織に関する情報交換をするだけでなく、協力体制を築くことになるかもしれない。


 組織とのこれからの戦いにおいて、それは大きな力となるだろう。



 かくして、アルビレオン使節団は予定を早めて帰国の途についた。帝都アヴァロンには、一時的な平穏が戻ってきた。


 私とレオルガンは、この外交交渉での勝利とアルビレオンとの間に生まれた新たな協力関係の可能性に、確かな手応えを感じた。


 だが私たちの真の目的は、エレオノーラ妃の死の真相究明と、イヴァールの力の謎の解明、そして『蛇』の組織が狙っているという「月の谷」の探索にあることを、改めて確認し合った。


「これでまた一つ、厄介事が片付きましたね。

 でも本当に知りたいことは、まだ霧の中……」


 私は執務室の窓から見える遠い山並みを見つめながら呟いた。


「ああ。だが、一歩ずつ進んでいこう。

 真実は必ずどこかにあるはずだ。

 そして君が隣にいてくれる限り

 私はどんな困難にも立ち向かえる」


 レオルガンは私の肩を抱き寄せ、アイスブルーの瞳に確かな愛情と信頼の色を浮かべて、そう言ってくれた。彼の言葉は、荒み切っていた一度目の人生を忘れさせてくれるほど、私の心に温かい勇気を灯してくれる。


「そんな——勿体ないお言葉にございます」


 私たちの戦いはまだ始まったばかり。だが私たちはもう孤独ではない。信頼できる仲間たちと共に、互いを支え合う強い絆と共に、私たちは必ずや真実を掴み取り、未来を切り開いてみせる——そう胸に誓った。

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